2025.06.15
【試乗リポート】マニュアルのポルシェ911・カレラTでクルマ好きオヤジの“アオハル”を取り戻す!
現行型ポルシェ911(タイプ992)が、後期型、通称タイプ992.2へとモデルチェンジした。世界的な電動化が進むなか、ハイブリッドなど電動アシストのない内燃エンジン車、そしてMT(マニュアル・トランスミッション)車は絶滅危惧種となりつつある。911カレラシリーズで唯一のMT車であるカレラTを試す。

もはや絶滅危惧種のマニュアル・トランスミッション
そんななかにあって、ポルシェ911のカレラシリーズ(カレラ、カレラT、カレラS、カレラGTS)において唯一MT車を設定しているのがカレラTだ。前期型ではGTSにもMTの設定があったが、後期型は911初のハイブリッドモデルとなっておりMTの設定はなくなった。またカレラ以外にはGT3というサーキット向けのモデルでMTの選択が可能だが、高価格で生産数の少ない希少車だ。



インテリアデザインは基本的に前期型を踏襲する。大きく変わったのは、メーターパネルに唯一残されていた中央のアナログ計がなくなり、12.6インチのフルデジタルディスプレイになったこと。ディスプレイ全面をナビゲーションの画面にするなど7種類の表示から選択可能だ。また911は伝統的にエンジン始動時には鍵を、キーレスになった近年はノブをひねるという所作を踏襲してきた。しかし、それが一般的なスタート/ストップボタン式になった。いずれもハイブリッド化したGTSへ対応策で視認性や使い勝手は向上しているが、いまあえてMTを選ぶようなユーザーにとっては少しばかり残念な変更点かもしれない。

いつまで生き残れるのか? 味わい深い水平対向6気筒エンジン
そのようなわけで、当初は前期型と後期型とではパワー感の違いはほとんどないだろうと思っていたが、明らかに発進時のトルクのつきがよくなっていると感じた。実際、前期型では信号待ちから半クラッチだけで再発進しようとするとエンストしそうになるシーンが何度かあった。そのたびアイドルストップ機構によってリスタートするので救われるのだが、それがなくなった。


シフトフィールは、剛性感が高く、適度なストロークで、コクコクと節度感のある気持ちがいいもの。クラッチは意外に軽い。免許取り立てで初めてMT車をドライブして、気持ちの高揚をおさえられず無駄なシフトを繰り返してしまうような、そんな感覚を覚えた。
カレラTは軽量化のため遮音材が削減されており、また軽量ガラスかつ後席のない2シーター仕様でスポーツエグゾーストを標準装備しているため室内にも大きめの音が入ってくる。もちろん最新の騒音規制をクリアしているわけで周囲にご迷惑をかけるようなものではないが、正直にいえばデート向きではないかもしれない。しかし、クルマ好きオヤジが一人悦に入るにはちょうどいい雰囲気だ。
求めるものは速さではない。幸せホルモンである

実はメーカー発表のスペックを見ると、エンジンおよび出力はカレラと同一のもの。それでいて0-100km/h加速タイムはカレラが4.1秒なのに対してカレラTは4.5秒。PDK(AT)のほうがコンマ4秒も速いのだ。もはや人力の操作では最新のATには敵わない。わざわざ高い金を払ってまで遅いクルマを選ぶ道理がどこにあるというのだろうか。
カレラTはスピードを求めるためのモデルではない。ATであれば一瞬で終えてしまうものを、わざわざ自らの手足を駆使しクラッチを切り、シフトをゲートに滑り込ませ、アクセルでエンジン回転数をあわせる、ステアリングとシフトノブと足元の3つのペダルを一連のものとして操作する必要がある。水平対向6気筒エンジンの奏でるサウンドとシンクロするようにイメージ通りにクルマが動いたその時、得も言われぬ快楽が押し寄せる。それは楽器がうまく演奏できた瞬間と近いのかもしれない。いずれも間違いなく3大幸せホルモンのひとつと言われるドーパミンが分泌されるはずだ。


藤野太一(自動車ジャーナリスト)
大学卒業後、自動車情報誌「カーセンサー」、「カーセンサーエッジ」の編集デスクを経てフリーの編集者兼ライターに。最新の電気自動車からクラシックカーまで幅広い解説をはじめ、自動車関連のビジネスマンを取材する機会も多くビジネス誌やライフスタイル誌にも寄稿する。またマーケティングの観点からレース取材なども積極的に行う。JMS(日本モータースポーツ記者会)所属。写真/安井宏充
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