2026.07.24
【第51回】
イタリア人は「パスタならなんでも好き」なわけじゃない。では憎むべきパスタとは?
世界が急速に繋がって、広い視野が求められるこの時代に、イタリア生まれのフード&ライフスタイルライター、マッシさんが、日本人とはちょっと違う視点で日本と世界の食に関する文化や習慣、メニューなどについて考える連載です。
BY :
- 文/マッシ
- CREDIT :
写真/スガイ マッシミリアーノ 編集/森本 泉(Web LEON)
「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)でおなじみのマッシさんが今回お話してくれるのは、イタリア人の主食でもあるパスタの種類について。実はパスタならなんでもよいわけではなくて、人々が頑なに手を出さない「お荷物パスタ」があるってご存知でした?

▲ 日本でもペンネがあるけれど、やはりペンネ・リガーテ(筋入り)がほとんど 。
パンデミックで皆がパスタを買い占めた時でも棚に残っていたパスタがあった
日本のイタリアンレストランで「どんなパスタでもソースに絡めば最高に美味い」と満足しているみなさんに、少しばかり深い話をしよう。実は、僕の故郷であるイタリアには、どれだけスーパーの棚が空っぽになり食材が手に入りにくくなっても、人々が頑なに手を伸ばさない「お荷物パスタ」が存在する。
数年前、世界を揺るがしたパンデミックの初期、イタリア全土でロックダウンが敢行された。人々は一斉にスーパーへ押し寄せ、主食であるパスタの買い占めが行われた。バリラやディ・チェコといった有名ブランドの棚は瞬く間に空になり、普段は見向きもされないようなマイナーなパスタさえも姿を消した。でも、そんな極限状態のパスタ売り場で、まるでモーセの十戒のように、綺麗に手付かずのまま残された一画があった。それが「ペンネ・リーシェ(Penne Lisce)」、つまり表面に筋のない、ツルツルとした滑らかなペンネなのである。

▲ .イタリアパスタメーカー同士を比べて見ても、やっぱりリガーテ。
この光景は当時、ちょっとしたユーモア交じりのニュースとして、SNSを通じて世界中に拡散された。
「飢え死にしそうになっても、イタリア人はペンネ・リーシェだけは買わない」
これは決して大袈裟なジョークではない。イタリア人にとって、パスタの表面に筋が入っているか否かは、世界中の人々が想像する以上に死活問題なのである。
イタリアの市場でパスタ全体の約9割が「リガータ(筋入り)」である理由とは?
イタリア語で「リーシャ(Liscia)」は滑らかな、平らなという意味を指し、「リガータ(Rigata)」は筋の入った、という意味を持つ。日本ではマカロニやペンネ、スパゲッティに至るまで、それぞれの違いを意識して買い分けている人は少ないかもしれない。むしろ、ツルツルとした口当たりの良さを好む人さえいるだろう。

▲ パスタのパッケージは目で確認できるように窓が必ずついている。
けれど、本場イタリアの市場シェアを見れば、そのパワーバランスは圧倒的だ。なんと、パスタ全体の約9割近くが「リガータ(筋入り)」を占めていて、リーシャは完全に絶滅危惧種、または一部の伝統保守派のためだけのニッチな存在に甘んじている。なぜ、これほどまでに滑らかなパスタは嫌われるのか。そこには、イタリア人の「ソースとパスタのマリアージュ」という絶対的な哲学が存在する。
イタリア人がペンネ・リーシェを口に運んだとき、最初に抱く不満は「ソースが滑り落ちる」ことだ。筋の入ったペンネ・リガータであれば、パスタ表面の溝がミートソースやトマトソース、チーズのコクをしっかりと捕らえて、口の中で小麦の旨味とソースが完璧に一体化する。しかし、表面が滑らかなリーシェは、ソースを弾いてしまう。どれほど濃厚に仕上げたソースであっても、お皿の底へツルリと滑り落ちてしまい、結果として「パスタの塊」と「ただのソース」を別々に食べているような、未完成な味わいになってしまうのだ。

▲ イタリア現地のパスタ売り場 。
さらに、イタリア人が最も重んじる「アルデンテ」の食感に仕上げるための、茹で加減のコントロールという技術的な問題もある。筋入りのリガータは溝があることで、外側と中心部で絶妙な火の通り方のグラデーションが生まれ、心地よい歯ごたえを長くキープできる。一方で、パスタの厚みが均一で表面が滑らかなリーシャは、一歩間違えると外側がドロドロに溶けたような締まりのない食感になりやすい。そうなると、パスタはただの炭水化物の塊と化し、人生を豊かにするための官能的な食事とは程遠いものになってしまうのだ。
イタリアの名門パスタメーカーの職人たちのインタビュー記事を読むと、彼らもまたリーシャの不人気に頭を抱えつつ、その伝統を守るべきか葛藤している。南イタリア・カンパニア州に残る一部の古い食文化では、「本物の技術で極限まで緻密に作られたリーシャこそ、ソースを吸い込む極上のパスタだ」と主張する職人もいる。けれど、現代の大量生産と、手軽に完璧なアルデンテを求める消費者の前では、その繊細な魅力は伝わりにくいのが現実だ。
イタリアでは、ショートパスタはロングパスタ以上の主役⁉
面白いことに、日本で愛されるパスタと、イタリアで求められるパスタの間には、形状の好みにおいて明確な違いがある。日本では長い間、1.6mm〜1.8mm程度のスパゲッティがパスタの代名詞であり、今でもミートソースからナポリタン、たらこパスタに至るまで、ロングパスタが圧倒的な支持を集めているだろう。ショートパスタは、どちらかといえばサラダの具材や、グラタンの脇役というイメージが根強い。

▲ 探せばペンネ・リッシェもあるけど、買う人は相当少ない。
ところが、イタリアでは、ショートパスタはロングパスタと完全に同等、またはそれ以上の主役なのだ。そして何より、イタリア人が愛してやまないのは、単なる紐状のパスタではなく、「立体的な構造を持つパスタ」だ。具体的には、ソースを内部に抱き込む「リガトーニ」や、貝殻の形をした「コンキリエ」、捩じれの入った「フジッリ」など。イタリア人は、いかにソースを物理的に絡め取り、一噛みごとに口の中で味わいを弾けさせるか、という視点でパスタを選んでいる。日本の「ツルツルと啜る」心地よさを重んじる麺文化に対し、イタリアは「ソースと一体化した塊を噛み締める」アプローチなのだ。
現代のイタリアの食卓には、暗黙の共通ルールがある。それは、「迷ったら、筋のある方を選べ」だ。これは美食の国が何世紀にもわたる試行錯誤の末に行き着いた、合理的な結論。もし、読者のみなさんが今後、自宅でイタリアンを振る舞う機会があるなら、どうかパッケージの裏側をよく見てほしい。そこには、ただ「Penne」と書かれてはいないだろうか。ちゃんと「Penne Rigate」と刻まれているだろうか。

● マッシ
本名はスガイ マッシミリアーノ。1983年、イタリア・ピエモンテ州生まれ。トリノ大学院文学部日本語学科を卒業し2007年から日本在住。日伊通訳者の経験を経てからフードとライフスタイルライターとして活動。書籍『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(KADOKAWA)の他 、ヤマザキマリ著『貧乏ピッツァ』の書評など、雑誌の執筆・連載も多数。 日伊文化の違いの面白さ、日本食の魅力、食の美味しいアレンジなどをイタリア人の目線で執筆中。ロングセラー「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)は145万PV達成。
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