2026.04.21
戸﨑圭太が天才じゃなくてもトップジョッキーになれた「ベリベリ」シンプルな理由とは?
日本を代表するトップジョッキーのひとり、戸崎圭太さんが初の著書『やり抜く力』(学研)を発売。「ベリべリホース」の迷言で知られる戸﨑さんがJRA騎手としての栄光と挫折の半生を語ってくれました。
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文/牛丸由紀子 写真/椙本裕子 編集/森本 泉(Web LEON)

決して順風満帆ではなかったトップジョッキーの生き様とは
競馬と聞いて思い起こすのは、スタンドを埋め尽くす観衆の大声援と、彼らの夢を載せて疾走するサラブレッドの雄姿でしょうか。その美しきドラマの主役として手綱を握り馬を操る日本の騎手は中央・地方競馬合わせて約420名。
なかでも10年以上にわたって中央競馬でトップランクに位置し続けているのが戸崎圭太さんです。最初は地方競馬の騎手として活躍し、その後より高額の賞金を競う中央競馬へと進出すると最高の格付けであるG1制覇はもちろん、3年連続で年間最多勝利数を上げリーディングジョッキーに輝き、以後も常にリーディングトップ10内に位置しています。
まさに日本を代表するトップジョッキーとなった戸﨑さんですが、今年3月に初の著書『やり抜く力』(学研)を発売、その中では中央競馬移籍の不合格や、引退を考えるほどの大怪我やスランプなど、順風満帆ではなかったトップジョッキーの生き様が自らの言葉で描かれています。
実はまったく競馬との接点のなかった戸﨑さんが、いかにして騎手のトップに上り詰め、現在地を維持するため、日々何を大切に過ごしているのかなど、たっぷり語っていただきました。
万年補欠の野球少年が、初めて知った競馬の世界へ
── 戸﨑さんは子供の頃、実は野球少年だったそうですが、もともと運動神経はよかったのでしょうか?
戸﨑圭太さん(以下、戸崎) スポーツがとても得意というよりは、何でもそつなくこなすというタイプでした。当時は夜テレビをつければ必ず野球をやっていたように、子どもたちにとって野球は人気のスポーツ。小学校のクラブで野球部に入り中3まで続けました。
── ところが、実は万年補欠だったと聞いてびっくりしました。
戸﨑 ひたすら目の前にあるやりたいものを続けていたという感じだったんです。補欠でもとにかく楽しかったので、ずっと続けられたんでしょうね。

── それが中学3年で初めて競馬という存在を知って、競馬学校へと入学するわけですが、そのきっかけとは?
戸﨑 ずっと野球を続けていたので、やっぱり夢はプロ野球選手。でもずっと補欠だという現実に、プロなんてやっぱり無理だろうとようやく冷静に思うようになるわけです。じゃあ普通に高校受験しようかとまだフワフワした気持ちの時に、ある方の紹介で初めて競馬というものがあることを知りました。
馬に乗って走る姿がまず単純にカッコいいと思ったし、騎手は僕みたいに体が小さくてもいいし、何なら小さい方がいいと。体を動かす仕事がしたいと思っている自分にとって最高の職業だと思いました。だからその時はもう迷いもなく、一気に競馬の世界に行こうと舵を切りました。
── 著書の中でもあらゆる局面において、自分がやりたいと思うものを見つけたら、とにかくチャレンジしてみると書かれていました。人によっては、初めての世界に踏み込む前に、本当にこれでいいのかと、慎重に悩む方も多いと思います。
戸﨑 確かに知らない世界なら、事前に調べたり勉強したりする方がいいかもしれません。でも僕はやる前にいろいろ考えてから進むというよりは、常に何か降ってきたらそっちに進むというタイプ。今こうやって結果を出せているのは、自分にとってはそのやり方がうまくいっているのだと思います。
日本が誇るトップジョッキーには、プライドも自信も必要ない
── 最初は地方競馬で頭角を現し、初騎乗から7年で中央競馬に転籍。その後も着実に実績を重ね、2014年から2016年まで3年連続で年間最多勝、いわゆるリーディングジョッキーとなり、けがの影響があった2020年以外は常に10位以内をキープ。昨年も2位の成績を収めています。これだけの成績を残しながら、自信やプライドは持たないと著書に書かれているのが意外でした。
戸﨑 持たないというより、プライドも自信もないと言った方がよいかもしれません。それ何? というか、まったく理解できないんです。だから自分にとっては、自信もプライドも邪魔なものと思ってしまう。もちろん、強い信念でプライドを持っている方は素晴らしいと思いますが、僕にはないんです。
── どんな状況でも、常にフラットな感覚でいるということでしょうか?
戸﨑 そうですね。フラットだと思います。一喜一憂もあまりしないですし、淡々と人生を歩んでいる感覚はあります。でも僕にはそれが合っていると思うのです。

