2026.02.13
【第40回】
腹十二分目まで食べて、喋って消化すればいいじゃないか! 義務でなく愛で食べるイタリア式長寿法
イタリア生まれのフード&ライフスタイルライター、マッシさん。世界が急速に繋がって、広い視野が求められるこの時代に、日本人とはちょっと違う視点で日本と世界の食に関する文化や習慣、メニューなどについて考える連載です。
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写真/スガイ マッシミリアーノ 編集/森本 泉(Web LEON)
「トキメキ」こそが最強のアンチエイジング?
「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)でおなじみのマッシさんが、今回はイタリア人の長寿の秘密についてお話しします。同じく長寿国である日本とは大きく違うようですぞ。

▲ 家族でまったりしながら食事。
僕たちオヤジ世代にとって永遠の課題である「長寿」と、それを支える「創造力」は関係している気がしてきた今日この頃。最近、ふとニュースを見ていて考えさせられたことがある。イタリアが誇るファッション界の二大巨頭、ヴァレンティノとアルマーニが亡くなったことについてだ。
彼らはともに90歳を超えても現役で活躍してきた。亡くなった今でも、その存在感を世界に示し続けている。あの年齢で、亡くなる直前まで、あれだけの色気と覇気を維持できた人間が、果たして世界にどれだけいるだろうか?
イタリア国内でもモードの帝王たちが長寿だった秘訣を分析する記事が躍っている。そこで導き出された答えが、実にイタリアらしかった。その答えとはズバリ、「創造力」だ。彼らにとって、デザイン画を描き、美しいものを生み出すことは労働ではない。呼吸と同じ、いや、それ以上に魂を震わせる悦びなのだ。
孔子の言葉に「好きなことを仕事にすれば、一生働かなくて済む」というのがあるけれど、まさにそれだ。僕自身もこうして筆を執り、愛するイタリアについて文章を紡いでいる時は時間の感覚が消える。いわゆる、ゾーンに入っている状態だ。この時、脳内ではドーパミンがドバドバと溢れ、細胞レベルで活性化している。ストレスという名の老化物質を、創造という悦びが凌駕していく感覚だ。つまり、「トキメキ」こそが最強のアンチエイジングということになる。

▲ 日常生活に欠かせない白ワイン、ビールとパンから食事がスタート。
日本の長寿は「医療とシステムの勝利」。対するイタリアは
だけど、精神論だけで90年という長い歳月を、あれほどエネルギッシュに駆け抜けられるものだろうか? クリエイティブな脳を支える「肉体」はどう維持されていたのか? そこで今回は、もうひとつのイタリアの長寿の秘密、「食」について、徹底的に語ろうと思う。ただし、「地中海式ダイエットが体にいい」とか「オリーブオイルとトマトを食べろ」なんて、聞き飽きた健康オタクのような話をするつもりはない。僕が伝えたいのはもっと人間臭い、イタリア人の食への執着とアティチュード=姿勢の話だ。
まず、日本とイタリアの決定的な違いがある。周知の通り、日本とイタリアは世界でもトップクラスの長寿国だ。でも、現地に住んでいると、その中身には決定的な違いがある。極論を恐れずに言えば、日本の長寿は「医療とシステムの勝利」に見える。手厚い介護、国民皆保険。徹底した管理のもとで、命を守っている。素晴らしいことだけど、どこか「我慢」や「制限」の匂いがする。塩分を控え、カロリーを計算し、サプリメントで補う……。まるで自分の体を機械のようにメンテナンスする、真面目な日本人の気質そのものだ。
対して、イタリアの長寿は「欲望の勝利」だ。イタリアの年寄りを見たことがあるだろうか。みんな、「我慢なんて知らない」といった顔をしている。死ぬまで美味いものを食べて、恋をし、ワインを浴び、しゃべり倒す。彼らが長生きなのは、単純に生きるのが楽しすぎて、死ぬのを忘れているからに違いない。イタリアの研究でも指摘されているけど、彼らの長寿を支えているのは、栄養素以上に、共食という文化だ。

▲ 真冬のトリュフ祭りを回って出店者とコミュニケーションを取る。
イタリア人は「このズッキーニが今、最高にセクシーだから」食べる
イタリアの90歳越えのオヤジに「今日のランチのカロリーは?」と聞いてみてほしい。「はあ? カロリー? 僕が食ったのはマンマ直伝のラグーソースだ!」と怒鳴られるのがオチだ。イタリア人は、数字を食べているんじゃない。「物語」と「季節」を食べているのだ。市場に行けば、その土地で採れたばかりのアーティチョークが山積みになっている。「このズッキーニの花、今朝咲いたばかりだよ!」と、八百屋のオヤジの口上を聞きながら食材を選ぶ。その瞬間から、脳への刺激は始まっている。
「カンパニリズモ(愛郷心)」という言葉があるけど、イタリア人は「隣町のチーズより、僕の村のチーズが世界一だ」と信じている。だから、冷凍食品や加工食品があまり入り込む余地がない。旬の食材が持つ生命力、あの強烈な香り、鮮やかな色。それらを体に取り込むことは、大地そのもののエネルギーを吸収することだ。
日本人が「健康のために」野菜を食べるのに対し、イタリア人は「このズッキーニが今、最高にセクシーだから」食べるのだ。動機が「義務」ではなく「愛」。ここが決定的に違う。サプリメントの錠剤一粒と、太陽を浴びて育った完熟トマト。どちらが生命力を与えてくれるか、議論するまでもないだろう。

