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2023.03.18

斎藤 工が考える堕落と孤独。男女の愛のかたち

元人気漫画家が、妻と破綻し風俗嬢と付き合いながら、無様に、不器用に、しかし人間臭く堕ちていく様を哀しくも美しい物語として描いた映画『零落』。主演の斎藤 工さんに自らの俳優人生と重ね合わせた表現者の心のありようについて話を伺いました。

CREDIT :

文/鳥海美奈子 写真/トヨダリョウ スタイリング/三田真一 ヘアメイク/赤塚修二 編集/森本 泉(LEON.JP)

斎藤工 LEON.JP
人気俳優としての顔に加え、映画監督、写真家、映画館のない地域に映画を届ける移動映画館の主宰など実に幅広いフィールドで活躍する斎藤 工さん。今回は漫画家・浅野いにおさんの原作を俳優でもある竹中直人さんが監督した映画『零落』に出演、主人公の元人気漫画家・深澤薫を演じました。

8年間の連載が終了した深澤は、“売れる漫画”を求める編集者やSNSの辛辣な評価に、鬱屈した日々を過ごしています。ある日、“猫のような目をした”風俗嬢・ちふゆと出会い思わぬ交流が始まります。人生の岐路に立つ表現者としての業、空虚、孤独と真正面から向きあい、この役を見事な精度で演じきった斎藤さんにお話を伺いました。

自分の内臓をさらけ出さなければならない作品

── 今回の原作となった浅野いにおさんの漫画には、どのような印象を持っていましたか。

斎藤工さん(以下、斎藤) 浅野先生の作品は、同世代の僕にはすごく親和性がありますし、どんな映画より映画を感じたりもしていました。なかでも『零落』の原作を読んだ時は、浅野先生の覚悟というのを感じたんです。まさに自分の内臓を見せているな、と。それだけに、僕がこの作品と向きあうためには、同じく自分の内臓を現場でさらけ出さなければならないと思いました。

── 表面的な部分だけでは通用しない、と。

斎藤 はい。ある種の健全さとかをすべて排除しないと成立しないし、普段は誰にも見せない自分というものをこの映画に持ち込むことが、自分なりの誠実さでした。
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斎藤工 LEON.JP
── 深澤の迷いや苦悩を、まさに全身で体現されていました。

斎藤 今回、取材にあたって改めて試写を観たんですけれど、演じた時の体感とか苦しさがまず自分の中に浮かび上がってくるので、非常にしんどいんです。自分で監督した映画もいままでありますが、それ以上に、この映画に対しては客観性を持てないなというのが正直なところです。

── それは表現者として、斎藤さんにも同じような苦しみがあるといとうことでしょうか。

斎藤 自分はこうしてメイクをしてもらって、衣裳を着せてもらっていますが、そういう取り繕った部分ではなく、自らの赤裸々な部分を表現しないと次にいけないというのは、表現者の性(さが)としてとてもわかります。

僕は役者という職業を、これまで一般の仕事と変わらないものとして捉えて、なんとか正当化しようと考えてきたところがあったんです。でもこの役を演じて身につまされたというか、漫画家と同じように根本的に奇天烈な日々を送っているのだという事実を改めて突きつけられました。これまではそれと向きあおうとしながらも、目を背けて、先送りにしてきたんですけれど。
── 役者の性、ですか。

斎藤 例えば今日、こうやって取材が終わったあとの帰り道はオフなわけですけれど、結局はその時間も含めてすべて役者という仕事に繋がってしまう。暦通りに働いて、「この日は休みだ」とか、「あと何日すれば休みだ」という喜びは自分にはないわけです。それでもスポーツ選手であれば、肉体的に衰えたところで引退するなどという区切りをつけられるのでしょうけれど、役者は衰えていくことすら表現になってしまう。終わりが決められないということも含めて、この職業には苦しさがすごくあるなと改めて感じました。
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斎藤工 LEON.JP

