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2026.04.24

【第45回】

イタリア料理とはテレビと広告によって捏造された壮大な物語にすぎない⁉

イタリア生まれのフード&ライフスタイルライター、マッシさん。世界が急速に繋がって、広い視野が求められるこの時代に、日本人とはちょっと違う視点で日本と世界の食に関する文化や習慣、メニューなどについて考える連載です。

BY :

文/マッシ
CREDIT :

写真/スガイ マッシミリアーノ 編集/森本 泉(Web LEON)

どうか、この記事をイタリア人が読まないことを願っています

「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)でおなじみのマッシさんが今回お話してくれるのは、世界的に人気のイタリア料理の歴史が実はテレビと広告によって捏造された壮大な物語にすぎないという衝撃の事実。こんなこと言っちゃって大丈夫でしょうか。

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▲ ピエモンテ州ビエッラからクルマで30分ほどにあるオローパの聖母の聖域 (Santuario di Oropa)で。

食について語る時、イタリア人が口にする「伝統」という言葉を疑う者はいないだろう。日曜日のラザニア、大晦日のコテキーノ、そしてクリスマスを彩るパネトーネ。僕たちイタリア人は、これらのレシピが数世紀にわたり、イタリアのマンマたちの手で守り続けられてきたと信じている。でも、イタリア料理の歴史は、実はここ100年ほどで作り上げられた「壮大な物語」だとしたら?


どうか、この記事をイタリア人が読まないことを願っている。なぜなら、ここではイタリア人の僕が、イタリア料理の伝統と歴史の根底を打ち砕く、心痛い内容を書いているからだ。日本人の読者のみなさんにとっては、新たなイタリア料理の扉が開くかもしれないので、ぜひ楽しんで読んでもらいたい。

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▲ イタリア全国で味わえるcrostata (タルト)。

20世紀以前には「イタリア料理」という概念そのものが存在しなかった

さて、パルマ大学で食物史を教えるアルベルト・グランディ教授が、イタリア料理のロマンティックな幻想を冷徹な史実で打ち砕いた事実から始めよう。彼が解き明かすのは、我々が愛してやまないイタリア料理が、実は極めて最近になって「テレビと広告」によって捏造されたという驚くべき事実だ。


まず認めなければならないのは、20世紀以前に「イタリア料理」という概念そのものが存在しなかったということ。当時のイタリアを思い描いてほしい。そこには統一国家もなければ、共通の市場も、さらには共通の言語(イタリア語)すら普及していなかった。インフラは貧弱で、食材やレシピが地域を越えて流通する手段は皆無だった。

「イタリア人は昔から食べ物に不自由せず、好きなものを好きなだけ食べられる民だった」というのは、歴史を無視した願望に過ぎない。現実のイタリア史の大半は、慢性的な飢えとの戦いだった。庶民は季節の限られた食材を、ただ空腹を満たすためだけに食べていた。現代のような多様で華やかなレシピを楽しめたのは、ごく一部の特権階級だけであり、民衆の食卓は驚くほど単調で貧しかったのだ。

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▲  ツナのせのパプリカ料理。

イタリア人の食のイメージに多大な影響を与えた一人の女性がいた

僕たちが今、堪能している「イタリア料理」の原型が形作られたのは、ようやく19世紀末から20世紀初頭にかけてのことだ。そして、それが「国家のアイデンティティ」として確立されたのは、さらに後の、戦後の高度経済成長期まで待たないといけない。


テレビが普及する以前、イタリア人の食のイメージに多大な影響を与えた一人の女性がいる。医師であり料理記者でもあったアマリア・モレッティ・フォッジャ、別名「ペトロニッラ」だ。彼女は1929年から1943年にかけて、雑誌「ドメニカ・デル・コリエレ」でレシピを連載した。彼女の凄さは、戦時下の物資不足に苦しむ当時のイタリア女性たちに対し、現実的で経済的なレシピを提示した点だ。

ペトロニッラは、それまでバラバラだった各地の家政術を、ひとつの「国民的な家庭料理」としてまとめて発信した。媒体は雑誌だけど、彼女こそが現代のSNSインフルエンサーの先駆けであり、数百万人のフォロワーを持つカリスマシェフの祖先なのだ。彼女がいなければ、イタリアの家庭料理がこれほどまでに統一された文化を持つことはなかっただろう。

