2026.08.02
第18回 石田ひかり【vol.01】
美しい人、石田ひかり。「つらい、やめたいと思っても、始めてしまったことをやめる選択肢があの頃の私にはなかった」
大人の女性の美しさに迫るグラビア連載「美しい人」。今回ご登場いただいたのは石田ひかりさんです。NHK連続テレビ小説「ひらり」やドラマ「あすなろ白書」などの清楚で闊達なイメージを、50代の今も持ち続ける石田さんに、本連載では艶やかな大人の女性の美しさを演じていただきました。
- CREDIT :
写真/浅井佳代子 スタイリスト/坂本久仁子 ヘアメイク/横山雷志郎 文/渡辺朋子 編集/森本 泉(Web LEON) プロデューサー/Kaori Oguri

多くの俳優やタレントをプロデュースし、自身女優でもある小栗香織さんをプロデューサーに据え、豊かな人生経験を持つ女性たちの、内面から醸し出される“大人の美しさ”に迫る、ファッションと融合した新しいグラビア企画「美しい人」。
今回ご登場いただいたのは俳優の石田ひかりさんです。NHK連続テレビ小説「ひらり」やドラマ「あすなろ白書」などの清楚で闊達なイメージを、50代の今も持ち続けたまま数多くのドラマや映画に出演する石田さん。主演映画『さとこはいつも』の公開(9月18日)を控えるなか、本連載では和建築の古いお屋敷を舞台に艶やかな大人の女性の美しさを演じていただきました。


【Interview01】
芝居は本当に難しいけれど、ものを作ることはすごく楽しい。だからこそ私は俳優を続けているんだと思う
── 石田さんはお父さまのお仕事の都合で、9歳から12歳まで台湾の台北で過ごされたそうですね。
石田ひかりさん(以下、石田) はい。実はちょうど最近、母と次女を連れて久しぶりに台湾にいた頃に住んでいた場所を巡るツアーをしてきたんです。
── 台湾を訪れたのはいつぶりだったんですか?
石田 たぶん25年ぶりぐらいですね。母が元気なうちに行っておこうと思って、なんとなく思いつきで行ってきました。台北101みたいな高層ビルがあったり、発展しているところもあるんですけど、当時住んでいたマンションがあった一帯はそのままで、私が見たかった変わらない景色もたくさんあったので、とっても安心しました。
── 当時の石田さんは、現地の水泳大会で優勝されるぐらい水泳一筋だったそうですが、オリンピックなども目指していたんですか?
石田 水泳は4歳から始めたんですけど、私と姉はオリンピックの手前のジュニアオリンピックを目指して日夜、練習に励んでいました。

── そこから日本に戻り、中学生で芸能界デビューをされましたが、もともと芸能界には興味があったんですか?
石田 いえ、本当にほとんどの時間、水に浸かって生きてきた私たちですから青天の霹靂というか(笑)。それで母と「スイミングは絶対に休まない」、「学校も絶対に休まない」という約束のもと、放課後や土日を使ってCMや雑誌のモデル、ドラマなどのオーディションを受けたりしていました。
── 芸能界というまったく未知の世界に飛び込んでみて、いかがでしたか?
石田 最初にまず事務所に入って、いわゆる宣材写真を撮る時に、1、2枚かと思っていたら何百枚も撮るのに本当にびっくりして。まだ中学生の私は、ずっとフラッシュを浴びているのも体に悪そうだなと思いましたし、こんなに撮ってどうするんだろう? 本当にもったいないなと衝撃でした(笑)。
── オーディションを受けたり、実際に活動をしてみてどんなことを感じましたか?
石田 まだ子どもだったので、“え? 私が受かるんだ“と思って、“そうですか。じゃあ、一生懸命やらせていただきます”という感じでした(笑)。

── 最初は歌手活動もされていたんですよね。
石田 それこそ本当に寝耳に水で、私の耳に入った時には15歳になる年の5月21日にテイチクレコードからデビューすることが決まっていたんです。ついこの間まで水泳しかしたことない私がレコードデビューって、そんなことで大丈夫なのかなと思いました(笑)。
── 歌やお芝居やCMなど、いろんなことに挑戦されたと思いますが、ご自身でやりたいと思うものはありましたか?
石田 少しずつですが、いろんな経験をさせていただくうちに、お芝居をやってみたいなと思うようになりました。私が台湾から日本に帰ってきた頃って、『うちの子にかぎって…』というドラマが話題になっていたり、『おしん』の小林綾子さんが同い年だったり、割と子役の方が活躍されていたんです。そういう影響もあって“テレビに出てみたいな”ぐらいの感覚でしたけど。
── お芝居を経験されて、楽しさやもっとやりたいという思いは感じましたか?
石田 そう思えるようになったのは実は最近で、まずお芝居はとにかく難しいということを知るわけですよね。ヨーイ、スタート! で、いきなり驚かなきゃいけなかったり、会ったばかりの人とケンカをしなきゃいけなかったり。そういうことにいまでも戸惑うことがありますけど、若いうちは特にストレスに感じることが多かったです。