他人の評価は残酷。わが身のように切実に感じた

── 深澤は一度、大ヒット作を生みながらも、編集者やSNSの読者たちから「終わった漫画家」として扱われることに苦悶しますね。

斎藤 深澤のような例は、山ほどありますよね。メディアなどで一度担がれた人が、今度は逆にとどめを刺されるという構図は、あちこちに見られることで。運良く僕はいままでそういう経験はなかったけれど、例外なく自分にも起こり得ることだと思っています。しかも深澤の場合は急降下ではなくて、徐々に落ちていくんですね。抗えば抗うほど落ちていくという。そのじんわりとした痛みに対して痛み止めを塗るのではなく、むしろ傷口を擦るような作品だったので、まるでわが身のように切実に感じました。
── 斎藤さんも、他者の評価は気になりますか。

斎藤 他人の評価って、すごく残酷ですよね。そういった他人の評価から自分を予防するためにも、自分に対して完璧な目線を持っていたいなとは常々思っていますけれど、とはいえそれは客観ではなく、主観でしかないですし。成績として表れるわけでもない役者という不明確な職業をやっている以上、それは仕方のないことでもありますし。

知人の子供の友だちづきあいを見た時に、そもそも人間って残酷なのかなとも思ったんです。相手を欺く一方で、他人の顔色をきちんと見て、あわせたりもしていて。原始的な人間の状態ってこういう感じなのかな、と。

── 竹中直人さんとは過去、何度もお仕事をされていますが、今回監督として改めてどのように感じたか、教えてください。

斎藤 竹中さんは以前、『無能の人』というつげ義春さん原作の映画を撮っていますが、その時も竹中さんとつげさんの中にある、ある種の親和性というものを感じました。それは今作も同じで、何かが欠落している人が持つ美しさというもの、そこに迫り得る漫画であり、映画だったなと思います。

竹中さんは撮影現場のテンポがすごく早いんです。自分の中で絵やコンテが明瞭に見えているから、テストしないでいきなり本番ということもありました。早く終わるので、みなさんも明日の撮影にゆっくり備えられるし、プライベートの時間も十分に使えるという、まさに理想のような現場でした。
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斎藤工 LEON.JP
── それは現場の雰囲気も良くなりますね。

斎藤 はい。そして、僕の妻役で出演されているMEGUMIさんのこの作品への献身も大きかったと思います。MEGUMIさんは今作のプロデューサーでもあって、良い現場にしていこうというエネルギーは見ていて鳥肌が立つほどでした。自分の撮影がない時も現場に来られていたし、実際にお店に撮影交渉をするという実務もされていて。

食事も、曲がったり小さかったりで流通にのらない野菜を使用して欲しいと、これまでお世話になっていたお弁当屋さんに話をされて、活用していたんです。普通は、そういう野菜を扱っている別の業者さんに頼むケースのほうが多いように思いますが、過去の方たちを切り離すのではなく、これまでの繋がりを大切にされるのもすばらしいと感じました。

── ご自身の監督作品も、撮影現場に託児所を導入したりと、現場の改革に尽力されてきましたね。

斎藤 はい。向かってる方向は大まかに、MEGUMIさんと僕は近いなというふうに思いました。ただ今回の現場でいえば、もう少し僕も協力できたかなというのはあります。納豆やあったかい甘酒を差し入れるとか。発酵食品は身体を整えるといいますし、食というのはクリエイティブな作品にきっと影響があると心底思っているので、そういう部分も大切にしていきたいです。

自分の空虚さや孤独を埋めようとして女性と会うけれど

── そのMEGUMIさんは敏腕漫画編集者で斎藤さんの妻役、また趣里さんが風俗嬢・ちふゆ役を演じて、ともに斎藤さんとの絡みが多い役でしたが、おふたりの現場での印象はいかがでしたか。

斎藤 MEGUMIさんと趣里さんには、もう信頼しかなかったです。ただ、現場で仲良くて、お互い尻尾を振っているような感じが映画に滲み出ている作品はみっともないと思っているので、その甘えが出ないようにというのは気をつけて演じました。ちふゆを演じた趣里さんは、そこにいるだけで映像の雰囲気全体を変えるくらいの力がありましたね。
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斎藤工 LEON.JP
── 深澤と女性たちとのかかわり方はどう思いましたか。妻とも破綻し、風俗嬢とつきあいながらも深澤は、誰にも傾倒しないように感じます。