▲ 甘い朝食から一日が始まって、ストレス対策になる。
「腹十二分目まで食べて、喋って消化する」のがイタリア流
もう少し深く、具体的な話をしよう。イタリアの食文化で特筆すべきは、「苦味」への愛だ。日本人は甘みや旨味を好むが、イタリア人はこの「苦味」を異常に愛している。ラディッキオ(チコリー)、ルッコラ、アーティチョーク、そして食後のエスプレッソや薬草酒。これらは決して子ども向けの味ではない。人生の酸いも甘いも噛み分けた、大人のための味だ。
実はこの「苦味」こそが、長寿の隠れた鍵だと言われている。苦い野菜は肝臓の働きを助け、消化を促進し、体内の毒素を排出する。イタリアのオヤジたちが、あれだけ肉を食べ、ワインを飲んでも翌日ケロっとしているのは、この「苦味」の浄化作用を日常的に取り入れているからだ。甘やかされた舌では、創造力も鈍る。ガツンとくる野生の苦味を愛でることで、体は内側から目覚め、感覚が研ぎ澄まされるのだ。
そして、僕が最も強調したいのが「スカルペッタ」だ。皿に残ったソースを、パンで拭ってきれいに食べる、あのお行儀の悪い、しかし最高に美味い儀式のことだ。日本では「卑しい」とされるかもしれないが、イタリアでは「シェフへの最大の賛辞」であり、何より「最後の一滴まで快楽を逃さない」という執念の表れだ。
仕事も、遊びも、食事も、人生のスカルペッタだ。「もうお腹いっぱい」なんて言わない。「もっと味わいたい」「まだ足りない」と、貪欲に人生を拭い尽くしている。この貪欲さこそが、細胞を活性化させる。「腹八分目で健康に」なんて言葉は、辞書にはない。「腹十二分目まで食べて、喋って消化する」のがイタリア流だ。

▲ 日曜日の食事はいつもと違った特別な空間。作って食べて喋って実家を満喫するマッシ。
食べることを楽しむために長生きする「ちょい不(ワル)良な長寿法」
日本のオヤジたちよ。仕事に追われて、コンビニのおにぎりをPCの前で流し込んでない? または、接待という名の「業務としての会食」で消耗してない?健康診断の数値を気にする前に、まずは自分の「食の感度」をチェックしてみよう。今日食べた昼飯の味を、鮮明に思い出せる?その食材がどこから来たか、想像できるだろうか?
明日からは「体にいいもの」ではなく、「心が震えるもの」を食べてみよう。季節外れの野菜はやめて、今、最高に輝いている旬のものを探そう。そして、料理を口に入れたら、スマホを置いて! 五感を集中させて、その味、香り、食感を全身で受け止めよう。
まずは、週に一度でも、好きな人とだけ、好きなものを、時間を気にせず食べる。そんなイタリア的な食卓を取り入れてみてほしい。料理を味わい、その背景にある文化を語り、下らない冗談で腹を抱えて笑う。その瞬間、あなたの脳は確実に若返っているはずだ。創造力は、静かな書斎で生まれるものではない。実は賑やかな食卓の、ワイングラスの向こう側で生まれるものなのだ。
長生きするために食べるのではなく、食べることを楽しむために長生きする。そんなイタリア流の「ちょい不良(ワル)な長寿法」も悪くないよね?
今夜は誰を誘って、何を食べに行こうか。考えるだけで、もう僕の細胞は活性化し始めている。最高に苦くて美味いワインを開けるとしよう。人生という素晴らしいコース料理は、まだまだ続くのだから。

▲ 用事がなくてもとにかく出かけるのがイタリア人あるある。

● マッシ
本名はスガイ マッシミリアーノ。1983年、イタリア・ピエモンテ州生まれ。トリノ大学院文学部日本語学科を卒業し2007年から日本在住。日伊通訳者の経験を経てからフードとライフスタイルライターとして活動。書籍『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(KADOKAWA)の他 、ヤマザキマリ著『貧乏ピッツァ』の書評など、雑誌の執筆・連載も多数。 日伊文化の違いの面白さ、日本食の魅力、食の美味しいアレンジなどをイタリア人の目線で執筆中。ロングセラー「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)は145万PV達成。
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