2021.05.22
イタリアの菓子パン「マリトッツォ」を知っていますか?
日本のスイーツ流行は1〜2年で移り変わるといわれますが、今盛り上がっているのがコチラ、丸いパンに生クリームを挟んだ「マリトッツォ」です。イタリアはローマの朝食に欠かせないとされるそれには、中に指輪を入れて婚約者に贈るという風習もあるそうだから、覚えておいて損はないですよ。
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文/圓岡志麻(フリーライター)
発音しにくい異国の響きを持つマリトッツォ。このスイーツが、多くの人に受けている理由はどこにあるのだろうか。
今回は、マリトッツォを日本に紹介し、ブームのきっかけをつくったベーカリー、「プリンチ」に取材した。

マリトッツォを求めて行列ができた
現在は生産体制を整え品切れすることはなくなっているものの、最も多いときで、週に5000個を販売した記録もあるという。
丸いパンに生クリームを挟んだオーソドックスでシンプルな形だが、中にオリジナルのソースをしのばせてあり、サプライズ感がある仕上がりだ。
その他、プリンチならではのおいしさの工夫もあるのだが、それは後ほど説明することとして、まずは同ブランドの基本についておさらいしておこう。
プリンチはパン職人、ロッコ・プリンチ氏によるミラノ発のベーカリーで、スターバックスとのコラボレーション店舗を世界で6都市に、単独店もミラノ、ロンドンの他、シアトル、シカゴ、ニューヨーク、東京などに展開している。
日本に初めて紹介されたのは2019年2月。中目黒の「スターバックス リザーブ ロースタリー東京」内に誕生した。しかし同年7月には代官山にプリンチの単独店が、9月には銀座に「スターバックス リザーブ ストア 銀座マロニエ通り」がオープンしている。
ここで不思議に思うのが、ネームバリューがあるスタバとの併設店舗がオープンして数カ月後という早いタイミングで、無名の「プリンチ」がベーカリー単独店として稼働した理由だ。
スターバックス コーヒー ジャパン新業態推進部プリンチ営業部マーケティングマネージャーの佐久間大輔氏は次のように説明する。
「中目黒の店舗で、ベーカリーを日常的に使いたいというお客様の声が寄せられたためです。カフェ併設のためもちろんカフェ利用のお客様が多いのですが、パンだけを求めるお客様も予想以上にいらっしゃったわけです。そこで、より多くのお客様にプリンチのベーカリーを味わっていただくため、単独店の開業を急ぎました」
「本物のコルネッティがあるのはここだけ」

とくに代官山の店舗ではイタリア人も多く、「本物のコルネッティがあるのはここだけ」と通ってくる客もいるそうだ。
日本人の好みに合わせてアレンジするということもなく、イタリアの味をそのまま提供することにこだわっている。どのように本場の味を再現しているのか、ヘッドシェフの松田武司氏に聞いた。
「プリンチで使っている食材はすべて、創業者のロッコ氏が自ら味見をしたものです。しかも、輸送しているときに味が変化することも考慮し、日本に運ばれてきたものを一つひとつ吟味しています」
また、ヘッドシェフである松田氏の目によってイタリアのベーカリーの製法が守られているということも大きなポイントだ。日本の専門学校でパンの技術を学び、有名店などでも経験を積んだ松田氏だが、イタリアへ世界大会で訪れたときに、パンの製法が大きく違うことに驚いたという。
生地を膨らませる発酵種の種類も数多い。例えば大きな円形の表面に「PRINCI」と入れた、文字どおり看板商品のプリンチ ローフは「サワードゥ」という酸味がある発酵種を使ったパン。代官山のショップのショーケースにはその他、馴染みのない形、名称のさまざまなパンが並んでおり、外国の市場のような雰囲気を醸し出している。
ではいよいよ、今回のメインテーマであるマリトッツォについて深掘りしていこう。

「第2のティラミスにしたい」
実は松田氏は、「マリトッツォを第2のティラミスにしたい」という意気込みを込めて売り出した。
なぜなら、前述のように朝食として、スイーツとして、イタリア人にとって馴染みのある存在のため。また中に指輪を入れて婚約者に贈るといういにしえからの風習があるそうで、こうした歴史背景やストーリーも、イタリアの伝統や文化をわかりやすく伝えてくれる。
さらに、日本には朝食で甘いものを食べる習慣はあまり根付いていないが、イタリアでは甘いパンとコーヒーは朝食の定番。イタリアの食べ物とともに文化も紹介したいという、プリンチのコンセプトにぴったりのパンだったわけだ。
このように、満を持して生み出されたプリンチのマリトッツォ。ほかの店のものとどう違うのだろうか。
「一番の特徴は何といってもパン」と松田氏は説明する。
小麦粉を焼きあげた生地と、間に挟まったクリームは別の素材からつくられており、もともとは食感がまったく異なるものだ。そのため、いかに両者を違和感なくなじませるかが大切になってくる。
食感が違い過ぎる場合どうなるか。サンドしたものの外側が硬いと一口ではかみ切れず、やわらかい中身が押されて、間からはみ出てくる。口の周囲に付着するのはまだしも、下に落ちてしまうなど、悲しい結果を呼ぶのだ。
ところが、プリンチのマリトッツォではそれがない。パンをかじると瞬時にクリームに到達することができ、さらに口の中でクリームが溶けるのと同じタイミングでパンも消えていく。パンとクリームが一体化した印象が最後まで続き、軽いあと口を残す。
このこだわりに、ほとんどの人は気づかないかもしれない。しかし生クリームと同じ軽さ、やわらかさにパンを焼きあげるために、幾度も試作を重ねたであろうことが推測できる。
本場の貫禄を感じさせる、パン生地へのこだわり
また生クリームの中身にも仕掛けがある。現在販売されているのは「ノッチョーラ」と「ランポーネ&フラーゴラ」の2つの味わい。前者はヘーゼルナッツ、後者はストロベリーとラズベリーのソースを詰めている。イタリアのスイーツでは定番のフレーバーだそうで、プリンチではやはり食感で特徴を出した。
「ジャムのように固めずに、ソースの状態で注入しています。食べてみるまでソースがどこに入っているか分からないので、突然味わいが口の中に広がって、驚きが感じられます」(松田氏)

コロナ禍の今は家で過ごす時間も充実させてほしいという思いから、持ち帰りにも力を入れる。多種多様のイタリアンハムやチーズなども量り売りしているのもその一環。「コメッサ」という接客係と、食材について会話する人も多いそうだ。
松田氏は今後もイタリア文化に基づくパンやお菓子を紹介していきたいとのこと。例えば日本でもじわじわと普及しているイースターだが、祝い方やイースターにちなむ料理はあまり知られていない。イースターに食べるお菓子なども、マリトッツォに続く商品として模索しているようだ。
このように、イタリアの本物の味と文化を伝えてくれるプリンチとマリトッツォ。海外旅行などいつのことか、という現在の状況だが、せめてひとときの非日常を味わってみてはいかがだろうか。