2026.10.11
第20回 山本美憂【vol.03】
美しい人、山本美憂。「KIDが体ひとつで築き上げてきたものを記憶にとどめて伝えていくことも私たちの役目」
大人の女性の美しさに迫るグラビア連載「美しい人」。今回ご登場いただいたのはレスリング選手を経て現在はプロボクサーとして活躍する山本美憂さんです。50歳を過ぎて尚、鍛え抜かれた美しい身体を維持する美憂さんのストイックな美しさに迫りました。その第3回です。
- CREDIT :
写真/野口貴司 スタイリング/MOUSE ヘアメイク/NoLi 文/渡邉朋子 編集/森本 泉(Web LEON) プロデューサー/Kaori Oguri

多くの俳優やタレントをプロデュースし、自身女優でもある小栗香織さんをプロデューサーに据え、豊かな人生経験を持つ女性たちの、内面から醸し出される“大人の美しさ”に迫る、ファッションと融合した新しいグラビア企画「美しい人」。
今回ご登場いただいたのはプロボクサーの山本美憂さんです。日本と世界の女子レスリング界で圧倒的な強さを誇ってきた後、42歳でMMA(総合格闘技)に転向し「RIZIN」に参戦。 2026年3月にはオーストラリアのシドニーでプロボクシングデビューし、9月の第2戦で52歳にして初勝利を飾りました。今回は、その奇跡の格闘技人生を叶えてきた、美憂さんのストイックな美しさに迫る第3回です(第1回、第2回)。

【Interview03】
年齢は関係ない。試合は記念でやっているわけではなく、勝ちに行くためにやっている
── 美憂さんは2016年に42歳でRIZINに初参戦。総合格闘技の道へ進み、さらに今年、ボクシングに転向されましたが、ボクシングはゼロからのスタートだったのでしょうか?
山本美憂さん(以下、山本) ボクシング自体はMMA(総合格闘技)で練習に取り入れていたのでゼロからではないんですけど、これだけひとつのことを一生懸命やるのはレスリング以来なかったことなので、気持ちとしてはゼロからという感じでやっています。
── 今まで積み上げてきたキャリアがありながら、新たな世界に挑戦するというのはすごくパワーがいることかと?
山本 MMAを始めた時に、いまだにゼロから何かをできるってすごく楽しいことだというのを経験で知っていたから、大きなチャンスをもらったなと思います。

── そこで楽しいと思えることがすごいですね。
山本 練習は楽しくないですよ(笑)。でもキツいと思うのとはまた別で、やりたい! と思うから。最初は知らないことが色々出てきたり、できていないこともたくさんあるけれど、それは自分にまだ成長できるキャパがあるということなんだろうなって。
── 自分の成長を信じられるからこそ、常に挑戦し進化し続けられるのだと思うのですが、年齢がストッパーになるようなことはないですか?
山本 ないですね。ボクシングコーチの長谷川穂積先生も、そんなの関係なくやるという方なので、そういうことを気にせずにやれる環境があることが本当にラッキーだなと思います。よく「挑戦することが素晴らしい」と言われることがあって、そこを評価していただいたり、誰かが何かをスタートするきっかけになれていたらすごくうれしいことですけど、自分の中では、記念でやっているわけではなく、他の選手と同じく、勝ちに行くためにやっているんですよね。そこは長谷川穂積先生とも同じ意識でやれています。

──今までに“勝ちに行く”という気持ちが枯渇してしまうことはなかったですか?
山本 ないですね。それもやっぱり環境が大きくて、子供たち、特に下2人は私が選手じゃない姿を見たことがないんですよ。だから、私が試合に向けてやらなきゃいけないことがあることもみんなわかってくれているし、すごく助けになっています。
──3月にオーストラリアで行われたボクシングのデビュー戦では、お子さんたちが帯同されている様子もYouTubeにアップされていましたね。(※)
山本 一見、家族旅行に見えるんですけど、あれがチームなので(笑)。でも全然気も遣わなくていいからすごく楽です。
※取材は第1戦が終わって9月の第2戦を行う前に行われました。

── デビュー戦を終えた後は、どんなことを感じましたか?
山本 やるべきことができていなかったから、すごく悔しかったですね。だからと言って次にできるかと言ったらわからないですけど、だいぶ成長はしているというか。
── 9月には次の試合を控えていますね。
山本 試合が決まってうれしい反面、やっぱり緊張もします。今回は日本でやるから、知っている人もいて嫌だな、みたいなこともありますし(笑)。
── 美憂さんでも緊張するんですね。
山本 します(笑)。逆にぼ~っとしている時って試合の相手よりも周りに目がいったりして集中できていないんですよ。それが一番怖いから、私にはいい緊張が必要なんです。

