• TOP
  • PEOPLE
  • 河瀨直美監督インタビュー。「映画を撮ることで実人生のネガティブをポジティブに変えていくことが出来る」

2026.01.24

河瀨直美監督インタビュー。「映画を撮ることで実人生のネガティブをポジティブに変えていくことが出来る」

『萌の朱雀』(1997)や、『殯の森』(2007) などで世界的な評価を得ている映画監督・河瀨直美さんにインタビュー。劇映画としては6年ぶりとなる最新作『たしかにあった幻』が生まれた経緯から、監督が創作に込める切なる思いまで、たっぷり伺いました。

CREDIT :

文/浜野雪江 写真/ジェームス・グレイ 編集/森本 泉(Web LEON)

河瀨直美 確かにあった幻 Web LEON

家族やいのちをテーマに映画を創り続け、カンヌ国際映画祭カメラ・ドール(『萌の朱雀』/1997)や、同グランプリ(『殯の森』/2007) など世界的な評価を得ている映画監督・河瀨直美さんの最新作『たしかにあった幻』が2月6日(金)に公開されます。


主人公は、フランスから来日し、病院で移植コーディネーターのサポートスタッフとして働くコリー(ヴィッキー・クリープスさん)。西欧とは異なる死生観や倫理観の中で小児移植医療を促進する難しさを痛感するコリーの心の支えは、屋久島で運命的に出会った恋人の迅(寛一郎さん)。しかし、同棲を始めて一年経ったある日、彼は突然姿を消してしまうのです。


劇映画としては6年ぶりとなる本作は、河瀨さんがコロナ禍を経て再び創作に向かう過程で、自身の内面の根っこの部分に向き合った作品。インタビュー前編では、その心模様と作品が生まれた経緯を伺いました。

PAGE 2

「カメラを持って街に出て、その世界を切り取ってこい」という課題をもらって

── 本作は劇映画としては河瀨監督6年ぶりの新作で、途中、東京2020オリンピックの公式記録映画を挟んだとはいえ、キャリアの中ではかなり長い間隔となりました。その間の6年は、ご自身にとってどのような時間だったのでしょう。


河瀨直美監督(以下、河瀨)  オリンピックの映画が2022年6月に公開されたあと、漠然と何か創りたいとは思っていたのですが、コロナ禍だった当時はオリンピック自体も、そこに関わる人たちもみなバッシングされるようなムードがあったり、表現者たちが発表の場を奪われ苦しんでいる状況があり、私も創作に関していろいろと考えるところがありました。


2023年にコロナが明けてからも、日本自体に閉塞感が漂っているような気がして、自分自身の活動の中心をフランスに持っていってみようかなとも考えました。そうして2023年頃からフランスのプロデューサーと、この作品の構築を始めたんです。

河瀨直美 確かにあった幻 Web LEON
PAGE 3

── 思い悩まれていたところから、再び創作に向かう気持ちが熟すようなきっかけがあったのでしょうか。


河瀨 何かきっかけがあったというよりは、自分が置かれた状況や物事を俯瞰することで、ネガティブな感じの部分をポジティブに変えていく時間が1年ぐらい必要だったんです。


というのも、これは生い立ちの話に遡るのですが、私は自分が生まれた時に両親がすでに離婚していて、育ててもらった養父母がいるんです。子供ですから本当は両親と一緒にいたかったと思うけれど、いられなかったという思いがずっと残っているし、物心がつくと余計に、自分はお友達とは違うという現実が見えて、みんなのような親子関係が私にはない、つまり欠けているんだなと感じていました。


そこで悲しみに暮れて、それを恨みに変えるケースもあると思います。でも私は、ともすればそうなっていたかもしれない中で映画に出会い、自分の人生におけるネガティブなものも、自分の近しい人や、自分自身の変化によってポジティブに考え、人生を豊かにすることができるということを実体験として知りました。


特に映画制作というものが、私のポジティブな感覚を後押ししてくれるものなので、今回も自分の中でそうした変換をしていたのだと思います。

PAGE 4

── ネガティブな状況や物事も俯瞰することでポジティブに変わるという実感は、どのようにして得ていかれたのですか?


