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2019.06.30

欧州車の試乗で指摘されたある点とは?

様々なクルマの開発に携わってきた著者が、ある欧州車の試乗で指摘したこととは?その結果、いまに繋がるクオリティの新しい視点が加わった?

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文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第101回

欧州メーカーエンジニアと過ごした濃密な1週

1980年代の半ば頃だったかと思う。とても興味ある仕事を、ドイツのプレミアムカー・メーカーから依頼された。

「音振のエンジニアを東京に送るから、1週間ほど付き合ってほしい」との依頼だ。

この依頼には、もちろん前段の話しがある。
話しとは、こういうこと。

日本に輸入された同メーカー最上位モデルの試乗レポートで、僕は音と振動、、とくにこもり音についてそうとう厳しい指摘をした。

「スタイリングは気に入った。パフォーマンスにも高い点数を付ける。でも、僕がこのクルマを買うことは絶対ない。なぜなら音振、とくにこもり音が最悪だから、、こんなクルマと日々を過ごすなどありえない、、」といったことを書いたと記憶している。
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その試乗レポートが雑誌に掲載されると、インポーターはすぐ翻訳してドイツ本社に送ったようだが、本社の反応は早く、ほとんど間を置かずに上記の依頼が届いた。

それまでにも、海外メーカーの仕事はやってはいた。マーケティング部門やコミュニケーション部門から、いろいろな相談を受けた。

日本向けの車両を、日本の道路事情に運転事情にできるだけ合わせるようにする、、そんな依頼も少なくなかった。

基本的な変更はむろん無理だが、タイヤやサスペンションの一部変更だけでも、かなり大きな効果をもたらすことはある。

そうした仕事の作業のほとんどは、日本インポーターの担当者と行ったが、本社エンジニアが加わることもあった。

つまり、海外メーカーの仕事を受けるのは珍しいことではなく、日常的なことだった。

しかし、本社から正式な依頼がきて、本社からエンジニアが送られくる、、しかも、1週間まるまる空けてくれといったオファーは初めてだった。

食事の時間も含めて仕事の間は、ずっと本社が選んだドイツ語の通訳が同行するとも伝えられた。

試験車は同社の最高級サルーンが指定された。僕が音の問題で厳しいレポートを書いたモデルだ。

エンジニアはドイツ人らしく大柄で、柔和な顔立ち、物腰の人で、すぐ打ち解けられた。通訳もすでに顔見知りで、冗談を言い合えるような関係の人だったので、気は楽だった。

技術部トップからの非常にていねいな伝言を伝え聞くことから仕事はスタートした。こもり音だけではなく、音全般について、気づいたことはすべて伝えてほしいとのことだった。
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ステアリングは僕が握り、助手席に座ったエンジニア(以後は”彼”と呼ばせていただく)の膝の上には大型のノートが。

まずは、ドアとボンネットとトランク、パワーウィンドウとパワーシート、各種スイッチとレバー類、蓋もの等々の感触や作動音に関して、かなり細かいところまで印象と意見を伝えることから始めた。

たとえば、ボンネットやトランクリッドの開閉感/開閉音、パワーウィンドウやパワーシートの作動感/モーター作動音が軽々しく、波打っていて安っぽい。スイッチ/レバー類の感触の調和がとれていない。蓋ものの重み/厚み感や開閉感がプレミアムクラスには相応しくない、、といったことを、具体的に、事細かく指摘していったのだ。

初めのうち、彼はかなり戸惑っていたようだった。おそらく、今まではまったく気にもとめなかったような点への指摘、意見が次々僕の口から出たからだろう。ただ黙って、ひたすらメモをとり続けていた。

そして、ランチの時、彼は深く息をしながらこう言った。「岡崎さんはいつもこうして、細部の微妙な調和まで考えながらチェックしているんですね。初めは戸惑いました。でも、いろいろ伺っている内に理解できるようになりました」と、はじめて笑顔を見せた。

以後は、僕が一方的に話すのではなく、彼の方からも質問や意見が出るようになった。同じことをやっていても、一方通行より相互通行の方が、ずっと理解度は高まり、視野も広がる。

いちばんの課題であるこもり音は、僕の基準では「かなりひどい」レベルだった。「エグゼクティブカーのセグメントに属するクルマなのになぜ」「あり得ない」と僕は思った。
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「われわれもいいレベルとは思っていませんでしたが、あまり気にはしていませんでした。でも、岡崎さんのご指摘で目が醒めました。このままでは今後の競争に負ける。そこで、今回のお願いになった次第です」とは彼の言葉だ。

僕はエンジニアではないし、メカニズムにも詳しくない。だから、原因は推測できても、それには触れず、ひたすら正確に現象を伝えることに終始した。

彼もその方がよかったようで、「迷うことなく、現象だけをしっかり確認することができました。会社に戻ってからの作業も早く進むでしょう」と感謝の言葉をくれた。

作業は1週間の予定だったが5日間で終わった。残りの2日はノートをバッグにしまってもらい、「僕の好きな東京」を案内。疲れを癒してもらった。

大きな宿題を背負ったにもかかわらず、彼はとても清々しい気分だったようで、2日間の観光もほんとうに楽しそうだった。

そのわけを聞くと、、「ええ、重い荷は背負いましたが、イメージ的には解決の道筋はなんとなく見えています。きっとご期待に応えられると思います」と答えてくれた。

それから1年半ほど後に出た新型車で、彼の言葉は立証された。不快なこもり音も振動も見事にクリアされていた。2流か3流でしかなかった、そのメーカーの静粛性/快適性は、一気に1流ゾーンにまで引き上げられていた。

多くのクルマの開発/改良に関わってきたが、これは強く記憶に残る想い出になっている。

● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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