2026.04.19
第15回 奥菜 恵 【vol.02】
美しい人、奥菜 恵「これまで母として、妻として、芸能界で生きる人間として、自分に設けていた枠が外れて、すごく楽になりました」
大人の女性の美しさに迫るグラビア連載「美しい人」。今回ご登場いただいたのは奥菜 恵さんです。13歳でドラマデビュー以来、その圧倒的な美貌で多くのファンを魅了してきた奥菜さん。40代半ばを迎え、さらに多くの人生経験を経て深みと潤いを増した大人の女性の美しさに迫ります。そのvol.02です。
- CREDIT :
写真/野口貴司 スタイリング/MOUSE ヘアメイク/NoLi 文/渡邉朋子 編集/森本 泉(Web LEON) プロデュース/Kaori Oguri

多くの俳優やタレントをプロデュースし、自身女優でもある小栗香織さんをプロデューサーに据え、 豊かな人生経験を持つ女性たちの、内面から醸し出される“大人の美しさ”に迫る、ファッションと融合した新しいグラビア企画「美しい人」。
今回ご登場いただいたのは奥菜 恵さんです。13歳でドラマデビュー以来、その圧倒的な美貌で多くのファンを魅了してきた奥菜さん。40代半ばを迎え、多くの人生経験を経てさらに深みと潤いを増した大人の女性の美しさに迫ります。そのvol.02です(vol.01はこちら)。




【Interview02】
病気を公表したことでさまざまな反響をいただき、逆に私も励まされました
──奥菜さんは30代に入ってふたりの女の子を出産されていますが、30代はやはりお子さん中心の生活でしたか?
奥菜 恵さん(以下、奥菜) 30代は子育ての10年でしたね。それまで自分が母親になると言うのはあまり想像できなかったんですけど、やっぱり子供ができるってすごいことですよね。“この子たちのためならどんなことも犠牲にできる”と言ったら大げさかもしれないけど、生活も大きく変わりましたし、考え方も変わりました。でも、それはすごく幸せな変化だなと思います。
──1人目のお子さんを出産後、すぐに舞台で復帰されていますが、なるべく早く仕事に復帰したいという気持ちがあったのでしょうか?
奥菜 それは気持ちというより、舞台が前から決まっていたからです(笑)。でも産後4か月とかでの復帰だったので本当に大変でした。

──その後、離婚をしてシングルになられたことも大きな決断だったと思いますが、迷いなどはなかったですか?
奥菜 はい。その時は子供たちのためにという一心で迷いはなかったです。
──今、娘さんたちは奥菜さんがデビューしてお仕事で多忙を極めていた時期と同じくらいのお年頃かと思いますが、親として娘さんたちに今後大事にしていってほしいと思うことはありますか?
奥菜 彼女たちは自分の子供ではありますけど、いつも人と人としての会話を大事にしています。私自身、一人では何もできないし、まわりにいろいろと支えてくれたり、助けてくれる人がいるからいろんなことを知ることができるし、こうして立っていられると思うので、他者に対しての思いやりや想像力というのは大事にしてほしいなと思います。

──奥菜さんは2023年に、皮膚の色素細胞が減少・消滅してしまう「尋常性白斑」というご自身の病気を公表されました。勇気のいることだったと思いますが、どこかのタイミングで病気のことを公にしようとは考えていたのでしょうか?
奥菜 あの時は発表すると誰にも言っていなくて、本当に思いつきで言っちゃったようなところがあったので、マネージャーにもすごくびっくりされました(笑)。
──反響も大きかったと思いますが、どのような声が心に響きましたか?
奥菜 反響はめちゃくちゃありました。「自分も同じ病気なんです」とか「この病気はまだ認知度が低いので、広めるきっかけを作ってくれてありがとうございます」とか、いろいろいただいたんですけど、衝撃的だったのは、この病気が原因で差別やいじめを受けて苦しい思いをしているという方が想像以上に多かったことです。