河瀨 最初は、大阪写真専門学校(現:専門学校大阪ビジュアルアーツ・アカデミー) の映画学科で、「カメラを持って街に出て、その世界を切り取ってこい」という課題をもらったのが始まりです。いつも見ている世界がカメラで切り取られた時に、私はなんて楽しいこの世界に生きてるんだと思えた。たぶんそれが、客観性を持って物事を見ることができた最初の瞬間だったと思うんです。


それまでの私は、現実世界の中に当事者として入っている限り、なぜこんなことになっているのかわけがわからず、洗濯機の中でぐるぐる回されてるみたいに自分の感性ともども混乱していたはずですが、それが世界を切り取ることで整理できた。


だから専門学校時代は、先生が話す言葉の1つひとつが、乾いたスポンジが水を吸うみたいにぶわ~っと自分の中に入ってきたし、単にチューリップが咲いているだけでも感動的で、光があるからだよね! とか(笑)思いながら(レンズ越しに)見つめていました。


つまり表現というのは私にとって、もうひとつの人生みたいなものだから、実人生がネガティブでも、もうひとつの人生での表現を世界に開いていくことができれば、同じ風景も違って見えた。その延長線上で、『につつまれて』(1992)というお父さん探しの映画を撮った時、置かれた境遇に翻弄されない自分へと切り替わったのだと思います。

河瀨直美 確かにあった幻 Web LEON
PAGE 5

── 『につつまれて』は、22歳の河瀨さんが、25年前のご両親の写真や戸籍の転入転出記録を頼りに実父の足跡をたどり、受話器を通して初めて会話を交わすまでを記録したドキュメンタリーです。写真でしか知らない父親は、突然の娘からの連絡にどう対応し、ふたりはどんな言葉を交わすのか、観ていて本当にドキドキしました。


河瀨 あの電話をかけた瞬間のように、清水の舞台から飛び降りる時って、人にはあると思うんです。私は、「お父さんを探すために映画を撮んねん」と思って、お父さんに会いたくて電話をかけたけれど、同時に録音機を回すんですよね。当時は全然分かっていなかったけれど、その瞬間をレコーディングするということは、どこかで状況を客観視できているということじゃないですか。

── たしかに。


河瀨 のちにその映画が、いくつかの映画祭で評価された時に、批評家の方から、「あなたはお父さんを探すためにこの映画を撮ったのか、映画を撮るためにお父さんを探したのか、どっち?」と訊かれて、「映画を撮るためです」と答えてるんです。


その時私は、誰がなんと言おうと、自分の人生を自分自身でコントロールするというふうに切り替わった。自分の中の極めて繊細かつプライベートなものをさらけ出したとしても、それをどう花開かせるかを考え、その先をポジティブに生きていけばいいじゃない? と。そういうことが映画によってできたんですよね。


それを作品として発表したらどうなるかはわからなかったけれど、正直、それを見せた時に、みんながより真っすぐに私を見てくれるようになり、心から寄り添ってくれたから、私がしていくのはこういう生き方なんだろうなと思って、今まで創り続けている感じなんです。

PAGE 6

小児の心臓移植、自分が親だったら決断できないんじゃないかと

── 今回、フランスのプロデューサーと構築を始めた中で、失踪と、小児の臓器移植の現実を題材に取り上げようと思われたのはなぜですか? 2つのテーマが結びつくのには何かきっかけがあったのでしょうか。


河瀨 先にあったのは、日本人が年間8万人近く失踪するという現実で、フランスのプロデューサーから、「それは興味深いトピックなんじゃない? 映画にしてみたら?」と言われて始まりました。ただ、いない人のことを追いかける構造のストーリーだけだと、私の中で何か足りなかった。


そんな時、海外での臓器移植を無許可で斡旋する団体の臓器売買疑惑を読売新聞さんがすっぱ抜かはって。なぜこんな現状が起こってしまうのかというと、さまざまな事情から国内ドナーが少なくて、海外渡航での移植手術しか道がなく、そのために法律に反するようなことも起きてくるという背景が見えてきた。特に小児の心臓となると、生き死に自体が時間との勝負でもあり、抜き差しならない状況です。


移植に際してはご家族の決断がものすごく重大で、私は咄嗟に、自分が親だったら決断できないんじゃないかと思いました。でも、そのできないところに何があるの? と自分にも問うていった時に、死は終わりではなく、その先に生かされる何かがあり、命は続いていくという、この映画の出発点に行きついたんです。


そして、失踪と国内の移植手術はどちらも、家族がそれらの人たちの生死を決めることになるという共通点でつながっています。

PAGE 7
河瀨直美 確かにあった幻 Web LEON

── 映画では、臓器移植というテーマを通して、生死を巡るさまざまな家族の物語が色濃く描かれます。


河瀨 臓器移植には提供するドナーと、提供される側のレシピエントがいて、日本にも移植手術のために待機している人たちは1万数千人います。病院暮らしが何年も続く子供も付き添う親も苦難の中にいますが、心臓移植のドナーが見つかるということは、別の誰かが亡くなるということ。


日本では臓器を提供することも、提供を受けて生きることも、社会に堂々と誇れる文化的背景が育まれているとは言い難く、レシピエントの家族は、我が子が生き延びる未来を願いながらも、救命と罪の意識の間で葛藤しています。