── アスリートというと毎レースに勝負をかけている、ある意味勝負師。普通の人よりフラットになりづらいように感じます。何かモードが切り替わるような感じなのでしょうか?
戸﨑 もちろんひとつのレースに勝ち負けはありますが、改善点や反省点を考えることはあっても、そんなに深く追い求めない。ドライではあると思います。
やっぱりそれは、競馬というのがたくさんのレースが行われているスポーツだからでしょうね。中央競馬だと毎週土日、1日12レースが開催されます。そのすべてに出ることもありますから、1レースごとに気持ちを切り替えなくてはいけません。コンスタントにレースがあるからこそ、一喜一憂することなく一つひとつのレースに力を込めて臨むことができているのだと思います。
だから4年に一度しか試合がないオリンピック選手は、僕には絶対無理です(笑)。毎週たくさんのレースがあるから切り替えられるけれど、4年に1度なんて多分心臓はもう喉から出て、メンタルも崩壊しちゃうと思います(笑)。
華やかなG1よりも、目指すのは日々の勝利が生み出すリーディング
── 競馬をあまり知らなくても、日本ダービーや有馬記念など、賞金も出走馬もトップクラスの競馬界最高峰のレース「G1(ジーワン)」は聞いたことがあるかも。でも戸﨑さんが目指しているのは、そういった華やかな重賞レースでの勝利よりも、その年どれだけ多くレースで勝利を得たか、いわゆる勝利数1位、リーディングを目指していると常に明言しています。その考えはどこからきているのでしょうか?
戸﨑 ジョッキーになった時から、リーディングを取るという強い思いでやってきたのでそれが身体に染み込んでいるのです。もちろん2024年の皐月賞や有馬記念などG1で勝った時はうれしかったです。注目もすごく浴びますしね。
── たしかに昨年ドバイのシーマクラシックでは、優勝後のインタビューで放った「ベリベリホース」(※)のひと言で世界的に有名になりました。
戸﨑 本当にあのひと言で皆さんに覚えていただけて良かったです(笑)。でもG1は年に数回だけですから、次の日になれば終わったこと。バーンと大きいところで勝ってうれしいというよりも、コツコツと毎日勝利を重ねていく方が自分は楽しいんです。そういう意味でリーディングを目指す方が、僕の性に合っていると思っています。
※2025年のドバイシーマクラシックをダノンデサイルで制した戸﨑騎手が、直後の馬上インタビューを英語で受けた際、「Very Very Horse」という迷コメントを発し、これが大受け。「ベリベリホース」は昨年の競馬界でナンバー1の流行語になった。

── でもそれこそモチベーションを継続していく大変さがあるような気がします。毎回毎回とにかく勝つという、気持ちの強さはどんなところから?
戸﨑 もともとの自分の性格かもしれません。ひとつの決めたことに対してとことん突き詰めることはどんなに苦しくてもやり通せるのです。ただ決まったものならできるのですが、ちょっと違った道を行くことができない。実は外食に行ってもいつも同じものを頼んじゃうんです。冒険ができないんです(笑)。
子どもの頃も補欠なのにずっと野球を続けていたように、自分で決めたレールの上ならどこまででも突っ走れるタイプなんだと思います。
馬への的確なアプローチがレースの結果を導く
── 毎年約800騎乗と年間騎乗数もトップクラスですが、戸﨑さんにとっては毎回のレースで見える景色が違うのでしょうか?
戸﨑 やっぱりレースごとに馬が違うので、その馬との感触は一つひとつ皆違います。そこにうまくアプローチできれば、馬も伸び伸びと気持ちよく走ることができて、レースの結果につながっていく。それがすごく楽しみで、まさに馬の上にいることに幸せを感じているんです。
── 自分のレースではあるけれど、自分だけではないレースだからこそ楽しいということですね。
戸﨑 そうです。競馬は騎手だけではなく馬もいてこそ。レース展開もその時によって違うので、自分はもちろん、見ている方にもレースごとにおもしろさがあると思います。
── 馬にうまくアプローチして一体になれる感覚が、レースの結果になるということですが、馬との信頼関係を築くためにはどんなことをしているでしょうか?
戸﨑 初めて乗る馬も多いので、その場合はまず馬に寄り添って「どう考えているの?」「気持ちよく走るにはどうしたい?」と問いかけたりして、背中や手綱から馬が伝えようとすることを感じ取るようにしています。騎手によってそのやり方はいろいろだと思いますが、こちらからこうだよと伝えることは僕はあまりしません。感覚としてですが、馬の声を聞くことを大切にしています。

