2026.01.31
第13回 [2026新春SPECIAL] 安田成美 【vol.01】
美しい人、安田成美。「泣きたくなるほど⾟い時もありました。でもすべて受け⼊れて与えられたお芝居をしていました」
大人の女性の美しさに迫るグラビア連載「美しい人」。今回ご登場いただいたのは安田成美さんです。いくつものトレンディドラマで主役を演じ、木梨憲武さんと結婚後も俳優を続けてきた安田さん。子育ても終わり新たな自分に向き合う中で、今回はこれまでほぼ経験がないというグラビア撮影に挑戦してくれました。
- CREDIT :
写真/鈴木 親 スタイリング/坂本久仁子 ヘアメイク/北 一騎 文/渡邉朋子 編集/森本 泉(Web LEON) プロデュース/Kaori Oguri

多くの俳優やタレントをプロデュースし、自身女優でもある小栗香織さんをプロデューサーに据え、 豊かな人生経験を持つ女性たちの、内面から醸し出される“大人の美しさ”に迫る、ファッションと融合した新しいグラビア企画「美しい人」。
今回ご登場いただいたのは安田成美さんです。17歳の時に『風の谷のナウシカ』のイメージソングで歌手デビュー。その後は女優として「同・級・生」、「素顔のままで」などいくつものトレンディドラマで主役を演じてきました。木梨憲武さんと結婚後は2男1女を育てながら仕事を続けてきた安田さんですが、子育ても終わり新たな自分に向き合う中で、女優業に加え、朗読劇を企画するほか歌手活動も再開。今回はこれまでほぼ経験がないというグラビア撮影に挑戦して、いつもの安田さんとは違う妖艶で謎めいた美しさを見せてくれました。



▲ スパンコールのブラウス49万8300円、スカート54万3400円/ともにプッチ(コロネット)、イヤリング112万2000円、バングル76万4500円(ともに予定価格)/ともに ブシュロン(ブシュロン クライアントサービス)

【interview 01】
撮影中の映画がお蔵⼊りにならないように必死で『⾵の⾕のナウシカ』のオーディションへ
── 安⽥さんは中学3年⽣の時に芸能界のお仕事を始めたそうですね。
安⽥成美さん(以下、安⽥) おばがモデル事務所の社⻑さんと知り合いで、おばに紹介されて事務所に⼊ることを決めました。仕事としてできるかは不安でしたが、アルバイトを探そうと思っていた時期だったので、始めてみることにしました。
── もともと芸能界には興味はあったんですか?
安⽥ 家でテレビを⾒る習慣がなかったので、芸能界に⼊るということは考えたこともなかったです。

── 実際にお仕事を始めてみていかがでしたか?
安⽥ 携帯もない時代でしたから、仕事があるとなると、渡された地図と電話番号が書かれたメモと、交通費を持って、学校帰りにひとりで現場に⾏っていました。だから、最初は、本当に学校帰りのバイトを始めた……という感覚でした。
仕事場にはどんな⼈たちがいるんだろうと恐る恐る⾏って、⽤意された⾐装を着て。オーディションがあれば、質問されたことに答えて。与えられた仕事に、好きも嫌いも考えず、そういうものなんだと受け⽌めて淡々と仕事をしていました。
── 最初はモデルさん的な仕事が多かったんですか?
安⽥ そうですね。あるCMのお仕事をした時に、制作の⼈からもう少し本格的にやってみたらと⾔われて、⻘年座を紹介されました。
── そこでお芝居もやることに?
安⽥ ⻘年座では、映画放送部に⼊ることになって、発声練習をしたり、台本を渡されて、セリフを読むお稽古をしましたが、お芝居をやるとは思っていませんでした。

── そこから俳優の道へ進むのかと思いきや、『⾵の⾕のナウシカ』のイメージガールオーディションでグランプリを獲得して、歌⼿デビューへとつながっていくんですね。
安⽥ 偶然のようなことが重なってオーディションを受ける決意をしたんです。当時はちょうど、徳間書店さんが映画製作をやっていこうという時期で、私の主演で映画を撮ることが決まって若い俳優たちと沖縄ロケに⾏ったんです。
でも撮影途中でその映画がお蔵⼊りになるという話がでて、そのタイミングで、当時のマネージャーからオーディションがあるから東京に戻ってくるように⾔われたんです。そのオーディションの主催も徳間ジャパンさんだったので、オーディションに受かれば、沖縄で撮影中の映画もお蔵⼊りにならないで済むかもと思って必死でオーディションを受けたんです。
── 歌は嫌だという思いはなかったんですか?
安⽥ 嫌いも何も、沖縄でみんなと撮影した映画がお蔵⼊りすることのほうが嫌でした。私ががんばって仕事をすれば映画がお蔵⼊りすることはなくなるんじゃないかって、1年契約でシングルを4枚ぐらい出したり必死でがんばりました。

