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2020.12.20

破壊から復興へ。ドレスデンの奇跡

仕事で初めて訪れたドイツ・ザクセン州の州都、ドレスデン。数カ月後にはプライベートで再訪してしまうほど筆者を強く惹きつけたワケとは。

CREDIT :

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第149回

大戦で破壊された街、ドレスデンの復興を見て思ったこと

ドレスデン、、、「華麗なるバロックの都」「エルベ河のフィレンツェ」などと呼ばれるドイツ・ザクセン州の州都、、、美しい街だ。

僕は仕事で2度、プライベートでも2度行っている。最初に行ったのは1990年代半ば。東西ドイツ統合後5年ほど経ち、旧東ドイツ圏内にも活気が出始めた頃だったと思う。

1度目は仕事で行ったのだが、すべてに深い美意識と歴史が刻み込まれているかのような街に、強く惹きつけられた。そのとき泊まったホテルが「タッシェンベルクパレス」。元はと言えば、1700年代初頭、当時の王が「王妃の館」として建てたバロック調の館、、、エレガントな外観とシックで上質な内装の調和は素晴らしかった。

ツヴィンガー宮殿、大聖堂、ザクセン王国の宮廷歌劇場として生まれたゼンパーオーパー(東ドイツ時代は国立歌劇場/現在は州立歌劇場)、そしてエルベ河畔等々が、いずれも徒歩散策圏内にあるといった立地も最高。

しかし、仕事だったので、街をゆっくり味わう時間などない。ディナー後のわずかな時間、ホテルの周りを散策するに留まった。ゼンパーオーパーにしても、広大な劇場前広場を挟んで眺めるしかなかった。

でも、それゆえに「ドレスデン再訪」への気持ちは強くなった。そして、日本に帰った直後に家内を誘い、再訪を決めた。すぐに仕事の予定とゼンパーオーパーの公演予定をチェック。公演チケットを確保したところで航空券の予約をした。ホテルはもちろん「タッシエンベルクパレス」以外にない。
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そんなことで、たしか、数カ月後にはドレスデン再訪を果たした。タップリした時間、自由とともに、、、。

季節は初夏だったと思う。街の散策、エルベ河畔の散策とベンチで過ごす時間が、とても心地よかったことを覚えている。わが家の旅のほとんどは名所旧跡と縁がない。が、ドレスデンは違った。ホテル(旧市街)の周囲のほとんどが名所旧跡で埋め尽くされているのだから、否応なく足を踏み入れる。

宮殿、東洋陶磁器博物館、マイセン焼きのタイルで描かれた長大な壁画、、、今も記憶に残っているものは少なくない。華麗としか言いようのないゼンパーオーパーでのコンサートも素晴らしい時間だった。そんな中でも、もっとも強く心を奪われたのはフラウエン教会(聖母教会)。大戦下の爆撃によって、ほとんど破壊された教会だ。

数あるヨーロッパの教会の中でも、指折り数えられる傑作とされるバロック様式のフラウエン教会、、、その威容は絵や写真で何度も見ていたが、強く惹かれ、圧倒されていた。それだけに、一部を残して、文字通り廃墟になったその姿を前にしたとき、観光気分は萎え、少し重い気持ちになった。

しかし、再建を目ざして、破壊された無数の瓦礫が一つ一つ整理され、どこに使われていた石片かが記録され、タグを付けて長大な棚に置かれている様を見て、重い気持ちは振り払われ、驚きと畏敬の気持ちに置き換わった。
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先人が遺した歴史と文化を受け継ぎ、後世に遺そうとするドレスデンの人たち、ドイツの人たち、あるいは世界中から手を差し伸べた人たち、、、長大な棚に置かれた無数の石片は、そんな人たちの心の断片のように思えた。そして、「再建されたらまた来よう」と決めた。

2005年に再建成ったフラウエン教会の前に立ったのは、その数年後だったかと思う。威容は見事に蘇っていた。しかし、写真や絵で見たかつての威容とは大きく異なるところもあった。

それは、遺された部分と多くの石片が組み込まれたことによるもの。そう、遺されたものは、爆撃による火災と長年の風化でかなり黒ずんでおり、新しいものとの違いがハッキリ浮かんで見えたのだ。しかし、そんな異様なコントラストが、かえって「再建への強い思い」を強調していた。僕にはそう感じられた。

ドームの上に立つ金色の十字架は、かつての技術をできる限り採り入れて作られたとされるが、焼け焦げた旧い十字架は、歴史の証人として新しい祭壇に立てられている。

2度のドレスデン行き、、、わが家の旅としては異例ずくめ。前にも書いたが、観光地巡りは、わが家の旅では異例なことだからだ。でも、深く心に残る旅だった。

欧州に行けば、歴史を重ねた佇まいに心を奪われるし、そんな佇まいの中での新しいものへの出会いに、いつも刺激を受ける。ドレスデンでも、モダンな装いのイタリアン・レストランにも行ったし、カフェにも行った。
が、街全体を包む歴史の重みがなんとなくつきまとう。晴れた初夏のエルベ河畔を散策している時でさえそうだ。
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ドイツでいちばん好きな街はミュンヘン。新旧が軽やかなハーモニーを奏でている。だから、軽い気持ちで街を歩けるし、何度も行く気になる。

その後、ドレスデンには仕事で1度行った。VWの「ガラスの工場」を見るためだ。完璧に清潔で、超モダンで、煌びやかとさえ言えるガラスの工場では、まずVWフェートンが生産された。今ではe-GOLFを生産しながら、VW・クリーンモビリティの研究/開発拠点になっている。

この時、旧市街を散策する時間の余裕はなかったが、残念とは思わなかった。まだ、「重い空気感」が心に残っていたのだろう。とはいえ、再建前と再建後のフラウエン教会を目の前にしたドレスデンの旅は、わが家の宝物級の思い出になっている。

● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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