• Twitter
  • Facebook
  • Instagram
  • LINE
  • YouTube
  • Feedly
  • TOP
  • PEOPLE
  • 美しい人、藤あや子。「百恵ちゃんに憧れた子供時代。実は『スタ誕』に出てアイドルになりたかったです(笑)」

2026.07.05

第17回 藤あや子 【vol.01】

美しい人、藤あや子。「百恵ちゃんに憧れた子供時代。実は『スタ誕』に出てアイドルになりたかったです(笑)」

大人の女性の美しさに迫るグラビア連載「美しい人」。今回は演歌歌手の藤あや子さんにご登場いただきました。着物のイメージの強い藤さんですが、本連載ではドレスでのグラビア撮影に挑戦。ますます磨きのかかった艶っぽい美しさを見せてくれました。

CREDIT :

写真/野口貴司  スタイリング/坂本久仁子 ヘアメイク/岡崎じゅん 文/渡邉朋子  編集/森本 泉(Web LEON) プロデュース/Kaori Oguri

藤あや子 美しい人 WebLEON  野口貴司 小栗香織

多くの俳優やタレントをプロデュースし、自身女優でもある小栗香織さんをプロデューサーに据え、 豊かな人生経験を持つ女性たちの、内面から醸し出される“大人の美しさ”に迫る、ファッションと融合した新しいグラビア企画「美しい人」。


今回は演歌歌手の藤あや子さんにご登場いただきました。地元・秋田から東京に出て本格的な歌手活動を始めたのは20代半ば。遅いスタートにもかかわらず紅白歌合戦に21回も出場するなど、今も大人の恋をしっとりと歌って多くのファンを魅了し続けています。着物のイメージの強い藤さんですが、本連載ではドレスでのグラビア撮影に挑戦。ますます磨きのかかった艶っぽい美しさを見せてくれました。


一方で撮影の終わった藤さんは意外なほど気さくで飾らない性格。 子供時代の思い出から60代を迎えても抜群のプロポーションを維持する驚きの私生活まで、たっぷりとお話しいただきました。シリーズ全3回でお届けします。

PAGE 2
藤あや子 美しい人 WebLEON  野口貴司 小栗香織
藤あや子 美しい人 WebLEON  野口貴司 小栗香織
PAGE 3
藤あや子 美しい人 WebLEON  野口貴司 小栗香織
藤あや子 美しい人 WebLEON  野口貴司 小栗香織
PAGE 4

【Interview01】

応援してくれていた父に、病院のベッドで紅白初出場を見せられたのが最後の親孝行でした

── 藤さんはもともと小学生の頃から民謡をやられていたそうですね。


藤あや子さん(以下、藤) はい。でも私は歌ではなく、民謡のお囃子に合わせて踊る踊り子だったんです。だから民謡も演歌も歌ったことがなくて。でも大好きな(山口)百恵ちゃんの曲はいつもレコード屋さんで予約して、その日のうちに覚えて歌っていました。


── 百恵さんみたいなアイドルになりたいという思いはなかったんですか?


藤 実はなりたかったです(笑)。それこそスタ誕(『スター誕生!』)に出たかったんですけど、私の田舎の角館(秋田)には(公開放送も)来なかったのでチャンスもなく。でも、地元で年に1度の大きなお祭りの華である踊り子さんをやらせてもらったので、それもある意味アイドルかな(笑)。

藤あや子 美しい人 WebLEON  野口貴司 小栗香織
PAGE 5

── 地元で活動しながらもいつかは歌一本で有名にという思いはあったんですか?


藤 それはずっとふつふつとあったんですけれど、高校生の時に初恋の彼と大恋愛をしまして。彼との子供ができて、20歳で授かり婚をしたあたりからはまったくそういう気持ちはなくなりましたね。自分でもなぜそこから歌手になったかなって(笑)。


──それでもまた歌の世界に戻るきっかけがあったわけですか?


藤 子供を産んだ翌年、私もそろそろ働きたいなと思っていたところに、民謡の踊り手を探していた秋田の劇団からお声がけをいただいて。でも少人数の一座だったので、踊りだけでなく歌もできないといけない、ということでまずは我流で歌を練習しました。


──どのような練習をされていたんですか?


