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2018.11.13

仮想通貨交換所は、生涯最大の乱高下投資に【vol.03】

シンガポールを拠点にアジアを巡るエンジェル投資家、加藤順彦ポールさん。この10年、東南アジアを中心に活動した中で得た、投資の知識や処世術、そして関わる人たちとの熱いドラマを展開します。

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文/加藤順彦

コンタクトレンズを手掛けるためにシンガポールへ

2003年2月、僕は新法人を設立登記するためにシンガポールに初めて行くことになりました。その端緒は当時GMOインターネットの子会社社長だった廣末紀之さん。

ネタとしては、今の言葉に翻訳すると「日本の消費者向けコンタクトレンズの越境EC会社LENSMODEをシンガポールに設立するので力を貸してほしい」ということでした。

何故シンガポールから日本までわざわざコンタクトレンズを送る必要があるのか、あたりからちんぷんかんぷんではありましたが、ともあれ僕は廣末さんを介して、事業の起案者である楢林さんにはじめてお会いし、その企図を伺いました。

そしておぼろげながらも直感でアイデアはかなりイケてるはずと確信し、この船に乗ろうと決めたわけでした。つまり僕がいまシンガポールにいるのは廣末さんの御縁が故なのです。

ふとしたきっかけでビットコイン事業に参画

互いに時が経ち……「マウントゴックス事件」の3か月後の2014年5月、ビットバンク(設立時の社名はビットチェック)を開業するにあたって、廣末さんから何度かビットコインについての説明をきいても……あんまよくわかってなかった僕でしたが、元来ちょっといかがわしい商売のほうが好きなこともあり

■ LENSMODEを紹介してくれた廣末さんが言ってるんだから、面白いはずだ(=筋が良いに違いない)。
■ マウントゴックス事件のことをマスコミをはじめ世間様が総叩きにしているのは実に面白い現象だ(=なにかあるに違いない)。
■ 仮想通貨自体よくわからないので、ルールが整備されたり、業界団体が出来たりするまでは、大手企業は参入してこないだろう。

という感情と理屈から、僕はビットコインの会社を廣末さんとご一緒することに手を挙げる、ことにしたのでした。

僕がシンガポール移住以降に関わった会社は9割がた本社をシンガポールに置いているので、本社はシンガポールにしようと、メリットを挙げて提案したのですが、廣末さんは「このビットコインの会社は東京でなくてはならないんです。日本の表通りを、一丁目一番地を正々堂々と歩ける会社にしないと駄目なんです」と頑なに譲りませんでした。これは省みるに大正解だったと思います。
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仮想通貨バブルが一瞬にして到来

その後、昨年2017年の夏あたりからいわゆる仮想通貨バブルが日本が世界の中心となって起こり、年末にかけては前代未聞の高騰があり……。

本年2018年1月末には「コインチェック事件」で史上最大規模の大盗難事件(未解決)が発生したのは、皆様のご記憶の新しいところではないかと思います。

そんな過程で、僕と廣末さんはビットバンクの経営の場を数百時間、共に過ごしてきました。廣末さんはスピード経営、朝令暮改が求められがちなスタートアップの世界のなかにあって我慢強い人、冷静で慎重な人です。せっかちな僕ならば耐えられないようなことを(柿が落ちるのを待つかのように)いくつも耐え抜いて凌ぐさまを、この目で見届けました。

光のごとく進化の早い仮想通貨業界のなかを、先を往くランナーの背中をしっかり観つつ、ときに距離をおき、ときに距離を詰めて走れるのです。僕は彼を通じて多くのことを学びました。挙げきれないくらい様々なことを体験したのです。

金融庁から業務改善命令が……

この8月30日、僕は創業以来4年4か月務めたビットバンク株式会社の取締役を退任いたしました。

これは6月22日に発令された金融庁からのビットバンクに対する業務改善命令に対する、同社の業務改善計画……とりわけコーポレートガバナンス強化策の一環であります。

ビットバンクは僕らの手弁当で始めたベンチャー企業でしたが、これより先は金融機関としての管理体制も世間様から観てもしっかりとしていなくてはなりません。

これまでそういった自覚がなかったわけでは決してありません。しかしながら、僕と廣末さんは20年に及ぶ深い友人・仲間なのは事実です。経営と執行の分離や業務の管理体制の見直しに際し、先ずは意思決定機関である取締役会の刷新が求められたのは当然ともいえる、と納得しています。

エンジェル投資を始めて22年、70社を超えるスタートアップに参画してきましたが、振り返ってみても、こんな凄まじい周辺環境の乱高下は生涯ないだろうなぁ、とも感じています。今後は一株主として同社の経営を見守ってまいる所存です。
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人生を変えた23歳の青年からの一通のメール

Skype英会話会社ラングリッチに役員として通いだして4か月経過した2012年の正月3日、一通のFacebookメッセージが見ず知らずの23歳の若者から届きました。

「初めまして。失礼を承知して連絡差し上げました。申し訳ありません。私、現在楽天一年目でエンジニアをしております、三原弘之と申します。

突然の連絡ですが、結論から申し上げますと、加藤様の横で可能であればインターンをさせて頂けないかと考えております。将来和橋になって日本をよくしたいと小さい頃から漠然と考えてきた私にとって、加藤様のビジョン・やられている事は衝撃で、大変心に響きました。~中略~ 

費用は全て自分で出しますので、加藤様の側でお仕事をさせて頂けないでしょうか。鞄持ち、掃除、その他雑用全て行います。突然の連絡で大変失礼なお願いをしてしまい、恐縮ですが、もしお時間ありましたら、何卒ご検討の程、宜しくお願い致します。」 

僕の元にはアジアでの起業を志す老若男女……わりと幅広く様々な連絡があります。で基本的に僕はそういった方とはできるだけお会いすることにしてきました。しかしここまで思い詰めて連絡いただくことは稀でした。

そして僕は三原さんに4月からセブを拠点とする、ラングリッチの運営を行ってもらうことにしたのです。セブ島に移った三原さんは業務においても語学においても、予想をはるかに上回る大活躍・大成長をしたのですが、起業への思いが堅く、ほどなく海外起業すべく退社しました。
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臥薪嘗胆を経て大成へ

2014年の夏、二度の起業につまずき、日本への帰国を検討しているという三原さんに声をかけました。「ビットコインって知ってる?」。それを機に、彼はビットバンクに第一号社員として合流することになりました。

三原さんはいまや数冊の専門書を上梓するようなビットコイン/仮想通貨取引のエキスパートとなる傍ら、60名を超える大所帯となったビットバンクにて、日々の膨大な業務の執行をCOOとして支えています。 

ほんで僕は細い眼をより細め、期待をもって彼らを眺めているのです。

● 加藤順彦ポール(事業家・LENSMODE PTE LTD)

ASEANで日本人の起業する事業に資本と経営の両面から参画するハンズオン型エンジェルを得意とする事業家。1967年生まれ。大阪府豊中市出身。関西学院大学在学中に株式会社リョーマの設立に参画。1992年、有限会社日広(現GMO NIKKO株式会社)を創業。2008年、NIKKOのGMOグループ傘下入りに伴い退任しシンガポールへ移住。2010年、シンガポール永住権取得。主な参画先にKAMARQ、AGRIBUDDY、ビットバンク、VoiStock等。近著『若者よ、アジアのウミガメとなれ 講演録』(ゴマブックス)。

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