そこで培われたテクノロジーは、いまもスポーツカーを中心とする量産車へ確実にフィードバックされている。トヨタの惜敗が話題となった「ル・マン24時間レース」に挑戦し続けるアウディは、そのもっとも顕著な例といっていいだろう。
アウディが先行した技術は全世界で採用された
数百億円の予算と1年もの時間を費やしながら数百円のパーツが壊れたために勝利を取りこぼすこともあれば、時にはライバルチームに襲いかかったトラブルによって幸運な勝利が転がり込むこともある。
いずれにせよ、勝利の美酒は限りなく甘美で、それを逃した時の敗北感はたとえようもなく苦いはず。にもかかわらず、世界の名だたる自動車メーカーはなぜレースに挑むのだろうか。
逆説的な話ながら、その理由のひとつには勝者と敗者がきっぱりと分かれる冷酷さにある。1秒差だろうと1000分の1秒差だろうと、勝ちは勝ち。
それは彼らのドライバーが、マシンが、そしてマシンに投入された技術の数々が優れているからにほかならない。
レースを戦うエンジニアたちにしてみれば、自分たちのテクノロジーの優秀性をこれほどはっきりとした形で世に示す術はほかにないくらいだろう。
レースで輝くAMGの"ワンマン・ワンエンジン"
Super GTスーパーGT

つまり、これまで1度も表彰台を逃したことがないのだ。そればかりではない。通算13度の総合優勝は、あのポルシェに続く歴代2位の成績だし、そもそも参戦18年で13勝を挙げた勝率の高さはポルシェをも凌ぐ大記録なのである。
しかもアウディには、量産車と同じキーテクノロジーを用いてル・マンを戦うという伝統がある。例えばダウンサイジングターボ・エンジンで2001年のル・マンを制覇。
これは量産化されるより3年も前のことで、アウディが先行したこの技術がやがてライバルメーカーにも採用されたことはご存知のとおり。
それ以降も、直噴ターボディーゼルのTDI(2006年)、超軽量化技術のultra、プラグインハイブリッドに代表される電動化技術のe-tron、アウディ独自の4WDシステムであるquattro(いずれも2012年)などを次々と投入。それらにより、これまで13回に上る栄冠を積み重ねてきたのである。
今年は優勝を逃し、最上位車は3位。その理由を端的に述べれば、レギュレーションの変更が大きい。ディーゼル・エンジンが不利になったことを承知のうえで、自分たちのコアテクノロジーであるTDIで敢えて挑戦し、ガソリン・エンジンで挑むライバルに肉薄する健闘を示したことは賞賛に値する結果だろう。
ハイブリッドとミッドシップを極めたホンダ
Formula 1F1

ホンダは日本のスーパーGTに次期型NSXを先行して投入。これまでミッドシップスポーツカーの可能性を探っていた。その成果は、新型NSXにも大いに受け継がれている。
LEON RACINGがスーパーGTに投入する、メルセデス︲AMG GT3に搭載されるV86.3リッター・エンジンは、AMGの根源ともいうべき“ワンマン・ワンエンジン”の思想を踏襲。たったひとりのメカニックの手でエンジンを組み立てることで、より高いクオリティを実現している。
F1では、高度なハイブリッドシステムによる戦いが繰り広げられているが、ホンダはここでパフォーマンスと効率をかつてないレベルまで引き上げるための飽くなき挑戦を続けているところだ。
その代表ともいえるのが、アウディの新型R8。そもそもR8というモデル名自体、アウディがル・マン参戦初期に投入していたレーシングカーとまったく同じ。
ちなみに最新世代のR8は、GT3レースを戦うR8 LMSと同じ組織によって開発され同じ工場で生産されているというから、その“血中レース濃度”は相当なもの。
レースの思想がそのまま息づいたスーパースポーツ
Audi R8アウディ R8


まるでジェットファイターのよう。
下右:R8 V10 Plusのリアウィングはカーボン製。空力重視はレーシングカー譲り。
下左:最高610psを生み出すV10Plusエンジンは超高回転型。
ハンドリングも生半可な気持ちで手を出せばヤケドしそうなほどシャープ。それでいてアウディ自慢の4WDシステム“クワトロ”がガッチリと路面をとらえ続けるので、R8はあたかもレール上を走っているがごとく、安定した姿勢を崩さない。
それにしても、スピード感を抑えてクールなスーパースポーツカーを演出した先代R8とはまるで異なる乗り味には驚くばかり。このあたりにもル・マンで培った熱いモータースポーツ・スピリットが息づいているといえそうだ。
BMWらしいこだわりと情熱が融合した作品
370ps、465Nmというずば抜けたパフォーマンスを生み出すだけでなく、過酷な条件においても安定したオイル供給を実現する強化型潤滑システムを装備し、サーキット走行でも抜群のスタミナを誇る。
後輪に伝えられるそのパワーは文字どおり圧倒的で、濡れた路面ではあっさりグリップを失わせるほどの爆発力がある。その味わいは古典的でさえあるが、腕に覚えのあるドライバーにはたまらなく魅力的に映ることだろう。
"M"の伝統をコンパクトボディに凝縮したクーペ
BMW M2ビーエムダヴリュー M2


上左:視認性優先の2眼式アナログメーター。
下右:直6エンジンは370psを発揮。左下:サーキット走行でも
安定した制動力を誇るMコンパウンド・ブレーキ。
ホンダがサーキットで探る新世代スーパースポーツ
実はホンダは、量産型NSXの発売に先行してスーパーGTのGT500クラスで唯一となるミッドシップ・レイアウトのNSXコンセプトを投入。
同じく独自開発のハイブリッドシステムを搭載することで、新世代スーパースポーツカーの可能性を探っていたという経緯がある。つまり、ついに発表された新型NSXにも、サーキットで培われたノウハウがしっかりと生かされているのだ。
レーシングカーとロードカーが別々の発展を遂げていくなかで、両者を結ぶ技術の交流が減少傾向にあるのは事実かもしれない。それでも、サーキットで生まれたテクノロジーに学ぶべきことはたくさん残されているし、レースを戦うスピリットは彼らのロードカーにも確実に受け継がれているのだ。
3モーター・ハイブリッドが操縦性を自在に制御
Honda NSXホンダ NSX


※本特集は2016年10月号で掲載した企画の抜粋です。