2026.03.21
田口トモロヲ「東京ロッカーズ。なぜ彼らの物語が知られず、語られないのか。なら僕が!」
1970年代の後半、日本のロック・シーンに大きな影響を与えたムーヴメント「東京ロッカーズ」。その主役であり、当時日本で初めてパンクロックを自分たちの手で生み出した若者たちのドラマを俳優の田口トモロヲさんが『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』として映画化。自ら監督を務めてまでやりたかったこととは?
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文/木村千鶴 写真/内田裕介 編集/森本 泉(Web LEON)

1978年。わずか1年の間に、その後のロック・シーンに大きな影響を与えたムーヴメントがありました。それを起こしたのは当時日本で初めてパンクロックを自分たちの手で生み出し「東京ロッカーズ」の名のもとに結集した若者たち。
メジャーしかなかった世界にインディーズというスタイルを生み出し、自主レーベルを立ち上げ、着席が常識だったライブにオールスタンディングを導入、数多のバンドが集うロック・フェスを開催して音楽業界に風穴を開けました。
ただこの話、なぜか音楽史の中に埋もれてしまって、今ではほとんど語られることがありません。そのことに納得がいかず、「これは自分が伝えるしかない」と決意したのが「プロジェクトX」でも知られる俳優の田口トモロヲさん。自ら映画を作ってしまいました。
彼らは日本のロックシーンの開拓者なのに、忘れられすぎなんじゃないか
── 10年ぶりの監督作品となった『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』 ですが、まずはどんな物語なのかお聞かせください。
田口トモロヲさん(以下、田口) 1970年代終盤から80年代の、アンダーグラウンドな音楽シーンを写真と共に記録した、『ストリート・キングダム』(地引雄一著)というドキュメント本がベースになっています。そこには日本に「インディーズ」が生まれた頃の若者たちの熱い生き様が記録されているのですが、その中心にいた「東京ロッカーズ」(※)の人たちを、実話をベースに青春音楽映画として物語にしたのが今回の映画です。
近年ロックフェスが盛んで、ロックがカルチャーとしても産業としても、日本に定着しているんだなと思います。以前は日本のロックって、メジャーかマイナーしかなく、バンドが生き延びていくにはメジャーになるしかなかったのです。今では“インディーズ”という言葉が普通に使われて、オリジナルの自由な表現ができるようになっていますが、この『ストリート・キングダム』に出てきた人たちこそが、開拓者なんだと思っています。
※東京ロッカーズ 自身ミュージシャンでありプロデューサーでもあるS-KEN氏が1970年代後半に六本木の貸しスタジオ「S-KENスタジオ」で定期的に行っていたギグを中心として活躍していたバンドの総称。1979年に発売されたアルバム「東京ROCKERS」にて取り上げられた、FRICTION、LIZARD、MIRRORS、Mr,KITE、S-KENの5つが代表的なバンド。新宿ロフトなど東京の他に関西、九州などでもギグを行った。

── 原作となった地引雄一さんの著書『ストリート・キングダム』とはいつ頃出会ったんですか?
田口 2015年頃に読みました。地引さんは登場する若者たちのカメラマン兼マネージャーだったのですが、彼らを描いた文と写真には最高のドキドキとワクワクが詰まっていました。何より僕にとってジャストの季節を描いているドキュメント作品だった。でも出てくる人たちのことは一般的にまったく知られていないし、今、語られていないんです。そのことに愕然として。
彼らは日本のロックシーンの開拓者なのに、忘れられすぎなんじゃないかと、これはもう自分が伝えるしかないなというのが、この映画が誕生するきっかけでした。
── 当時、田口さんは20歳前後。ご自身も80年代にはパンク・バンドの「ばちかぶり」を結成して活躍されましたが、この頃はまだバンドを組む前ですね?
田口 はい、まだ組んでいません。『東京ROCKERS』(79年)のライブレコードが出た時、すぐに買って衝撃を受けたんです。何か新しいことが始まっているけど自分はどうするんだ? と。自分たちの“好き”を全部詰め込んで音楽を作るという構造は、メジャーではなかったもので、僕らは、技術がなくても自分が面白いと思えることをやっていいんだっていう許可を、パンクにもらったっていう世代です。そして僕は音楽を始め、漫画を描き、役者をやるようになった。僕がこの世界に入ったのはパンクや東京ロッカーズの影響が大きいです。

