ミリタリーウォッチはなぜ黒文字盤なのか？

いまや時間を知るというだけでなく、ファッションアイテムの役割を果たすようになった腕時計。新しい一本を買う際に何となく選んでしまう方や、そのデザインを当たり前のものとして気にもかけない方もいるだろう。しかし、その色やディテールにはそれぞれ由来があるのだ。今回は意外に知られていない時計のデザインの由来をお話したい。

例えば、ミリタリーウォッチによく使われる黒文字盤。時間が分かりやすいから黒、というのは良く知られた理由だが、他にもワケがある。というのも、今も昔も、ほとんど多くの黒文字盤は、メッキではなく塗装で仕上げられている。そして黒色は白や青に比べて下地を覆いやすいため、塗装の回数が少なくてすむ、つまり、製造コストを下げられるわけだ。ミリタリーウォッチはその名のとおり、元々軍用品なので量産する必要がある。だから早く製造出来て、コストもかからないことは視認性同様に重要なことだったのだ。

ケースも同じで、大半のミリタリーウォッチはシンプルな形状をしている。理由はやはり、コストを抑えるため。現行品でこういったモデルを挙げるなら、ハミルトンの「カーキ」になるだろう。かつてのモデルに比べて質は上がったが、いかにもミリタリーな黒文字盤や、作りやすそうなケースは、基本的に変わっていない。

ちなみにパネライはもともとイタリア海軍向けの時計だが、ミリタリーウォッチとしては例外的に、複雑なケースをもっている。軍用時計といえども凝ってしまうのが、イタリア人らしいと言えなくもない。

腕時計のなかでも、デザインの理由を明確にもつのが、ストップウォッチ付きのクロノグラフだ。今のクロノグラフには、ほとんどが12時間積算系が備わっているが、本来その機能はなかった。というのも、12時間単位で時間を測る必要がない人向けに作られていたからだ。

では、その対象者とは誰だったか。それは医者である。例えば、A.ランゲ&ゾーネの「1815クロノグラフ」は、文字盤の外周に脈拍を測れるパルスメーターをもっているから一目瞭然だろう。パテック フィリップのクロノグラフ「5170」もやはり前作はパルスメーターを備えていた。脈拍を測るだけならば12時間積算計は不要だし、スポーツシーンで使うわけではないのでデザインも控えめになる、というわけだ。

また、こういうツーカウンタークロノグラフの多くは、持ち主のステイタスを暗示させるため、18K金やプラチナのケースを採用している。元々クロノグラフは専門家のためのツールだが、とりわけツーカウンタークロノグラフは、ホワイトカラー向けのもの、といえるだろう。

時間を示すインデックスにも「お約束」がある。ローマ時代の数字に由来するローマンインデックスは、時計業界のなかではもっとも格が高いとされる。そのため、ドレスウォッチの多くが、このインデックスを使っている。

一方のアラビアインデックスは、商人が使ってきたアラビア文字に由来するため、実用的なものと考えられている。駅の時計や、ミリタリーウォッチでアラビアインデックスが採用される理由だ。また、シンプルなバーインデックスは、ローマンともアラビアとも違う「ユニバーサル」なインデックスだ。そのため、使うシチュエーションを選ばない。この3つのインデックスが意味するところを知ると、万人に支持されるロレックスが、バーインデックスを好んで使ってきたのにも合点がいくだろう。

もし、より一層TPOを考えるなら、針の数にも注目したい。最も格が高いのは、時針と分針しか持たない2針時計だ。一般にドレスウォッチに2針が採用されているのはこのためである。加えて、日付表示のないものがいっそう格が高いとされる。

その理由は、秒針がない＝秒に追われない生活をしていること、日付表示がない＝日付の管理を自分でしなくていい（秘書がいる）ことを暗示しているため。つまり、腕時計は言外に持ち主のステイタスをあらわすツールでもある、ということだ。日付表示のある時計は日常使いには便利だが、フォーマルな場に足を運ぶ際は、ぜひこの選びを思い出していただきたい。

時計を単なる装身具として考えるなら、好きなものを買えばいい。しかし、形や色には理由があることを気に留めておくだけで、時計選びは一層面白くなるだろう。たかが時計、されど時計なのである。

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