藤 とにかく1曲でも多く歌えるようになろうと、先輩の歌手の方のレコードやカセットを買ってきて、踊りのバイトの後に毎日何時間もこぶしのつけ方を練習していました。そこから40年近く演歌歌手をやるなんて、当時を思うと信じられないミラクルです。

藤あや子 美しい人 WebLEON  野口貴司 小栗香織
PAGE 6

── その後どのようにしてデビューのきっかけをつかまれたんですか?


藤 その頃には旦那は上京してしまい、別居状態で仕送りもなかったので、昼は大曲(おおまがり)にできたばかりの「歌謡学院」というところで事務員をやり、夜は民謡の一座に出て、寝る時間もないぐらい働いていました。その歌謡学院は校長がディック・ミネさんで、講師に猪俣公章先生がいらしたんですけど、そこで生徒さんを募集するオーディションをやることになったんです。でも田舎で人が集まらないので、サクラで出てと頼まれました。


── オーディションでは何を歌われたんですか?


藤 父が大好きな川中美幸さんの『ふたり酒』を歌いました。そしたら猪俣先生から「あの子をスカウトしたい」というお話をいただいて。「東京に出てくる気はないのか?」と言われたんですけど「実は私、子供がいてまだ1歳なので、とてもじゃないですけども東京には出られないですし、歌手なんかとんでもないです。でも、お声がけいただきありがとうございます」とお伝えしました。

藤あや子 美しい人 WebLEON  野口貴司 小栗香織
PAGE 7

── めったにないチャンスだったと思いますが、お断りされたんですね。


藤 でも、その数カか月後に、先生がピアノでレッスンをする“直々レッスン”というビデオを発売するから生徒役で出ないかというお話をいただいたんです。「ちゃんとギャラも払うし、エアチケットもこっちで出すから」と先生に言われて、お金にもなるし、ラッキー!と思って(笑)。そこから5、6回上京して、生徒役とはいえ実際に猪俣先生に細かくレッスンしていただいたおかげで私は演歌を歌えるようになったんだと思います。


── ただ実際にデビューされたのは、そこから数年たった26歳の時なんですよね。


藤 やっぱりシングルマザーで上京して歌手活動をするというのは絶対に無理だと思ったんです。でも、24歳の時に猪俣先生が『勝ち抜き歌謡天国』という番組に「真奈美(藤さんの本名)、出ろ! そこで今の実力を試してみろ!」と言ってくださって。当時は秋田の民謡番組にも出ていたので、顔を売るためにもいいかなと思って出たら、あれよ、あれよと勝ち抜いて、同じ年の『日本民謡大賞』では特別賞がとれたんです。

藤あや子 美しい人 WebLEON  野口貴司 小栗香織

▲ ドレス(参考商品)/シャッツィ・チェン(シャッツィ・チェン インターナショナル リミテッド)、ネックレス133万1000円/ロイヤル・アッシャー(ロイヤル・アッシャー カスタマーサービス)、シューズ(スタイリスト私物)

PAGE 8

── やはり実力は本物だったわけですね。その後、スカウトもあったんですか?


藤 その『勝ち抜き歌謡天国』の後に数社のレコード会社の方が10日くらいかけて私の連絡先を調べて、「ぜひうちでやってほしい」と重たい羊羹を持って訪ねてくださったんです。お母さんと「うちの田舎の羊羹のほうがおいしいよね」なんて言いながら食べました(笑)。


── それでもデビューの話はお断りされたんですか?


藤 私も子育てをしながらごはんを食べていかなきゃいけなかったので、上京せず、地元で民謡を続けますと最初はお断りしていたんです。でもその中に、松田聖子さんを発掘されたCBS・ソニーの若松(宗雄)さんという有名な音楽プロデューサーの方がいらして。え! 百恵ちゃんのソニー!? と、そこで子どもの頃に憧れた百恵ちゃんとつながったんです(笑)。それで私、生意気にも「秋田に拠点を置いたまま、仕事がある時だけ東京に出るというやり方はできないですか?」と言ったら、「いいよ、いいよ」と言ってくださって。それで“村勢真奈美”という名前でデビューしたんです。

藤あや子 美しい人 WebLEON  野口貴司 小栗香織
PAGE 9

── 秋田と東京、いわゆる二拠点で活動をされてみていかがでしたか?