── 著書を知ってから映画化までに時間がかかっているようですが、映画化は簡単なことではなかったですか。
田口 大変でした! 2015年に企画を立ち上げて、その時に地引さんからの許可を得て、脚本は自身でもバンドをやっている宮藤(勘九郎)くんにしか書けないだろうと思って、秘密裏に、個人的なお願いをして。彼もこの『ストリート・キングダム』を知っていたので、リスペクトを込めてドキュメント性の高い脚本に仕上げてきてくれました。
その後出演者も含めていろいろ交渉などもしていたんですが、まったく食いつきがなかったんですよね。
── なぜ皆さんが食いついてくれなかったんでしょうか。
田口 世代が違うと描かれている内容に説明がないとまったくわかってもらえなかったんです。実際こういう人たちがいたというふうに捉えてくれない。こんなに理解されないんだと逆にショックでした。自分ってなんてマイナーなんだ!って(笑)。
そこから試行錯誤と変更と迷走を繰り返していくうちに、「彼らをベースにして、物語として一つひとつ立ち上げないと理解してくれないんだ、世の中は」と知ったんです。

東京ロッカーズのDIY精神に感化されていく若者を見て、このスピリットは伝わると確信した
── 現代と当時では、若者の価値観なども違うのでしょうか?
田口 物理的には今の方が恵まれているとは思います。けれども、若い時って今も昔も同じなんじゃないかな。自分が何者でもない時代って、何ができるのか、何になりたいのか、それすらも発見できないんですよね。映画の中の彼らの場合は、世界同時多発的にパンクというムーブメントが来て、そこで「これはできるぞ!」と自分の好きなことを発見できましたけど、多くの人がそれが見つからずにもがき苦しんでいるということは、今も昔も一緒です。
── なのに、なぜ彼らの物語は伝わってこなかったのでしょう。こんなに情報がたくさん溢れる世の中で。
田口 きっとビジネスじゃなかったからなんでしょう。もしかしたら今の人たちは「これやっても食えないでしょ」みたいな、ちょっとクールな感触があるのかもしれない。でも、無償で無垢で純粋な気持ちだったからこそ、当時のファンや僕には響いたんです。
── 新しいムーブメントが起こる時の興奮、そこに立ち会えた高揚感とか熱みたいなものには、今の人にも共感される要素があるんじゃないでしょうか。
田口 もちろん、今の若者が演じて、今の人に観ていただくわけだから、そこに響かないと映画作品として意味はないと思っています。そこは苦心しました。考え尽くしました。

── そのために、例えば脚本の宮藤さんや出演者の方に要望を伝えることも?
田口 宮藤くんは自身もバンドを組んでいますから、ライブシーンやバンドメンバーのことなどもきちっと描いてくれています。ただこの作品は、いつもの宮藤くん自身の「宮藤節」ではないと思うんです。この世界観を理解してくれて、僕がやりたいことを受け止めてくれたと思っています。
俳優陣には資料や映像、音源をお渡しして学習していただいて、あとは衣装合わせなどで会う時に、僕が見てきたシーンをしゃべって伝達するという形で世界観を共有しました。皆さんプロですから。今の人たちが過去の話をやる“意味”を考えると、彼らがどう解釈するかがとても大切で、そこは“生かす”という、だいたいいつもそういうやり方です。
── 田口さんの持つ世界観を表現してもらうのではなく、役者さんと田口さんがそれぞれに感じたものをすり合わせていくような形だと。
田口 そうですね。お互いプロフェッショナルなんで(笑)。勉強してくることが前提ですから「見せてそれを! いろいろ学習してきたものを見せて!」って気持ちで見て「あぁ、いいね!」って、そんな感じです。
── その情熱に応えてくれたキャスティングも凄く魅力的でした。
田口 僕の映画に峯田(和伸)くんは欠かせません。彼は信頼すべき表現者だし、彼の演技は嘘がなくて映画を見ている人の魂に響くんです。モモ役の若葉(竜也)君は強い意志と繊細さの間で揺れ動くモモの両面性を出してくれました。彼は見ている人が共感する芝居ができる人ですね。
俳優の皆さんは全員、自分が演じる人物にすごく興味を持ってくれて、本人に負けないように魅力的に演じてくれました。本当にベストな配役、キャスティングとスタッフィングができたと思っています。

── 映画ではあの時代の空気や背景がよく再現されていると感じましたが、セットやロケ地で苦労した点は?
田口 あれは美術さんが作るよと言ってくれたので、僕は「マジっすか? いいんすか? やったー!(笑)」って感じで作ってもらったんです。
このシーンを知らない若いスタッフさんも、自分たちでオリジナルなものを作っていた東京ロッカーズの当時の資料に刺激を受けていました。「こんなに自由で面白いんだ」とどんどんのめり込んでくれて、自主的にレコードやフライヤーに至るまで、実際にあったものを忠実に再現してくれています。東京ロッカーズのDIY精神に感化されていく彼らの姿を見て、新しい世代にもこのスピリットは伝わるんだと確信が持てました。
── 思い入れのあるシーンはありますか。
田口 全部です。僕の場合、脚本的にほぼ全部が山場なんですよね。まだ4本しか撮ってないんですけど、何故かそうじゃないと納得できないというか。「もう少し休むシーンがあってもいいんじゃない?」と言われたりするんですけど(笑)。

