文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト)
イラスト/溝呂木 陽 

「家内との出会いを取り持ったのはシトロエン 2CV」・・・この話を知っている方は少なくないと思う。過去にもあちこちで書いたりしゃべったりしているからだ。とはいえ、岡崎宏司の「クルマ備忘録」となれば触れざるをえない。ので、「知ってるよ!」という方は無視していただけばいい。

家内は青山学院高等部の同級生。でも、高等部時代は顔見知り程度。グループも違ったし、お互いなんの意識もしなかった。

僕はバイクに夢中になっていて、授業が終わるとバイクをとりに家に直行。そして、バイク仲間との溜まり場に駆けつける・・・そんな日々を繰り返していた。もちろんGFはいた。いたが、なにせバイク優先の日々。距離はなかなか縮まらなかった。

大学は楽ちんな内部進学。エスカレーターですんなり進学させてくれる。だから、ろくに勉強もしないで大学に入り、バイクにも乗り続け、遊び回ってもいた。でも、大学に進学してからというもの、高等部時代のように、いつも「弾けている」といった感覚は希薄になっていった。バイクに乗っていても「とにかく全開!」といった走りが、いつの間にかフェードアウト。大人しくなっていった。

大学生という冠を頭に乗せられ、いくらか大人になったということなのだろうか。高等部時代にはたどり着けなかった「恋」にも憧れの気持ちを強く抱くようになった。その経緯はわからないが、人生の大きな節目に立っていたのは確か。19才の時のことである。

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なにかもやもやした日々を過ごしていたということだが・・・そんなある日、キャンパスの中庭にとんでもないクルマが駐まっているのを見つけた。中庭の奥の方に「蔦の絡まるチャペル」があり、そのそばに豊かな枝を四方に伸ばす大木があった。シトロエン 2CVはその下に駐まっていた。同じ木の下には、時々、マーキュリー・ハードトップも駐まっていた。アメフット部に所属する一級上の先輩のクルマだ。

時は1959年。学生のクルマ通学など基本的にあり得ない時代。そんな中、華やかなアメリカ車で通学する先輩に対する僕のイメージは、「カッコいい!」と「金持ち!」。しごく単純なものだった。

それに対して、シトロエン 2CVで通学する女子学生へのイメージは複雑だった。高等部の制服から解放された彼女の装いは流行の落下傘スタイル。それもけっこうカラフルな。

それが丸ぽちゃの彼女に似合っていた。

高等部ではまったく意識したこともないのに、妙に気になった。しかも、2CVというとんでもないクルマに「あっけらかんとして」乗っているのだからよけい気になる。

お互い顔も名前も知っていたので、声は掛けやすかったが、なんと声を掛けたかは覚えていない。たぶん、「やぁ、変わったクルマに乗ってるんだねぇ!」みたいなことを言ったのだろう。どんな返事が返ってきたのかも覚えていない。が、とりあえず「2 CVに乗せてもらう約束」は取り付けたのだと思う。

「とんでもないクルマ」「ありえないクルマ」と思っていた2CVが、彼女と一緒だと、妙にお洒落っぽく、素敵なクルマに見えたのも不思議な感覚だった。

アメリカ車大好きだった僕にとって、シトロエン 2CVは対極にあるクルマ。それが突然素敵に見えたのは、僕の価値観がいい加減なものだったのか、2CVにそうした魔力があったのか、それとも彼女が気になっただけのことなのか・・・いずれにしても、僕が、彼女と2CVのコンビに惹きつけられたのは事実だ。

彼女との初デートは2CVのドライブではなかった。ヒッチコック監督の「北北西に進路を取れ」のロードショーを観に行った。

もちろん僕が誘った。「いいわよ。私も観たかったの。ありがとう!」。彼女は明るくあっさり受けてくれた。「なにも足さない、なにも引かない」という言葉があるが、そんな感じ。「自分の気持ちをそのまま真っ直ぐ出してくれた」と思えた。嬉しかった。

初デートのときも、「つくらない」「かざらない」彼女の真っ直ぐなところに、とんどん惹かれていったことを思いだす。

肝心の2CVから話しがそれてしまったが、確か2回目のデートで運転させてもらった。

メチャメチャ長閑なクルマだった。体験したことのないエンジンの音と鼓動感にも、妙なシフトパターンにもすぐ馴れた。不思議なものを見るかのような周りからの視線にもすぐ馴れた。なんとも遅かったけれど、乗り心地は最高。シートもぺらぺらなのに、アメリカ車よりずっといいシートだと思えた。

2CVにはあまり乗りたいとは思わなかったが、彼女と乗っているのは楽しかった。

実は、2CVのオーナーは彼女ではなく、彼女の兄。ゆえに、兄が使わないときしか使えない。それを知ったときはほっとした。

でも、彼女が派手なアメリカ車にでも乗っていたら、僕は声を掛けなかっただろうし、その後の人生はまったく違ったものになっていただろう。僕も、彼女も・・・。

「運命」ってつくづく面白いものだと思う。

●岡崎宏司/自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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