石原裕次郎が愛した、昭和の元祖”イタメシ”

さて、昭和とひと言でいっても、その時代は64年間に及び、長い。そこでここでは読者諸兄の過半がご記憶であろう昭和40～50年代に限定してみましょう。この時代、娯楽のメインはテレビ。

街頭テレビで力道山に熱中したり、皇太子ご成婚でカラーテレビを購入したころでしょって？（いやだなぁ、それは昭和30年代。40～50年代といえば小・中学生がキャンディーズやピンク・レディーを教室の後ろで踊り狂っていたころです）

チャンネルをひねれば（この「ひねる」という動詞自体意味がわからないでしょう、平成女子には）、出始めたアイドルたちにまじって、幅広タイを巨大なノットでしめた石原裕次郎がブランデーグラスを片手に歌い、菅原文太はまだトラックに乗っていました。

お正月に家族で見る映画は「寅さん」だったし、英語の話せるスターといえば渡辺謙ではなくて高倉健だったんです。あのころ、スターはいまのようにインスタで素顔を見せてくれることもなく、遠い存在でした。そのスターたちが夜な夜な集まっていたのが六本木。

なかでも飯倉の「キャンティ」は六本木族（加賀まりこなど）メンバーがたまり場にしていたことで知られていますが、もう1軒、多くのスターが集まり、壁に落書きをしていたお店が残っています。

このイタメシという単語すら説明が必要でしょうか？　昭和後期、「イタメシ食べに行こうよ」と言われた女子が「炒めたメシ？つまりチャーハン？そんなのイヤよ」と言ったという笑えないエピソードがありましたが、今はもちろん通じないでしょう。念のため申し添えますと、イタメシ＝イタリアンであります。

このイタリア料理が東京で一般的になったのは弊誌調べで昭和30年代。六本木にオープンしたピザハウス「ニコラス」と、これからご紹介する「六本木シシリア」の2店はともに昭和29年のオープン。

当時東京のイタリア料理シーンを牽引する双璧でありました（余談ですが筆者の母は学生時代にこの「ニコラス」で生まれて初めてピザを食べ、どんなに美味しかったか今も熱く物語ります）。

この、今となってはどこか郷愁を誘う料理をこよなく愛したのは石原裕次郎。脚が長くてお洒落でやんちゃ……まるで元祖ちょい不良オヤジのようなご存知大スターですが、かつてはこの店に、まき子夫人とデートに訪れ、ピッツアやパスタに舌鼓を打っていたんだとか。

この“昭和イタリアン”はミシュランで星を獲るような派手さはないかもしれませんが、一周回って、いま食べるとかえって新鮮に味わえるから不思議です。

平成女子にとっては、ピザはピッツアだし、スパゲティはパスタ、そしてパスタバジリコはジェノベーゼと変換されるのでしょう。

でもたまにはあえての「イタメシ、食べにいかない？」デジタルネイティブならぬイタリアンネイティブたちも、「昭和遺産」扱いするには惜しい、フレッシュな美味しさに心から満足してくれることでしょう。