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  • 「期間限定」商品に熱中する日本人、冷淡なイタリア人。それでも愛は同じとマッシが思う理由は?

2026.10.23

【第56回】

「期間限定」商品に熱中する日本人、冷淡なイタリア人。それでも愛は同じとマッシが思う理由は?

世界が急速に繋がって、広い視野が求められるこの時代に、イタリア生まれのフード&ライフスタイルライター、マッシさんが、日本人とはちょっと違う視点で日本と世界の食に関する文化や習慣、メニューなどについて考える連載です。

BY :

文/マッシ
CREDIT :

写真/スガイ マッシミリアーノ 編集/森本 泉(Web LEON)

「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)でおなじみのマッシさんが今回教えてくれるのは、「期間限定」商品への日本人とイタリア人の思いの違いについて。ともに四季の移ろいや旬を大切にする民族だけれど、両者には明らかな違いがあると言います。

 季節のものをそのまま楽しんでいるマッシ

▲ 季節のものをそのまま楽しんでいるマッシ。

企業が仕掛ける「限定品」に熱中する日本人、冷淡なイタリア人

日本の街を歩いていて、僕がいつも感心するのが「期間限定」という四文字だ。春の桜ラテ、夏の柑橘や激辛、秋の芋栗、冬の濃厚チョコ。季節ごとの新作の嵐に日本人は敏感で、「今しか買えないから」とうれしそうに手を伸ばす。季節の移ろいを日常のエンタメにしてしまう日本のマーケティングの巧みさは、世界一と言っていい。けれど、この光景をイタリアに持ち込んだらどうなるか。


結論から言えば、イタリア人は驚くほど冷淡だ。企業が仕掛ける人工的な限定フレーバーにはまったく食指が動かない。でも、だからといって僕たちが季節の限定に興味がないかといえば、それは誤解だ。むしろ逆である。日々の食や暮らしに息づく「本物の旬」に対して、イタリア人は日本人をも凌ぐ凄まじい執着と情熱を見せる。今回は日本とイタリアの「限定」の違いから、豊かで面白い食と生き方の哲学を解き明かしたい。

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イタリア人の舌と心は、土と太陽がもたらす恵みにしか反応しない

なぜイタリア人は商業的な限定商品に惹かれないのか。理由はシンプルだ。「本当に美味しいものは一年中美味しいし、季節の味は工場ではなく畑で作られるもの」という信念があるからだ。

夏になると数えきれないほどトマトの種類が出てくる

▲ 夏になると数えきれないほどトマトの種類が出てくる。

そもそも、イタリアのスーパーやバールには、目まぐるしく変わる新商品コーナーは存在しない。定番のビスケットは年中同じ顔で並び、バールのカプチーノに季節限定シロップが入ることもない。完成された伝統の味に手を加えることは、改良ではなく「改悪」なのだ。


企業主導の限定商品は、どこか人工的で信用に値しない。「今しか食べられない特別な味」と言われても、「本当に今しか食べられないのは、今朝畑で採れた野菜だろう」と思ってしまう。イタリア人の舌と心は、演出ではなく土と太陽がもたらす恵みにしか反応しないのだ。

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冬のトマトなんて赤く着色された水よ

一方、自然がもたらす本物の旬になると話は別だ。その熱量は、世界屈指の旬好きとされる日本人すら圧倒されるレベルだ。分かりやすい例が、トマト。今は年中手に入るけれど、僕のマンマをはじめとするイタリア人は冬のトマトを決して買わない。実際僕のマンマは、「冬のトマトなんて赤く着色された水よ」と平然と切り捨てる。夏の強烈な太陽を浴びてこそ宿る甘みと旨味こそが至高なのだ。

また、僕のおばあちゃんは夏の終わりに、今夏に採れたトマト数十キロを使ってトマトソースを大量に作る。それを瓶に詰めて、冬の間も夏のトマトを食べられるよう備蓄しておくのだ。イタリアにいた頃、僕は毎年、瓶詰めの時期になるとおばあちゃんの家に呼ばれていた。一緒に作業をしながら「あぁ、今年もこれで安心して冬を越せそう」と柔らかく微笑むおばあちゃんを見て、心がほっこりしたものだ。

 季節の雰囲気と空間も大切にして五感で楽しむ

▲ 季節の雰囲気と空間も大切にして五感で楽しむ。

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トマトソースの瓶詰めが終わりを迎える頃、秋になると街中が「ポルチーニ茸」と「白トリュフ」の話題で持ちきりになる。泥つきのポルチーニが市場に並べば人々は吸い寄せられ、「今夜はパスタかグリルか」と議論を交わす。晩秋に搾りたてのオリーブ新油が出れば、青くスパイシーな香りに歓喜し、焼いたパンにかけて貪るように味わう。