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▲ イタリア現地のジェラート屋さん 。 

ただの貧民の食事が「守るべき崇高な文化」へと転化された

1954年、イタリアでテレビ放送が開始されると、食文化は劇的な変貌を遂げる。冷蔵庫や近代的キッチン、スーパーマーケットの普及がイタリア人の生活を変えるなか、テレビは「イタリア人であることの象徴」として食を扱い始めた。1957年、作家マリオ・ソルダティが手掛けたドキュメンタリー「ポー川流域の旅:失われた味を求めて」では、地方の料理を文学や文化と結びつけて、視聴者に「自分たちの国には素晴らしい食の宝がある」と再認識させた。


ところが、ここで語られた伝統の多くは、過剰に演出されたものだった。それまではただの貧民の食事であったものが、カメラを通すことで「守るべき崇高な文化」へと転化されたのだ。

1970年代に入ると、アヴェ・ニンキとルイージ・ヴェロネッリによる「7時の食卓」というテレビ番組が登場する。彼らはワインや食材を「知的な教養」として語り、料理を単なる家事から、大人の高尚な趣味へと引き上げた。この時期、広告番組「カローゼロ」が流すアイコン的な食品たちが、イタリア人の記憶の中に「これがイタリアの味だ」という標準的なイメージを焼き付けていったのだ。

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▲ 南イタリア名物の水牛モッツァレラ。

かつての料理人は、貴族の厨房で働く職人に過ぎなかった。料理人の名前が表に出ることは稀だったし、その影響力は仕える主人の周囲に限定されていた。しかし、20世紀末から21世紀初頭にかけて、決定的な変化が起こる。イギリスの世界的シェフであるゴードン・ラムゼイやジェイミー・オリヴァーらのスタイルがイタリアに流入し、シェフは「文化のリーダー」へと変貌した。

イタリアで知らない人はいない「La prova del cuoco(料理人の挑戦)」という番組は、プロのシェフが限られた食材と時間で料理を作り、その味や独創性を競う内容。現在も多くのイタリア人に愛されている。この番組は、料理人をただの調理人ではなく、キャラクターを持つスターへと変えた。


さらに、イギリスで生まれた「マスターシェフ」は、アマチュアの料理人がプロのシェフを目指し、様々な料理課題に挑むリアリティショー。この番組の世界的ヒットが、キッチンを「戦場」であり「劇場」へと変貌させた。今やシェフは、大衆の欲望と憧れを操る現代の知性であり、巨大なスポンサーを背負った者として君臨している。

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空腹と貧困の歴史を贅沢で文化的な「神話」へと書き換えることに成功した

冒頭で紹介した、パルマ大学のグランディ教授の主張を要約すれば、イタリア料理とは「映像化された歴史」である。現代のイタリア人がミラノやローマのリストランテで口にするひと皿は、数百年続く伝統の継承というよりは、戦後のメディアと産業が「イタリアらしさ」を演出するために作り上げた、高度なマーケティングの産物なのだ。

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▲ コモ湖にあるレストランとバール。

例えば、カルボナーラにまつわる「古くからの炭焼き職人の料理」という説も、戦後にアメリカ軍が持ち込んだベーコンと卵の粉末から始まったという説が有力視されている。でも、そうした真実よりも「ロマンティックな物語」の方が、料理を美味しく感じさせる。イタリア人はそのことを直感的に理解していたのだ。

僕が言いたいのは、「イタリア料理は捏造されたものだ」という指摘は、決してその価値を貶めるものではないということ。むしろ逆だ! わずか100年足らずの間に、これほどまで世界中の人々を魅了する「食の帝国」を築き上げたイタリア人の構想力と表現力こそ、誇らしく思う。イタリア人は空腹と貧困の歴史を、テレビと広告の力を借りて、世界一贅沢で文化的な「神話」へと書き換えることに成功したのだ。


僕たちがイタリアンを食べる時、ただの栄養素や味覚以上のものが含まれている。それは「伝統」という名の、世界で最も成功したフィクションだ。


真の食通とは、その嘘を暴いて興ざめする者のことではない。これまで歩んできた歴史と伝統に敬意を払い、物語という最高のスパイスと共にワインを嗜める者のことを指すのだ。イタリア料理という発明は、今夜も世界中の食卓で、新しい伝統を更新し続けている。

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● マッシ  

本名はスガイ マッシミリアーノ。1983年、イタリア・ピエモンテ州生まれ。トリノ大学院文学部日本語学科を卒業し2007年から日本在住。日伊通訳者の経験を経てからフードとライフスタイルライターとして活動。書籍『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(KADOKAWA)の他 、ヤマザキマリ著『貧乏ピッツァ』の書評など、雑誌の執筆・連載も多数。 日伊文化の違いの面白さ、日本食の魅力、食の美味しいアレンジなどをイタリア人の目線で執筆中。ロングセラー「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)は145万PV達成。
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