技術がなくても、とにかく“好きパワー”で先に進んでいく
── 田口さんは今でこそ「プロジェクトX」の方というイメージが強いですが、これまでにいろんなお仕事をされてきました。俳優、声優、ミュージシャン、監督以外にも若い頃はエロマンガ家まで(笑)。それらは常に、ご自身で選んでされた仕事ですか? それとも成り行きで?
田口 僕は比較的恵まれていて、やりたいこと、好きなこと基準で仕事を選べた、それはラッキーでした。自分の活動のきっかけになったのって、パンクと、もうひとつがアングラ(演劇)なんですが、世の中にはこんなに自由ですごく面白い人たちがいるんだって知ってショックを受けたんです。おかげでやり方は自分で発明すればいいんだってわかったし、芝居だって劇場が借りられなければテント張ってやればいいし。
だったらまず行動をするかってことで、下手くそだったりとかしましたけど、バンドを組んだり、出版社にマンガを持ち込んだりして。
── ちょっとエッチなマンガを描いたのは?
田口 いや~、好きなことで生業を立てたいと思って普通のマンガを描いてアンダーグラウンドの出版社に持ち込んだら、「エッチなものを描いてきたら載せてあげるよ」って言われたんで、描いて持って行ったらすぐに載せてくれたんです(笑)。
── とはいえエロの方が、より難しいと思うんですが。
田口 そこはマンガが好きだから学習できるわけですよ。先人のそういう本とか官能劇画を読み尽くして、自分の好きなことを、自分ができる形で。演劇もそうだしバンドも、決して技術があったわけじゃなくて、とにかく“好きパワー”で先に進んでいく。それでたくさん失敗もしましたが(笑)。

── では“自分の本業は何か”などは考えずに、生き方に合ったものを自身で選んできたのでしょうか。
田口 そうですね、あとは世間が「この人はこうなんだ」って決めてくれるじゃないですか。俳優だ、ナレーターだって。それは全然否定しないし、「あっそうなんだ」って思っています。
── 「プロジェクトX」も、“田口さんと言えば”というくらい世間にイメージが定着しています。
田口 「プロジェクトX」のおかげで、わけのわからない俳優がすごく好感度の高いナレーターのように言われるようになって(笑)。自分としてはやっていることはこれまでと変わらず、できることや興味のあることをやっているだけなのですが、それが評価されるのは本当にありがたいことです。
── 今後もそのスタイルを貫いていかれますか?
田口 いや、もう年寄りなので(笑)。今はこの作品が、観にきてくださるお客さんにどう捉えられるか、どう受け入れ解釈されるのかってことにドキドキしています。観てくださる方にも彼らのスピリットが伝わったら良いなと思っています。

● 田口トモロヲ
1957年生まれ、東京都出身。俳優歴/1978年「発見の会」で演劇デビュー。映画『俗物図鑑』(82/内藤誠監督)で映画デビュー。89年『鉄男』(塚本晋也監督)で主演。以降、映画・ドラマ・舞台と幅広い作品に出演。近年の出演作に「サンクチュアリ-聖域-」(23/Netflix)、「忍びの家 House of Ninjas」(24/Netflix)、『嗤う蟲』(25/城定秀夫監督)、『片思い世界』(25/土井裕泰監督)等。「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜」(NHK)、「洋楽主義」(WOWOW)でナレーションを担当中。音楽歴/82年「ガガーリン」を経て、84年「ばちかぶり」を主宰。監督歴/『アイデン&ティティ』(03)でデビュー、『色即ぜねれいしょん』(09/新藤兼人賞銀賞)、『ピース オブ ケイク』(15)を手がけた。

『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』
今からおよそ半世紀前の1978年。パンク・ロックの始祖、セックス・ピストルズが解散したその頃、東京の片隅で“何か”が静かに芽吹こうとしていた。その“何か”とは、スマートフォンもSNSも存在しない時代、自分たちの音楽を、自分たちの手で届けようとした若者たちのムーブメント。楽曲も録音スタジオもレコードもすべて自分たちの手で創り、新しい道を切り開いていく【D.I.Y.】のスピリットと革新的な手法。彼らの音楽が巻き起こしたムーブメントはやがて「東京ロッカーズ」と呼ばれ、音楽業界に風穴を開け、メジャーしかなかった世界に<インディーズ>という新しいスタイルを生み出していく。
監督/田口トモロヲ、原作/『ストリート・キングダム』(地引雄一著) 、脚本/宮藤官九郎、音楽/大友良英、出演/峯田和伸、若葉竜也、吉岡里穂、仲野太賀 間宮祥太朗、中島セナ、大森南朋、中村獅童ほか
3月27日(金)全国ロードショー
企画製作・配給/ハピネットファントム・スタジオ
©2026映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』製作委員会