だから今回私は、これまであまり描かれてこなかったレシピエント側の家族や当事者の葛藤を描きました。待っている人は、人の臓器を奪うわけでは決してなく、欧米などではドナー家族も、人の死と定義されている脳死の状態となってしまった我が子の臓器を提供することにポジティブです。心臓死が人の死の定義である日本ではなかなか難しいことではありますが、臓器移植に対する知識を持ち、その選択肢があるということを、多くの方に知っていただくことが大事なのではと思います。

PAGE 8

── ヨーロッパでは臓器移植を「命の贈りもの」と捉えるのに対し、日本ではどこかタブー視される現実や、自己中心のメンタリティを変えなければと訴える主人公・コリーと、頭ではわかっていても物理的な難しさを痛感する医師たちの平行線をたどる議論も胸に残りました。


河瀨 スペインは脳死体からの臓器移植数が世界で最も多い国で、臓器提供や移植を推進するDTIという法人があります。そのDTIが各国の医師や臓器移植コーディネーターらを受け入れて行う研修に、日本人も多く参加しているんです。私もそこへ行き、2年近い取材の中で見えてきた課題のひとつがカンファレンスの重要性です。


かつて、DTIで学んだあと沖縄で医療体制の改革に尽力したあるお医者様は、総合病院の中でそれまでできていなかった移植における情報交換を徹底するため、週に1回カンファレンスのような形で各科の医師や担当者が意見交換できる仕組みを作りました。その結果、人口100万人あたりの臓器提供者が日本全体では1.05人(2023年)なのに対し、沖縄は8.2人ととても高いんです。


だから、医療現場においても、病院間の連携を強化したり、あのシーンで集った医療従事者の方々が連携してやりようを変えていくことで、よい方向に変わっていくのではないかと思います。

河瀨直美 確かにあった幻 Web LEON
PAGE 9

── 日本で働くフランス人の医療従事者であるコリーを主人公に据えたのも必然だったのでしょうか。


河瀨 はい。日本の現状を日本の中だけで語っていても、日本人同士が対立しているふうにしか見えなくて……。やはり、外国の人の目を通して日本の課題を浮き彫りにするという構造は、日本人にとってもハッとさせられるものなんじゃないかなと思いました。


※後編(1月25日公開)に続きます。

河瀨直美 確かにあった幻 Web LEON

● 河瀨直美(かわせ・なおみ)

生まれ育った奈良を拠点に映画を創り続ける映画作家。一貫した「リアリティ」の追求はドキュメンタリー、フィクションの域を越えてカンヌ映画

祭をはじめ、世界各国の映画祭での受賞多数。代表作は『萌の朱雀』『殯の森』『2 つ目の窓』『あん』『光』『朝が来る』など。世界に表現活動の場を広げながらも故郷奈良にて2010 年から「なら国際映画祭」を立ち上げ、後進の育成にも力を注ぐ他、ユネスコ親善大使、奈良県国際特別大使を務め、2025 年大阪・関西万博ではシニアアドバイザー兼テーマ事業プロデューサーを務めた。CM 演出、エッセイ 執筆、俳優、DJ などジャンルにこだわらず活動中。

河瀨直美 確かにあった幻 Web LEON

『たしかにあった幻』

河瀨直美監督が6年ぶりに劇映画のメガホンをとり、「愛のかたち」と「命のつながり」を題材に、日本の失踪者と心臓移植の現実を重ねてオリジナル脚本で描いた人間ドラマ。


フランスから来日したコリーは、日本における臓器移植への理解と移植手術の普及に尽力するが、西欧とは異なる死生観や倫理観の壁は厚く、医療現場の体制の改善や意識改革は困難で無力感や所在のなさに苛まれる。また、プライベートにおいても屋久島で知り合った迅と同棲を始めるが、お互いが使う時間のズレからくるコミュニケーションの問題に心を痛めていた。そんな中、心臓疾患を抱えながら入院していた少女・瞳の病状が急変する……。


主演は『ファントム・スレッド』『蜘蛛の巣を払う女』などで知られるルクセンブルク出身のヴィッキー・クリープス。謎めいた恋人・迅を寛一郎が演じ、尾野真千子、北村一輝、永瀬正敏、小島聖、岡本玲、利重剛、中嶋朋子が共演。

2025年製作/日本

配給/ハピネットファントム・スタジオ

劇場公開日/2026年2月6日

HP/映画『たしかにあった幻』オフィシャルサイト

こちらの記事もいかがですか?

PAGE 10

登録無料! 買えるLEONの最新ニュースとイベント情報がメールで届く! 公式メルマガ

登録無料! 買えるLEONの最新ニュースとイベント情報がメールで届く! 公式メルマガ

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう

Web LEONの最新ニュースをお届けします。

SPECIAL

    おすすめの記事

      SERIES:連載

      READ MORE

      買えるLEON

        河瀨直美監督インタビュー。「映画を撮ることで実人生のネガティブをポジティブに変えていくことが出来る」 | 著名人 | LEON レオン オフィシャルWebサイト