2021.03.21

4台駐められる駐車場が欲しい!

理想は、「2台のアメリカン・フルサイズが楽々駐められるシャッター付きガレージ」と「2台分の来客用駐車スペース」付きの家。それを追い求めるうえで幾度も訪れる駐車場との戦いとは!?

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文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第155回

「駐車場確保との戦い!」

若い時、駐車場の確保に苦労したことは前にも書いた。僕の人生の中、駐車場の確保は大きな「戦い!?」のひとつだった。

自分のクルマを初めて持ったのは19才の時。わが家に屋根付きガレージは1台分しかなかったが、屋根なしなら数台駐められた。この時代、銀座や赤坂でも路上駐車の制限はほとんどなかったし、駐車に困ったことなどなかった。

21才で学生結婚。初めは、渋谷区千駄ヶ谷にあった家内の実家に同居した。駐車スペース付き、3食付きで、、、。しかし、大学卒業/就職を期に、港区青山の一軒家に移った。駐車場はなかったが、路上駐車が許されていた時代。なので、素晴らしい環境に惹かれ、躊躇なく引っ越した。

ところが、2年ほどして予期しなかった出来事が、、、。東京都内のかなりのエリアが、一斉に「路上駐車禁止」になったのだ。わが家の前の通りは、住民のクルマ以外ほとんど通らず道幅も広かった、、、が、駐車禁止に。徒歩圏内には貸し駐車場もなかった。

「ドライバー」誌に就職。クルマのモノ書きとしてのスタートも切っていたし、、、クルマなしの生活などありえない。「駐車場確保との戦い!」は、ここから始まった。
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とりあえずは、再び家内の親と同居することにしたが、親は千駄ヶ谷の一軒家ではなく六本木のマンションに移っていた。マンションとはいっても、スペースはかなり広く部屋数も多かった。居間とキッチンは共有だったが、同居に問題はなかった。

問題だったのは駐車場。たしか8階建てで、戸数も多かったが、駐車場は5台だけ。1台は確保できたが、それ以上は無理。その1台分を親は僕に使わせてくれた。この引っ越しを期に、親はクルマを手放し、タクシーを使うことにしてくれたのだ。

近くには貸駐車場もあったので契約。仕事関係のクルマ置き場も確保した。家内の親とは仲が良かったし、経済的にも楽なこの同居生活は悪くなかった。でも、長く続けるつもりはなかった。

そして数年後に独立した。最初に住んだのは「目黒区平町」。静かな住宅街にある3階建のマンションだ。3LDKの部屋は広くはなかったが、立地も環境もよかったし、快適だった。

2階角部屋の前面はガラス張りになっていたが、そこで、オーナーの奥様が趣味を兼ねたブティックを経営。ご主人の趣味はピアノで、プライベートコンサートによくお招きいただいた。ここは家族共々お気に入りで長く住んだ。だが、「駐車場が1台」というマンション住まいの宿命からは逃れられなかった。

にもかかわらず、クルマの台数は増えた。僕のクルマが2台、大学に入ってすぐ免許証を取った息子のクルマが1台、そして仕事のクルマが1台、、、計4台。

「気楽に歩ける範囲内に」貸し駐車場があるのは計算済みだったので3台分借りた。いずれも屋根なしだったが、そこは割り切った。ところがある時、「割り切れない」ことが起こった。初めてのポルシェ(930型911)を買ったとき、「屋根なし駐車場は可哀想!」と思ったのだ。しかも、買った後で、、、。

慌てて屋根付きを探した。時間はかかったが、「シャッター付き」という願ってもない物件が見つかった。徒歩10分近くかかる距離だったが、迷わず決めた。
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ここからは、前々回に書いた「デイムラーダブルシックス、、、」の話と重複するところがあるが、ご容赦いただきたく。

目黒区平町を離れ、川崎市宮前平に移ったのは、通りがかりに見かけたマンションに強く惹かれたからだ。田園都市線・宮前平駅に近い高台に建つマンション、、、すぐ内部を見に行った。広々とした間取りと高台からの見晴らし(リビングの正面に富士山が見える)は素晴らしかった。

新築直後だったので、いちばん気に入った部屋も空いていた。都立大学を離れるのは寂しかったが、その気持を振り切って契約した。1階が駐車場で1台分のスペースも広い。ここで2台借りられたら最高だなと思い、オーナーと交渉。きつかったが了解を得た。

文句なしの駐車場を2台分手に入れた僕は、そんな環境に見合うクルマがほしくなり、デイムラーダブルシックスと911(930から964に乗り替え)を選んだ。息子には「僕のクルマを使うよう」に言い、近くの駐車場に仕事用の1台分を借りた。

その後のことは、「デイムラーダブルシックス、、、」にも書いたが、ざっとまとめると次のようになる。お気に入りのマンションでお気に入りのクルマと共に暮らすのはハッピーだった、、、が、ある日突然、平穏は破られた。「4台置ける物件があります」との業者からの話だ。

その物件とは、アメリカの田舎でよく見かけるような白くペイントされた木造の一軒家。上記のマンションとは対極にあるような雰囲気の家だったが、嫌いではなかった。

結局、「4~5台駐められる誘惑 !?」に駆られて買ってしまったが、どう考えてもデイムラーと911が似合うとは思えない。そこで、引っ越しと同時に、アウディ80アバント、アルファ155、1963年MGBに買い替えた。
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ついに、念願だった「4台の駐車場」を手に入れた、、、のだが、結局、ここでも「駐車場確保との戦い!」は終わらなかった。

僕の理想というか夢は、「2台のアメリカン・フルサイズが楽々駐められるシャッター付きガレージ」と「2台分の来客用駐車スペース」付きの家だった。僕は基本的にコンパクト派であり(Lクラスを所有したのは3台だけ)、大きなクルマがほしかったわけではない。でも、駐車場は別だ。

1964年に初めてLAに行き、フルサイズがどこにでも駐められる駐車事情を体験。以来、アメリカンサイズの駐車場が憧れになった。いつか、そんな駐車場のある家を持ちたいと思い続けてきた。なので、コンパクト3台、Lサイズ1台という中身には、どうしても納得できなかった。

そんな物件が見つかるとも思えなかった。となれば、土地を探して自分で家を建てるしかない。数年かかったが、みつかったのが現在の場所。既存の建物は取り壊した。

設計時に「これだけはなんとか」と頼んだのが「アメリカンフルサイズが2台楽に入るガレージ」、「2台のゲスト用駐車スペース」、「できるだけ広いリビング」の3点だった。「庭はなし。その分をゲスト用駐車場に回すしかありません」、、、もちろん受け容れた。でも、いい感じの「坪庭」を作ってくれた。

25年前の1996年、、、とうとう夢は叶った。「駐車場確保との戦い!」は終わった。広いガレージに住んだ愛車はコンパクトばかり(いちばん大きかったのがアルファ164)だが、メルセデス・Sクラスを持ってきても、RRを持ってきても、なんのストレスもない。

今は、プジョー e208が充電ケーブルに繋がれ、ゆったりと日々を過ごしている。

● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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