── わからないことだらけでも目の前の仕事に一生懸命に取り組めた背景には、これをクリアしなきゃといった負けず嫌いな思いもあったのでしょうか?
石田 最初は歌もまったく売れないし、当時、大勢いたカメラ小僧のカメラも私のところにはまったく向いていないし、もう本当に惨めのひと言だったんですね。だからずっと、つらいな、やめたいなと思ってはいたんですけど、やめたいと言い出す勇気もなかったし、始めてしまったことをやめるという選択肢があの頃の私にはなかったんです。
だから、すごくモヤモヤしながら続けていて。もちろん事務所の方もレコード会社の方々も一生懸命やってくださるし、ファンクラブも小さいながらもあって応援してくれる方たちがいることも感じていたので、なんとかしなきゃという気持ちはありました。
── 子どもながらにプレッシャーを感じていたんですね。
石田 そうですね。でも、いろんなことが鳴かず飛ばずだった17歳の時に「ママハハ・ブギ」というTBSドラマのオーディションがあって、渡された台本に浅野温子さん、織田裕二さん、的場浩司くんのお名前が入っていて、私が受ける役だけが空白だったんです。
しかもプロデューサーは八木(康夫)さん、脚本は遊川(和彦)さんという夢のようなお話だったので、なんとかここに自分の名前を入れたい! 入れなければ! 入れるんだ! とすごく強く思ったことを覚えています。それぐらいこの現状をなんとかしなきゃと必死で、追い詰められていたのかもしれません。思えば、あれは俳優として大きなきっかけだったのだと思います。

▲ ワンピース16万5000円/ケイタ マルヤマ
── その後、大林宣彦監督の『ふたり』で主演に抜擢されましたが、プレッシャーなどはなかったですか?
石田 もちろん大林監督の作品は観ていましたし、中島朋子さんとのダブル主演ですし、大変なことになったということは分かっていたのですが、じゃあどうしたらいいのかが分からないんです。本当に何も分かっていないから、プレッシャーも感じていなかったですね。そんな18歳の私に大林監督は「ひかりは少女のプロなのだから、そのままでいいんだよ」とおっしゃってくださいました。そんなこと言われてもと思いましたが(笑)、とにかく無我夢中で「北尾実加」という役を生きたという感じです。
振り返ると、経験がないというのは時にすごく武器になるというか、若さであったり怖いもの知らずというのは本当に助けになる一方で、一生思い出したくない恐ろしい行動や言動もしてきたと思います(汗)!
── それまで自信を持てない状況が続いたなかで、著名な監督に評価されるというのは、自分を肯定されたような安心感や自信に繋がるようにも思いますが。
石田 支えにはなりますけど、自信にはならなかったですね。今まで、自分の芝居に満足したことなんて一度もありませんし、だからこそ続けているのだと思います。芝居って、本当に難しいんです! でも、スタッフキャスト一丸となって作品を生み出し、世の中に誕生させていくことは、とても楽しくてやり甲斐のあることです。私は俳優という職業をとても気に入っていますし、皆さんにもおススメしたいです(笑)。
※次回に続きます。

● 石田ひかり(いしだ・ひかり)
東京都出身。1991年大林宣彦監督作品『ふたり』で映画デビュー。NHK連続テレビ小説「ひらり」、「あすなろ白書」などで主演を務める。近年では映画『九十歳。何がめでたい』、『ブルーピリオド』、2025年『ルノワール』では第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された。舞台『青空は後悔の証し』、『ピエタ』、ドラマでは「きょうの猫村さん」、「続・続・最後から二番目の恋」、主演「鬼女の棲む家」など人気ドラマに多数出演。9月18日公開の映画『さとこはいつも』などが控えている。

『さとこはいつも』
長編映画デビュー20周年となる沖田修一監督の完全オリジナル作。同級生に人生初の恋をして、妄想が暴走していく鼻炎持ちの中学3年生、15歳の中井聡子(姫野花春)。映画配給会社でバリバリ働きながらも空回り。6年目となる不倫も倦怠期を迎え、仕事もプライベートも迷走中の35歳、西田沙都子(有村架純)。子育てが一段落し、ようやくできた自分の時間で忘れかけていた夢に目覚める55歳、飯島里子(石田ひかり)。三者三様の人生を歩む“さとこ”たちは、それぞれの身に起きた出来事や経験を物語として書き始め、他人だった3人の人生が少しずつ交差していく。9月18日公開。
※掲載商品はすべて税込み価格です
■ お問い合わせ
ケイタ マルヤマ 03-3406-1935
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