2026.08.14
【第52回】
エスプレッソの底に残った甘い砂糖はスプーンですくって舐めるのが正統派⁉ イタリア流バール文化の知られざる流儀とは?
世界が急速に繋がって、広い視野が求められるこの時代に、イタリア生まれのフード&ライフスタイルライター、マッシさんが、日本人とはちょっと違う視点で日本と世界の食に関する文化や習慣、メニューなどについて考える連載です。
BY :
- 文/マッシ
- CREDIT :
写真/スガイ マッシミリアーノ 編集/森本 泉(Web LEON)
「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)でおなじみのマッシさんが今回お話してくれるのは、イタリア人のコーヒーの楽しみ方について。エスプレッソを立ち飲みするバール文化は如何にして生まれたのか? バールとカフェと喫茶店と違いとは?

▲ 日本のカフェも魅力がたくさんあって、細かいところまで可愛さを感じ癒されるマッシ。
バールは街の住人一人ひとりの「日常」という名の劇場
イタリアの朝は、エスプレッソマシンのステンレスがぶつかり合う金属音と、深煎り焙煎されたコーヒー豆の芳醇な香りで幕を開ける。朝食はカウンターで立ちながら一杯のエスプレッソをサッと飲み干し、新聞に目を通し終えたら、バリスタと昨夜のサッカーについて熱弁を振るい、満足した頃に街へ飛び出していく。これが、僕たちが愛してやまないイタリアのバールでの過ごし方だ。日本でもよくある、「カフェでまったり、ゆったり」「一人で読書タイム」のスタイルと少し違うかもしれない。
ここまで読んだあなたは、ふと疑問に思ったことはないだろうか。「カフェとバール、どちらが先にできたの?」と。両者のルーツを紐解くと、日本人には意外すぎる文化の違いと、イタリア人の「日常を愛でる美学」が見えてくる。

▲ イタリア現地の一般的なバールでは、まるで家にいるかのようにくつろげる。
イタリアを訪れた日本人がまず戸惑い、そして徐々に魅了されていくのが、バールの「立ち飲み文化」だ。ゆったり腰を下ろしてコーヒーを味わう日本の喫茶店スタイルに慣れていると、カウンター越しに最速で差し出される小さなカップを、立ったままクッと煽って数分で店を去るイタリア人の姿は、どこか殺伐として見えるかもしれない。
しかし、それこそが大きな誤解だ。このわずか数分間、幅数十センチのカウンターの上で、豊かな人間模様と社交が繰り広げられている。店主は常連客がドアを開けた瞬間に「いつもの」を用意し始め、隣に立った見知らぬ客同士が政治からお互いの家族のことまで軽やかに語り合う。近所の老人はトランプの手を止めずにグラッパを舐め、ビジネスマンは立ち話のまま大きな商談をまとめていく。バールは単にカフェインを摂取する場所ではなく、街の住人一人ひとりの「日常」という名の劇場なのだ。
「エスプレッソマシーン」と「産業革命」がバール文化を作った⁉
では、この「立ってサッと飲む」スタイルはいつ生まれたのだろうか。結論から言えば、歴史的に先に存在したのは「カフェ」だ。
コーヒーという未知の飲み物がエチオピアやオスマン帝国(トルコ)を経て、貿易港ヴェネツィアに持ち込まれたのは17世紀のことだ。当初は「イスラムの悪魔の飲み物」と恐れられた黒い液体だったが、教皇クレメンス8世がその香りと味わいを気に入り、洗礼(祝福)を与えたことで、一気にヨーロッパ全土へ広まった。オーストリアのウィーンなどで独自の喫茶文化が花開いたのもこの時期である。

▲ イタリア人に欠かせないエスプレッソ。
18世紀から19世紀にかけてイタリア各地に登場した「カッフェ(Caffè)」は、現在のバールとは似ても似つかない空間だった。ヴェネツィアの「カッフェ・フローリアン」やローマの「アンティコ・カッフェ・グレコ」が当てはまる。重厚なヴェルヴェットのソファ、鏡張りの壁面、豪華なシャンデリア。そこにつどっていたのは、貴族や詩人、哲学者や政治家といった知的なエリートたちだ。彼らは何時間も椅子に深々と腰掛け、一杯のコーヒーを片手に文学を語り、思想を深め、革命の議論を戦わせた。かつてのカッフェは、高尚な教養人たちの「ハイソサエティな社交サロン」だったのである。
この優雅なサロン文化が、なぜ現在のようなスピード感あふれる「バール」へと変貌を遂げたのか。そこには2つの劇的な変化が存在する。
一つ目の革命は、20世紀初頭にイタリアで発明された「エスプレッソマシン」だ。高い蒸気圧をかけて短時間で一気に濃厚な液体を抽出するこの機械の登場により、注文を受けてからわずか20秒〜30秒で一杯のコーヒーを提供することが可能になった。