── それ以降、歌やお芝居などいろいろなお仕事をやっていくなかで、何が⾃分に⼀番合っていると思いましたか?
安⽥ みんなでつくっていくお芝居は楽しかったです。でも、歌は前奏が始まると緊張で震えがはしって、楽しむところまでにはいきませんでした。今でもナウシカだけは前奏が始まると、当時と同じ緊張が蘇って震えます。王蟲と⼀緒に半年ぐらい地⽅を回って歌っていたから、緊張も体の奥まで染み込んでしまったのかもしれません。
── その後は「同・級・⽣」に始まり、「素顔のままで」では視聴率30%超えなど、⽴て続けにトレンディドラマへ主演されましたが、その頃はお芝居に対してはどんな思いでしたか?
安⽥ お芝居は好きでしたが、ずっと続けていくというような覚悟があったわけではありません。

── 主役のプレッシャーとかはなかったですか?
安⽥ 歌を歌う時にあんなに緊張するのが不思議なくらい、お芝居の時はプレッシャーも感じず、無⼼で演技ができました。
── 当時はかなりお忙しかったと思いますが、⼤変だと感じることはなかったですか?
安⽥ 泣きたくなるほど⾟い時もありました。でも良いことも悪いこともすべて受け⼊れて与えられたお芝居をしていました。役になりきっているということなのかは、わかりませんが、⾃分がやっているんだけどやっていないような不思議な感覚でした。

▲シューズ23万7600円/ジミー チュウ、ほかは前出と同じ。
── ドラマの反響の⼤きさを感じることなどはなかったですか?
安⽥ 何年も経って、海外に旅⾏で⾏った時に、⽇本⼈の⽅から、「娘の名前はあなたのドラマの役名から取りました」と⾔われたことがあって、改めて、ドラマの反響の⼤きさを実感した覚えがあります。
── お芝居をやっていてやりがいを感じる瞬間などはありましたか?
安⽥ ワンシーン、ワンシーンですけど、感じられる瞬間はありました。現場で⼿応えを感じた瞬間は⼀番うれしいし、やりがいを感じます。ドラマの撮影は、いい意味で学園祭のようなところもあって、みんなで組んだセットを⾒ながら、そのセットの中で私の役は、どんな⾵に動くかな? なんて、考えるのは楽しいです。

── それでも⼀⽣の仕事とは感じていなかったということは、ほかにもっとやりたいことがあったんですか?
安⽥ もともと布が好きでテキスタイルのデザイナーになりたいと思っていました。モノを作ることが⼦どもの頃からすごく好きだったので何かを作ることはやっていきたいと漠然と思っていました。演技もものづくりの⼀つとして捉えています。ある時、芝居を続けていくかもしれないという覚悟に似た感情が⼼に芽⽣えた時があったのを覚えています。
Vol.02に続きます。

● 安田成美(やすだ・なるみ)
1966年、11月28日、東京都生まれ。1981年にCMデビューし、翌年、『ホームスイートホーム』でドラマ初出演。1983年にはアニメ映画『風の谷のナウシカ』のイメージソングで歌手デビューし、大きな注目を集める。その後、『同・級・生』、『ヴァンサンカン・結婚』、『素顔のままで』、『この愛に生きて』、『ドク』など数々のドラマで主演を務め、映画『そろばんずく』、『最後の忠臣蔵』、『王妃の館』、『すばらしき世界』などに出演。1988年に『マリリンに逢いたい』と『バカヤロー!私、怒ってます』、1998年に『大河の一滴』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を、2021年には『Fukushima50』で優秀助演女優賞を受賞。2024年には『風の谷のナウシカ』劇場公開40周年記念で、『風の谷のナウシカ』と『銀色のハーモニカ』をリメイクし、2025年に『松本隆作詞活動55周年記念「風街ぽえてぃっく2025』で披露。10年ぶりのワンマンライブも開催した。また『朗読劇 星の王子さま』や『ちょっとだじゃれたかるた展』を自身で企画するなどマルチに活動している。
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