──そういう方々が奥菜さんのお話に勇気づけられたという声を聞くと、公表に意味があったという思いにもなりますね。
奥菜 すごくそう思ったし、逆に私も励まされました。今日のヘアメイクさんもそうですが、公表したことをきっかけに連絡をくれた人もいました。
──この病気にはまだ有効な治療法はないそうですね。
奥菜 そうなんですよ。進行を食い止めることもできないということだったから、余計にもうあまり表には立ちたくないなという思いもあって。そもそも、私は、一生、芸能の仕事をやりたい、やっていきますとは今までもこの先も思ってはいないんです。やりたくて続けられるうちは続けていこうと思いますけど、人生いつどこで何が起きるかわからないので、やめる、やめないは、この先もあまりこだわらなくてもいいのかなと思っています。

──今回、「美しい人」という企画にご登場いただきましたが、奥菜さんが思う美しい人とはどういうイメージでしょうか?
奥菜 そうですね……。いろんな人生の寂しさとか苦しいものを静かに受け止めて強く生きている人ですかね。
──こうして奥菜さんを拝見していると、とても自然体な輝きがあって、今が一番充実しているようにも見えます。
奥菜 充実しているかはわからないですけど(笑)。なんか気持ちが楽だなとすごく思うし、今が一番自由に羽ばたいている感じがします(笑)。

──自由に羽ばたけるようになった理由はどこにあると思いますか?
奥菜 コロナ禍の時に、自分自身がいろんなことに囚われて生きていたということに気づいて。母として、妻として、芸能界で生きる人間として、“私はこういなきゃいけない、こうしなきゃいけない、こういう自分であらなければいけない”みたいな制限を設けて、自分で自分を枠にはめていたことに気づいた瞬間がありました。
それが自分を苦しめていたんだと思った時に、そんな風に思う必要はないよなと思ってから、気持ち的にすごく楽になれたというか。
──それまで真面目すぎたというか、世間の“こうあるべき”という形を自分に課してしまっていたのかもしれないですね。
奥菜 自分で自分の首を絞めていたと言ったら変ですけど、自分で制約を設けちゃっていたということなんでしょうね。母の立場で言えば、もちろん私にとって子供たちはすごく大事な存在だし宝物だけど、誰かのためとか、誰かに軸を置くのではなく、自分自身に軸を置いて、まず自分が楽しんでいいし、自分のしたいことをしていいんだと思えるようになってからがすごく楽しいです(笑)。

──今は何をしている時が一番楽しいですか?
奥菜 こうやって人と会ってお仕事をしている時も楽しいし、何が一番とかはなくて、全部が楽しい(笑)。もちろん日々嫌なことや大変なこともあるけど、まず自分に軸を置いて自分が楽しんでいいんだというスタンスがベースにあることで私自身、すごく楽な気持ちで過ごせているんだと思います。

● 奥菜 恵(おきな・めぐみ)
1979年8月6日、広島県生まれ。1992年、ドラマ「パ★テ★オ」で俳優デビュー。翌年オムニバスドラマ「if もしも」で放送された岩井俊二監督・脚本の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』は1994年に映画化。1995年には『この悲しみを乗り越えて』で歌手デビュー。1996年、舞台『アンネの日記』で第34回ゴールデン・アロー賞演劇新人賞を受賞。2008年には映画『Shutter』でハリウッドデビュー。そのほか、ドラマ「若葉のころ」、「ふたり」、「青の時代」、「天国に一番近い男」、「元禄繚乱」、「天国のKiss」、「恋するトップレディ」、「ビギナー」、「今夜ひとりのベッドで」、「碧の海〜LONG SUMMER〜」、映画『弟切草』、『RED SHADOW赤影』、『呪怨』、『犬神家の一族』、『キリエのうた』、『とれ!』、舞台『ハムレット』、『大江戸ロケット』、『キレイ』、『阿修羅のごとく』など数々の作品に出演。最近では、NHKドラマ「悪魔の手毬唄」にも出演。俳優業以外にも育成やプロデュース、フードバンク×居場所作りプロジェクト『まるのWA』を立ち上げるなど幅広く活動。
こちらの記事もいかがですか?