斎藤 女性たちとの関係性、その反射によって仕事の面だけでは見えない深澤という男の輪郭や根幹的な部分がより浮かび上がってきたところがあったと思います。あの女性たちがいなければ、ただの暗い映画で(笑)。

ただ深澤は、自分の空虚さや孤独を埋めようとして女性と会うけれど、その相手の女性もまたいびつであるということの繰り返しですよね。女性たちがなにかを補ってくれるわけではない、それによりなにかを埋められるわけではないという残酷な事実を突きつけられていくんです。
── 斎藤さんご自身の男女観があれば、教えてください。

斎藤 普通に歌を聞いていると、だいたい9割くらいが恋愛の歌詞なんですよね。過去の歴史をさかのぼっても、落語も歌舞伎もテーマになっているのは痴情のもつれです。そういう意味では、男女が一緒にいるという形があたり前だというのが一般的な価値観なんですね。

僕も最近は、社会的な圧力をすごく感じるようになって。40代になって結婚もしていないのは普通ではないという(笑)。でも、幸せな家庭生活ってなんでしょう。もちろん、僕に見えている部分と実際の結婚生活は違う部分もあると思いますけれど。答えが見えないからこそ、いまだに男女の普遍性というのはどういうものかと考えたりもしますね。
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斎藤工 LEON.JP ジャケット6万9300円、ベスト4万1800円、シャツ3万3000円、パンツ4万1800円(1枚目の写真参照)/すべてスズキ タカユキ
▲ ジャケット6万9300円、ベスト4万1800円、シャツ3万3000円、パンツ4万1800円(1枚目の写真参照)/すべてスズキ タカユキ
── 独りのほうが自由というのもあるのでしょうか。

斎藤 どうなんでしょうか。僕は独り身だから自由だけれど、自由すぎて不自由というところもあるかもしれないですね。高校を卒業してから社会に出た時に、選択肢がありすぎてむしろ不自由だな、という経験をしたことがあるんです。ある程度、選択肢が決まっているほうが自由を感じられることも多いかもしれない。男女のことも含めてそういう倫理観があるとわかったうえで、真の自由を獲得していくということができればいいなと、そう考えているところはあります。
斎藤工 LEON.JP

斎藤 工(さいとう・たくみ)

1981年8月22日生まれ、東京都出身。俳優として映画やドラマ、舞台に出演のほか、映画監督、写真家など幅広く活躍。代表作に『昼顔』(2017)、『麻雀放浪記2020』(2019)、『孤狼の血LEVEL2』(2021)、『シン・ウルトラマン』(2022)など多数。2023年は『イチケイのカラス』、『THE LEGEND & BUTTERFLY』、9月には監督長編最新作『スイート・マイホーム』の公開が控える。

斎藤工 LEON.JP

『零落』(REIRAKU)

代表作「ソラニン」で知られる漫画家・浅野いにおの新境地にして衝撃の問題作を完全映画化。監督は『無能の人』から10作品目となる、竹中直人。主人公の元人気漫画家・深澤薫を演じる斎藤工が、屈折した人物像にリアルな魂を宿す。“猫のような目をした”風俗嬢・ちふゆに息を吹き込むのは、趣里。敏腕漫画編集者で深澤の妻・町田のぞみをMEGUMIが演じ、さらには玉城ティナ、安達祐実など個性的なキャストがスクリーンを彩る。
果たして、漫画を描きつづけることは醜悪に誰かを傷つける、悪魔の所業なのか? 深澤の鋭意な葛藤は、表現者なら誰もが直面する、普遍的な魂のジレンマ。その不協和音の奏でる痛みに七転八倒しながら堕ちてゆく姿が、ぶざまで、不器用で見苦しくあるほど、その人間臭い生きざまは途方もなく滑稽で、愛おしい。息苦しい21世紀の今を生きるすべての表現者に贈る、哀しくも美しい物語。
2023年3月17日より全国ロードショー
HP/映画『零落』公式サイト

■ お問い合わせ

スズキ タカユキ  03-6821-6701

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