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2026.10.25

【特別寄稿】F1モナコGPはホテル料金もとんでもなかった!?

今年の6月末に最終回を迎えた本連載ですが、早くも連載終了後第二弾として原稿が届きました。今回は最もF1が盛り上がっていたと言われる80年代中期にモナコGPを訪れた時のお話。最も、モナコGPの話は以前にも記事にしておりますが、今回はその時に宿泊したホテルのエピソード。今の旅行にも通じるお話でもあります。ぜひご一読くださいませ。

BY :

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト)
CREDIT :

イラスト/溝呂木 陽 編集/高橋 大(atelier vie)

岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第286回(特別寄稿)

F1モナコGPと恐るべきホテル料金

イラスト 溝呂木 陽 F1モナコGP

F1GPといえば、多くの人がまずイメージするのは「モナコGP」だろう。


美しいモナコの街をF1が駆け抜ける、、、想像しただけでもワクワクする。幸いにも僕は1986年と87年の2度(もうかなり昔のことだが)、モナコGPを観戦しに行っている。


1986年と87年といえば、「ネルソン ピケとナイジェル マンセルと」が、ウィリアムズ ホンダF1に乗っていた時だ。


F1はもちろん好きだったし、とくにホンダが参戦してからは夢中になった。でも、サーキットで、目の前でF1を観戦したのは鈴鹿サーキットだけ。


海外でのF1も、当然、観たくてウズウズしてはいたが、財布と相談すると「ノー」という答えしか返ってこない。

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僕は旅が好き。なので、一人旅はもちろん、1980年代に入って財布に少し余裕が出てきた頃からは、年に1度か2度は、家内との旅も欠かさないようになった。


そんなことをしているにもかかわらず、モナコGPはひどく遠かった。遠いとは距離のことではない。僕にとって距離はなんの苦にもならない。


欧州やアメリカには「日常的」とさえ言えるほど頻繁に行っていたし、南アフリカのケープタウンでさえ、なんの苦でもない。


「モナコGPが遠い」というのは、距離でも時間でもなく経済的な理由だ。モナコにもっとも近いニースまでの航空運賃も通常通り。


では何が問題でモナコが遠いのかというと、答えはただひとつ。「ホテル料金」だ。


当時のモナコのホテル料金は、通常でも少し高かった。でも、普通の部屋なら、1泊で数万円から十数万円程度で、他の欧州有名観光地より特に目立つほどの大差はなかった。


モナコGP開催時でも、少し高くなるくらいで、驚くほどの料金ではなかった。そう、「ここまでは特に問題はなし」だった。

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ところが、たしか、僕が初めてモナコGPを観に行った1986年からは、一泊料金こそ少し高くなった程度だったものの、「4泊~5泊単位」ほどの連泊規定が加えられたのだ。


もっとも節約するには、予選日の朝モナコ入りしてその夜1泊。翌日の決勝を観てモナコを離れれば、少々高くても苦にはならない。


ところが、4泊~7泊単位という縛りが入ると、トータルな支払額は、単純計算で5~7倍に膨れ上がることになる。


しかも、ホンダから届いた連絡書には「ロウズモンテカルロ (現在は「フェアモント モンテカルロ」)を予約してあります。お楽しみください!」と書いてあっただけ。


僕は正直ビビった。しかし、すぐ後に「お支払いについてはすべて我々がお手続きしますので、チェックインとチェックアウトだけしていただければ結構です。よろしくお願いいたします」との2通目の連絡書が届いた。


正直、ホッとした。、、が、公式な仕事の依頼でもなく、ホンダF1関係者との雑談の中で、「岡崎さん、モナコGP見にいらっしゃいませんか!」「もちろん行きたいです!」といった軽い会話がきっかけになり、突然現実になってしまったことなのだ。

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そんな経緯を考えると、航空運賃もホテル料金もすべてホンダがサポートしてくれるというのは、申し訳なく、息苦しい思いだった。


そのことを、当時の総監督だった櫻井淑敏さんにいうと、「そんなこと、全然気にする必要なんかないですよ。ホンダにだって、そのくらいのお金はありますから、、、」と、笑って返してくれた。ありがたかった。


ロウズ モンテカルロといえば、1975年のオープン セレモニーには、モナコ太公妃のグレース ケリーも立ち会ったハイクラスのホテルで、F1では「ローズヘアピン」と呼ばれ、TV放送でも頻繁に映し出される名所だ。


ヘアピン側の部屋なら、バルコニーから直下にコースが見えるし、ゲート前に出れば、すぐ目の前をF1が走り抜けてゆく。


僕の部屋はコース側ではなく海側。だが、目の前に広がる紺碧の海と空は最高の眺めだった。ホテルには広い屋上があり、そこからの眺めはさらに素晴らしいものだった。地中海を独り占めしているような気分になった。