藤 1年間、出稼ぎ歌手をやったものの、それでは活動も限られるし、売れるわけがないですよね。実はちょうどその頃、五月みどりさんが私の田舎でディナーショーをやられるということで、前歌を頼まれたんです。そしたら、私が前座で歌った後に五月さんが出ていらっしゃった時のお客さんの歓声や盛り上がりがもう半端じゃなくて。当時、私も地元で人気が出てきた頃だったので、どこか自信があったんだと思うんですけど、いくら田舎でちやほやされていても東京で名前のある方にはかなわないんだなと痛感しました。


── それで東京に拠点を移す決意を?


藤 その時、父に「孫の面倒は自分が見るから、上京して中央の舞台に立って勝負しろ」と言われたんです。それは五月さんの件だけでなく、東京でなかなか売れずに歯がゆい思いをしている私に対して頑張れというエールだったんだと思います。自分としてももう崖っぷちだし、父がそこまで言ってくれるんだったらやるしかない!と思って、若松さんに「ちゃんと上京して事務所に入って、一からやります」とお伝えしました。

藤あや子 美しい人 WebLEON  野口貴司 小栗香織
PAGE 10

── 秋田での知名度や収入などの安定を捨てたうえで、覚悟の上京だったわけですね。


藤 おそらくあのまま秋田にいてもこれ以上成長しないだろうという気持ちもあったし、父がそこまで言ってくれて、子供もいる私をデビューさせてくれるという会社があるなら頑張ってみよう、父と母の夢だった芸能界に賭けてみようと思ったんです。


── そこから初めてのヒット曲『こころ酒』が生まれた時はどんな思いでしたか?


藤 うれしかったですね。ただ、私と娘をずっと支えてくれていた父はその頃には病を抱えていて、一番応援してくれていた父に、劇場公演やコンサートを見せられなかったのは本当に悔いが残っています。でも、夢にまで見た紅白出場を、病院のベッドで父に見てもらうことだけは最後に叶えることができて、それが最後の親孝行でした。


※次回に続きます。

PAGE 11
藤あや子 美しい人 WebLEON  野口貴司 小栗香織

● 藤あや子

1961年5月10日、秋田県生まれ。1987年に村勢真奈美の名前で『ふたり川』でデビュー。1989年に藤あや子に改名し、『おんな』で再デビュー。1992年には『こころ酒』が大ヒットし、第25回日本有線大賞を受賞。その後も『むらさき雨情』、『女泣川』などのヒット曲を多数生み出し、NHK紅白歌合戦に21回出場。“小野彩(このさい)”名義で作詞・作曲活動も行なっている。2022年にはデビュー35周年を記念して写真集『AYAKO FUJI』を出版し、その美しさも話題に。2024年には子宮体がんを公表。その後、復帰を果たす。今年は名古屋・御園座での『創立百三十周年記念 御園座新春特別公演』を成功させ、2025年に発売されたシングル『想い出づくり/小さな鐘の音〜ラ・カンパネラ〜』が2026年3月25日付の有線演歌・歌謡曲リクエストチャートにて再び1位を獲得するなど、デビュー40周年を来年に控え、さらなる飛躍を遂げている。また近年は保護猫活動のほか、乳児院や支援学校、福祉施設への支援活動にも積極的に取り組んでいる。

※掲載商品はすべて税込み価格です

■ お問い合わせ

シャッツィ・チェン インターナショナル リミテッド 03-6212-2878

ロイヤル・アッシャー カスタマーサービス 0120-407-957



こちらの記事もいかがですか?

PAGE 12

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう

Web LEONの最新ニュースをお届けします。

SPECIAL

    おすすめの記事

      SERIES:連載

      READ MORE

      買えるLEON

        美しい人、藤あや子。「百恵ちゃんに憧れた子供時代。実は『スタ誕』に出てアイドルになりたかったです(笑)」 | 著名人 | LEON レオン オフィシャルWebサイト