── 弟の山本“KID”徳郁さんが亡くなられて8年なります。同じ格闘家でありコーチでもあった弟さんの想いやメッセージは、今、美憂さんに中にどのように生きていますか?
山本 どんなに頑張っても、ああいう風にはなれないけれど、弟が格闘技をやっていなかったら、たぶん私もやっていないし、うちの長男も次男もやっていないと思います。そうやって道を作ってくれて、“KIDのお姉ちゃん”とか“KIDの甥っ子”という一族的な、いいプレッシャーも置いていってくれて。
だから自分たちの選手人生とは別に、KIDが体ひとつで築き上げてきたものを、格闘技が好きな方たちや今の世代の人たちにも忘れずに記憶にとどめておいてほしいと思うし、そういうことを伝えていく役目も私たちにはあると思っています。
── 試合に臨む時などに、弟さんの言葉がよぎったりすることはありますか?
山本 「自分に自信を持て。美憂のフィジカルに勝てるやつなんて誰もいないから」というのはしょっちゅう言われていました。でも、ちょっとでも自分を信じきれていないと、それが試合に出るんです。私は気持ち的な部分にすごく左右されるから、試合に向けての気持ち作りの面で支えになっています。

── 気持ちを作るのは美憂さんでも難しいことがあるのですか?
山本 気持ちは強いと思うんですけど、いろんなことを経験してきているので、闘争心みたいなものが出しきれずに、集中力がふぁ〜っと流れちゃったりすることがありますね。そこがちゃんとしていれば、あんなところであんな技をやらないだろうとか、あそこで自分から仕掛けたりしないだろうとか、私の場合はほぼそれです(笑)。
── 今回、「美しい人」というグラビア企画でしたが、写真を撮られるのはどうですか?
山本 やっぱりプロじゃないからポーズとか表情の幅が狭くて、“これ以外だと何があるだろう?”という感じなので、得意ではないです(笑)。

── 美憂さんが思う「美しい人」とはどういう人ですか?
山本 ちゃんと自分を持っていて綺麗な人というのは中身と外見がシンクロしていてやっぱり美しいなと思うし、何か発言する時に、あまりオドオドしないというか、変に作ったりしない人は憧れます。私の場合、これを言ったらどういう風に思われるんだろうと思って、当たり障りのない言葉に言い換えちゃったりすることがたまにあるので。家族やマネージャーとか近い関係だったら何でも言えるんですけどね(笑)。
── 今後の目標を教えてください。
山本 やっぱりボクシングで上を目指して行けるところまで行きたいです。MMAの時は、その都度、対戦相手に勝つための試合作りをしていく感覚だったんですけど、ボクシングはランキングが出るから、目標を作りやすい反面、一戦一戦の結果がかなり響くんですよ。

──プライベートでの目標はありますか?
山本 今、自分たちの「KRAZY BEE」というチームのジムがないので、ジムを開くことと、選手生活の合間にやっているコーヒーやアパレルのイベントもどんどんやっていきたいですね。
昨日、チームのみんなとご飯を食べたんですけど、最近みんなに選手は身体が資本だから、食べ物とかも気にするようにって言ってて、「自分たちでKB FARMという畑をやったらよくない?」と半分冗談で言ったら、選手に「美憂さん、ファームの前にジムが先でしょ!」と言われて、息子のアーセンとみんなで爆笑しました(笑)。
そうやってKIDが作ってくれたKRAZY BEEのチームの皆と時には笑いながら、時には切磋琢磨しながら、お互いに支え合って、それぞれの目標に向かって一緒に頑張っていけたらいいなと思っています。

● 山本美憂(やまもと・みゆう)
1974年8月4日、神奈川県生まれ。8歳の頃から弟・徳郁、妹・聖子と共に、ミュンヘン五輪レスリング日本代表だった父・山本郁榮の指導を受ける。13歳で第1回全日本女子選手権44kg級で優勝。その後、4連覇を果たすも年齢制限により世界選手権の出場が認められず。1991年に17歳で世界選手権に初出場し、史上最年少優勝。1994年、1995年には連覇を果たした。その後、3度の引退と復帰を経て、カナダのトロントに拠点を移す。2015年にカナダ国籍を取得し、カナダ代表として2016年のリオ五輪を目指すも出場は叶わなかった。その年、42歳でMMA(総合格闘技)に転向し「RIZIN」に参戦。さいたまスーパーアリーナ大会の対RENA戦でデビュー。通算14試合を戦い、2023年に引退。2026年3月にはオーストラリアのシドニーでプロボクシングデビュー。惜しくも判定負けを喫すも、長谷川穂積氏のもとで日々トレーニングを積み、国内デビュー戦となる 9 月 15日に行われた第2 戦では3R にTKO勝利を収め、ボクシング初勝利を飾る。
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