世界のセレブリティの贅沢なヨットやクルーザーが集まるモンテカルロ港も見える。そんな立地の贅沢なホテルにモナコGP中に泊まれるなんて、まさに「夢のよう‼」だった。

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僕はホンダに対して「感謝の気持ちで」いっぱいだった。と同時に、何度も「この招待は辞退すべきではないか」とも思い悩んだ。


なにしろ、ロウズ モンテカルロのヘアピンが見える部屋1泊あたりの、GP期間の料金は、当時の日本円で1泊、10数万円から数十万円したはず。


僕が泊まった海側の平均的な部屋でも、7~8万円から十数万円はしたはず。だから、それ掛ける4~5泊となれば、当然、高額な支払をしなければならない。。


櫻井淑敏さんだけではなく、ホンダの親しい役員や広報関係者にも、「あまりに大きなご負担をおかけするので、受けて良いものかどうか混乱している」と打ち明けた。


でも、「ご心配などまったくご無用。楽しんできてください。F1の素晴らしさを存分に味わっていただき、その気持ちを多くの方々に伝えていただけたら、、、それが我々の希望です」、、と、ホンダの方々からは口を揃えるかのように、そんな答えが返ってきた。


うれしい、そして素直に聞ける答えだった。僕はこうしたホンダの方々の温かい答えを素直に受け取ることにした。同時に、F1ファンが喜び、F1ファンが増えるような記事を必ず書こうと思った。

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ちなみに、現在のモナコGP開催期間中のモナコの高級ホテルの料金はさらに大きく高騰し、とてもまともとは思えない高さにまで引き上げられているようだ。


1流ホテルのレースコースが見える部屋で、1泊あたり数十万円の宿泊費に連泊規定を掛け合わせると、数百万円の支払いになる。


モナコGP開催時のモナコのホテル料金は、常識などまったく通じない、異次元の超インフレ状況が平然とまかり通っていることになるということだ。


それでは、われわれ一般庶民は、いったいどうすればモナコGPを見られるのか。その答えは意外に簡単なものだ。


僕は1986年に続いて87年にもモナコGPを観に行ったが、その時はホンダには言わず、まずは自分でホテルを取った。そして、その後に、ホンダに行き「パドックパス」をお願いした。


その時ホテルの件を聞かれたが、「もう抑えました。大丈夫です」と答えると、「そうですか。言ってくだされば、われわれが手配しましたのに」との言葉をいただいたが、僕は「そのお言葉だけで感謝します」と答えた。

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ホテルの問題解決は簡単だった。モナコの隣町とも言えるフランスのニースに泊まればいい。モナコ通はみんな知っていたが、僕は知らなかった、、、それだけのことだった。


ニースからモナコまでは電車も通っているし、ヘリコプターの定期便も、リーズナブルな運賃で飛んでいる。この二つのどちらかを選べばモナコのホテルに泊まることはない。


翌87年には、ニースのホテルを早々に予約して、ヘリコプターも予約した。もちろん自分で支払った。


ニースは好きな街で、プライベートでも度々行っていたので、レストランや遊びの場所もよく知っていた。僕は1泊増やして、ニースをたっぷり楽しんでから東京へ帰った。


ちなみに、モナコGPの時以外にモナコへ遊びに行く時は、僕はヨットハーバー(エルキュール港)に面した、あるいは直近にハーバーが見下ろせるホテルに泊まる。


なかでも、ハーバーに直接面した、こじんまりしたホテルが好きだ。部屋のすぐ前にハーバーが広がり、美しく贅沢なヨットが港を埋め尽くす眺め、、、特に、穏やかだが、華やかでもある照明に包まれた夜の眺めには、ため息が出る。


話は少し外れるが、モナコの背後の山を縫うように抜けるワィンディングロードを走るのも面白い。狭い山道であり、対向車もけっこう飛ばして(楽しんで)いるので、かなり神経は使わされるが、間違いなく面白い。

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加えてこの山道沿いには、小さいが快適なホテルやレストランがあることも知っておいてほしい。山の上のテラスレストランからの景色を楽しみながらの食事、あるいは宿泊は、きっと大切な思い出を作ってくれるはずだ。


うれしいことに、宿泊料金も、食レストランの料金も、モナコ市内に比べるとグンと安い。


F1GPを除いても、今回ご紹介したモナコ周辺の旅は、きっと、皆さんも気に入ってくださるものと僕は思っている。


追記

以前にもモナコGPの思い出を綴っているが、今から40年ほども前のことで、かなり記憶が曖昧になっているところがある。メモや記事も無くなってしまっている。そんなことで、以前書いたものとの微妙な差異がところどころ出てしまっていることを、ご容赦いただきたい。

岡崎宏司(自動車ジャーナリスト)
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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