▲ 100年以上前から続くイタリアのカッフェからは、未だにまったり感が伝わってくる。
二つ目は、産業革命に伴う生活のスピード化である。工場やオフィスで働く人々が増え、サロンで何時間も議論に興じる時間的余裕はなくなった。朝の通勤途中、カウンター越しに最速でカフェインを補給し、すぐに現場へ向かうという新しいライフスタイルが求められるようになったのだ。こうして、座って会話を愉しむ「カッフェ」は、最速のサービスを提供するカウンター主体の「バール」へと急速に進化していった。
「なぜイタリアなのに英語のBarなのか?」実はこの答えを正確に知るイタリア人は驚くほど少ない。有力な説の一つは、英語の「Barriers(障害物・柵)」だ。店員と客を隔てる「カウンターの柵」が、いつしか店そのものを指すようになったと言われている。
また、もう一つは、近代イタリアが都市化する中で、急速に工業化が進むアメリカの「バー(酒場)」のモダンで近代的な響きを取り入れ、最先端の立ち飲みカフェスタイルにその名を当てはめたという説もある。かつてのサロン文化に、アメリカ流のスピード感を融合させた、それが「Bar」なのだ。
日本とイタリアで違うコーヒーの楽しみ方。その背後に根付く文化とは
ここで興味深いのは、日本とイタリアの喫茶文化の対比だ。日本の「喫茶店」や「カフェ」は、一人の時間を静かに楽しんだり、打合せで長居したりする「パーソナルなプライベート空間」として発達してきた。席に座り、おしぼりで手を拭き、ゆっくりと一杯のコーヒーと向き合うのが日本の贅沢だ。
一方、イタリアのバールは徹底して「パブリックな社交場」である。バールでは立ち飲みの「バンコ(Banco)」と座って飲む「タヴォロ(Tavolo)」という価格設定の仕組みがあり、バンコの方が手頃な値段設定になっている。両者の価格は倍以上違うことも珍しくないが、イタリア人がバンコを好むのは単に安く済ませたいからだけではない。「立ち飲みのスピード感のなかに、バリスタや隣人との軽妙なコミュニケーションを楽しむ」ということ自体が、イタリア人にとっての粋だからだ。

▲ 窓が多くて明るい。時計がなくても時間経過が感覚でわかる。
砂糖の使い方も面白い。イタリアでは、小さなエスプレッソのカップにスプーン1〜2杯の砂糖をドバッと入れ、軽く混ぜてからクイッと飲む。底に残ったドロリとした甘い砂糖をスプーンですくって舐めるのが、正統派の愉しみ方だ。「コーヒーの苦味を味わう」というよりは、「濃厚なエスプレッソと砂糖が織りなすドルチェとして味わう」のである。この豪快で潔いスタイルも、日本人にとっては実に新鮮で魅力的なカルチャーショックと言えるだろう。
「カフェが先か、バールが先か?」。この問いの答えは明確だ。歴史としては歴史ある「カッフェ」が先に存在し、時代の変化とエスプレッソマシンの進化に伴って、現代的な「バール」へと姿を変えた。
時代のテンポに合わせて進化を遂げたバールだけれど、イタリア人が昔から大切にしてきた「人との繋がり」や「社交のぬくもり」まで失われたわけではない。どれだけ街のスピードが速くなろうとも、カウンター越しに交わされるひと言の挨拶、バリスタの鮮やかな手さばき、そして常連たちの笑顔は、18世紀のサロンと変わらない人間味を宿している。
もしあなたが今度イタリアを訪れ、バールの扉を開くことがあれば、タヴォロではなくバンコを選んでほしい。厚みのある小さなカップから立ち上る芳醇な香りは、かつての貴族たちが愛したエレガンスと、逞しく生きる現代イタリア人の日常が美しく調和した、最高の「粋」そのものなのだ。

● マッシ
本名はスガイ マッシミリアーノ。1983年、イタリア・ピエモンテ州生まれ。トリノ大学院文学部日本語学科を卒業し2007年から日本在住。日伊通訳者の経験を経てからフードとライフスタイルライターとして活動。書籍『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(KADOKAWA)の他 、ヤマザキマリ著『貧乏ピッツァ』の書評など、雑誌の執筆・連載も多数。 日伊文化の違いの面白さ、日本食の魅力、食の美味しいアレンジなどをイタリア人の目線で執筆中。ロングセラー「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)は145万PV達成。
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