冬の野生味あふれるカルチョーフィ(アーティチョーク)、春の瑞々しいグリーンピースや生の空豆。イタリア人は食材の登場で季節を知り、「今しか食べられない命の味」を妥協なく胃袋に収める。

イタリア人にとって夏は「夏を生きるための限定期間」

もうひとつ、イタリア人が異常な愛着を示すのが、伝統行事や祝祭に紐づいた季節限定だ。その代表格が、クリスマスに登場する伝統銘菓「パネットーネ」や「パンドーロ」。11月後半になると街中に山積みにされ、人々は「今年の出来はどうか」と語り合う。そしてクリスマスが過ぎれば、嘘のように姿を消す。


復活祭が近づけば鳩の形の「コロンバ」が並び、カーニバルには「キアッケレ」という揚げ菓子が街を甘い香りで満たす。


日本の感覚なら「年中売れば儲かるのに」と思うかもしれないが、イタリアでやったら確実に嫌がられる。真夏にパネットーネが売られていたら、「去年の売れ残りか?」と不信感を抱くだけだ。行事菓子は家族が集う思い出や祈りと一体化している。その季節にしか食べられない、という掟を守るからこそ、年に一度口にした瞬間の喜びが何倍にも膨らむのだ。

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かぼちゃと栗に出会って秋がやってきた証拠

▲ かぼちゃと栗に出会って秋がやってきた証拠。

そして、僕たちイタリア人の感覚は食にとどまらず、生き方そのものにまで及んでいる。典型的なのが夏のバカンスだ。7〜8月の祝日前後の数週間、イタリアの都市部は見事なまでに閑散とする。オフィスもレストランも容赦なくシャッターを下ろし、休暇のため休業の札を掲げる。


稼ぎ時に店を閉めるなど、日本なら信じられないかもしれない。けれど、イタリア人にとって夏は「夏を生きるための限定期間」なのだ。太陽を浴び、海辺で何もしない時間を過ごし、冷えた白ワインを飲む。この季節にしかできない時間を全うするため仕事を止め、生活のリズムを季節に委ねる。冬になれば山へ向かい、暖炉の前で赤ワインを傾けながら長い夜を過ごす。一年中同じテンションとスピードで生きるのではなく、季節の変化に体を委ねる。これこそがイタリア人の実践する究極の贅沢なのだ。

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「今、この瞬間しか味わえない幸せを見逃すな」という気持ちは同じ

日本の「期間限定」は、日常の中に細やかな季節感と楽しさをちりばめる素敵な仕掛けだ。四季の繊細な移ろいを捉え、次々と魅力的な商品にしてしまう日本の感性に、僕は今でも日々感動している。一方でイタリア人の態度はもっと野性的で、大自然の摂理に対する敬意に基づいている。自然が与えてくれる一瞬の「旬」に命がけで群がり、暦の節目を大切に祝い、季節とともに生き方を変える。

トマトはどのくらい大きいかというと、重くて手よりデカい

▲ トマトはどのくらい大きいかというと、重くて手よりデカい。

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どちらが良いという話ではなく、どちらも「過ぎ去っていく時間をいかに愛おしむか」という、人間らしく豊かな人生の知恵なのだと思う。日常の中にちりばめられた小さなワクワクを通して、季節の足音に気づかせてくれる日本のエンタメ精神。そして、太陽の光や土の匂いに体を合わせ、一度きりの瞬間を全身で噛みしめるイタリアの原始的な情熱。


アプローチは違えど、二つの国が教えてくれるのは共通のメッセージだ。それは、「今、この瞬間しか味わえない幸せを見逃すな」ということ。日本で暮らして20年。秋のコンビニで栗のスイーツを手に取りながら、ふと故郷のマンマが作るトマトソースの瓶を思い出す。そんなふうに二つの「限定」を欲張りに味わえる今の僕の毎日は、思っている以上に美味しくて、最高に贅沢なのかもしれない。

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マッシ 思考する食欲 WebLOEN

● マッシ

本名はスガイ マッシミリアーノ。1983年、イタリア・ピエモンテ州生まれ。トリノ大学院文学部日本語学科を卒業し2007年から日本在住。日伊通訳者の経験を経てからフードとライフスタイルライターとして活動。書籍『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(KADOKAWA)の他 、ヤマザキマリ著『貧乏ピッツァ』の書評など、雑誌の執筆・連載も多数。 日伊文化の違いの面白さ、日本食の魅力、食の美味しいアレンジなどをイタリア人の目線で執筆中。ロングセラー「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)は145万PV達成。最新刊『イタリア紳士、うまいと叫ぶ』(亜紀書房)が好評発売中。

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