勝ち負けよりも馬と親友に。大けがをして気づいた馬との関係
── 馬は繊細で頭もいいと聞きます。そうやって接していると、最初から意思が通じるものなのでしょうか?
戸﨑 それはなかなかできなかったです。しっかり乗ることに一生懸命になるあまり余裕がなくて、これまでは馬のことを考えられていなかったと思います。でもやっと最近、馬との意思疎通ができるようになった気がするのです。きっかけとなったのが、2019年のJBCレディスクラシックでの落馬事故です。
── あの時は右肘の骨が皮膚を突き破ったほどの大けがだったそうですね。復帰も危ぶまれたと聞きました。
戸﨑 正直自分自身も、もうダメかもしれないと思いました。特に右腕の神経が損傷していたので、握力も下がってしまいました。それでも療養とリハビリを重ねて半年後に復帰したのですが、以前のように手綱は握れないので、引っ張らずに馬を操れるようになろうと試行錯誤しました。
そのためには、より繊細に馬を感じてより的確なアプローチすれば、馬の気分を損ねずに済む。勝ち負けよりもまずは馬と親友になろうと。それができると、自分の力もより発揮できると気づくようになりました。
── 馬とのやり取りの中で、ご自身でこのレースはうまくいけるという感覚があったりするのでしょうか?
戸﨑 ありますね。例えばレース前に“返し馬”という準備運動をするのですが、その時に体調や調子の良さを感じると、やっぱりいい走りをすることが多いです。逆に元気のなさを感じる時はなるべく気持ちを高ぶらせて、今日は頑張ろうよと徹底的に馬とのコミュニケーションをとっていきます。
── 毎回違う馬と駆け引きというか問いかけをしているのは、競馬ならではですよね。
戸﨑 その駆け引きを自分の手のうちに入れるのが、騎手の技術なんだと思います。

▲ 騎手姿の戸﨑さん。写真はご本人提供。
── 馬と深いところで繋がっていくには時間もコミュニケーション能力も高くなくてはいけない。
戸﨑 やっぱり経験が必要だと思います。寄り添って失敗して、また寄り添っては失敗して、だんだん馬の気持ちを感じてくるものがあるかなと思います。
僕はもともと何でも本能的に生きているので、動物的な感覚は強いのかもしれません。ただ馬とはできても、妻との意思疎通はそこまでうまくできていないような気がするんですが(笑)。
※後編に続きます。

● 戸﨑圭太
1980年栃木県生まれ。1998年、南関東・大井競馬で騎手デビュー。2008年から2012年まで5年連続で南関東リーディングジョッキーを獲得する。2011年にはリアルインパクトで安田記念を制し、中央GI初制覇。2013年にJRAへ移籍すると、翌2014年から3年連続でJRAリーディングジョッキーに輝いた。2016年には特別模範騎手賞を受賞。2025年4月、ドバイで行われたドバイシーマクラシックを制し、海外GI初勝利を達成。その際に放った「ベリベリホース」という言葉が話題に。同年は2年連続6度目のMVJや東京競馬記者クラブ賞を受賞するなど、輝かしい1年となった。

『やり抜く力』
波乱万丈の騎手人生を通じて身につけた「戸﨑の生き方・考え方」とは? 勝負師の極意はもちろん、あの名馬とのエピソードやあの名言の誕生秘話も満載。決してエリート街道を歩んできたわけではない著者だからこその、勝つための「思考法」とは? 本書が戸﨑圭太初の著書となる。
価格/1760円(税込) 発行/Gakken
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