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2026.03.13

【第42回】

パスタの国のイタリア人が、なぜみんな日本の「ラーメン」に熱中するのか?

イタリア生まれのフード&ライフスタイルライター、マッシさん。世界が急速に繋がって、広い視野が求められるこの時代に、日本人とはちょっと違う視点で日本と世界の食に関する文化や習慣、メニューなどについて考える連載です。

CREDIT :

写真/スガイ マッシミリアーノ 編集/森本 泉(Web LEON)

いまやラーメンはイタリア人の食文化に深く浸透しつつある

「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)でおなじみのマッシさんが、今回はイタリア人の心をとらえた日本の「ラーメン」ついてお話しします。

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▲ お気に入りのラーメンを前にワクワクするマッシ。

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イタリアでは日本食の代名詞といえば「SUSHI」だった。でも今、ミラノやローマの街角で、ファッショナブルな大人たちが列をなす先にあるのは、魚の握りではない。湯気を立てる一杯の「RAMEN」だ。一過性のブームを超え、イタリア人の食文化に深く浸透しつつあるラーメン。さらにはスーパーの棚を埋め尽くすカップ麺やインスタントラーメンの普及まで、なぜパスタの国の人々がこれほどまでに日本の麺料理に心酔するのか。その裏には、日伊両国に共通する「食のDNA」と、現代イタリア人が求める新たな食の体験が隠されている。

イタリア料理の根底には、肉や野菜をじっくり煮出した「ブロード」の文化がある。カッペレッティ・イン・ブロード(スープ入りの詰め物パスタ)のように、イタリア人にとって熱いスープに麺が泳ぐ姿は幼少期から慣れ親しんできた。


しかし、現代のイタリア料理において、このブロード文化は家庭からレストランの厨房へと移っていった。そこへ登場したのが、日本のラーメンだ。豚骨を48時間炊き込み、鶏ガラや魚介の旨味を極限まで凝縮させたその液体は、イタリア人の目にはブロードの進化版として映ったのだ。

イタリアの伝統的なブロードが「澄んだ気品」とするならば、日本のラーメンスープは「濁りの美学」「旨味の暴力」だ。コラーゲンが溶け出し、ゼラチン質が唇にまとわりつくような濃厚なスープは、イタリア人にとっての「煮込み料理」の快楽を一杯の丼に凝縮したかのように感じられたのだ。この「懐かしいのに、未知の刺激がある」というパラドックスが、イタリア人の保守的な味覚の壁を鮮やかに突破した。

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▲ イタリアにいた頃、マンガでよく見ていた、これぞ「ザ・ラーメン」。

「アルデンテの向こう側」にある新しい食感の発見

イタリア人は、世界で唯一「麺のコシ」に命を懸ける人種だ。イタリア人が中華麺に対して抱いていた「柔らかくてコシのない麺」という偏見を、本格的なラーメン店が覆した功績は大きい。


特に、小麦粉に「かん水」を加えて打つラーメン独特の弾力は、デュラムセモリナ粉のパスタとは異なる食感をもたらした。麺がスープを吸い込み、喉を通り過ぎる瞬間の滑らかさと歯ごたえ。この「アルデンテの向こう側」にある新しい食感の発見が、パスタに飽くなきこだわりを持つイタリア人を虜にした。

イタリアの食文化において、麺は「噛む喜び」の象徴である。ラーメンの麺が持つ、噛み切る際のわずかな抵抗と、その後に広がる小麦の香りは、イタリア人がデュラム小麦に求めてきた「抵抗の美学」と見事なまでに合致したのである。

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▲ 金沢の「KAIFAN The Parlor」で食べた「ローメン」。

ラーメンは「数多の素材が絡み合う多層的な旨味」

イタリア料理の美学が「素材の鮮度をダイレクトに伝える直線的な旨味」だとすれば、ラーメンは「数多の素材が絡み合う多層的な旨味」だ。タレ、香味油、スープ、そしてトッピング。一つの丼の中で、醤油の発酵臭、煮干しの苦味、背脂の甘みが複雑に混ざり合う。この複雑性こそが、感度の高いイタリア人にとってのレクリエーションとなった。


イタリア人にとってラーメンを食べることは、優れたワインのヴィンテージを紐解くような、クラシックカーのエンジンの鼓動を聴くような、高尚な遊びに近い感覚なのだ。昆布や椎茸、魚介に由来する「グルタミン酸」「イノシン酸」「グアニル酸」の相乗効果。科学的裏付けのある「UMAMI」の連鎖は、論理的かつ情熱的に食を語るイタリア人のメンタリティを深く射抜いた。

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▲ イタリアの大人気インスタントラーメン「SAIKEBON」。

インスタントラーメンは「日本が生んだ、最も自由なキャンバス」

レストランでの熱狂は、家庭のキッチンにも波及している。イタリアのスーパーの棚を席巻するカップ麺や袋麺。イタリア人は袋麺のスープに、地元のパルメザンチーズを振りかけ、最高級のオリーブオイルを垂らし、時にはバジルやペペロンチーノを添える。この型破りなカスタマイズを受け入れる懐の深さが、創造性を重んじるイタリア人のライフスタイルに合致した。イタリア人にとって、インスタントラーメンは「日本が生んだ、最も自由なキャンバス」なのだ。


また、近年の健康志向もラーメン人気を後押ししている。かつて「ジャンクフード」と見なされていたインスタントラーメンであるものの、最新の研究やメディアの報道により、野菜やタンパク質を組み合わせることで、栄養バランスの取れた「完全食」になり得ることが認知され始めた。


特に自家製スープを標榜する本格店では、化学調味料を排除し、天然素材のみで旨味を構築する店が増えている。これは、素材の質に執拗なまでにこだわるイタリア人の「スローフード」的な価値観ともマッチしている。脂っこいものを避ける傾向にあった大人たちが、良質な脂を求めてラーメンを啜る姿は、今やイタリアの日常的な風景となった。

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▲ 真剣にラーメンと向き合うマッシ。

パスタの親戚でありながら、自分たちの文化にはない魅力を

マルコ・ポーロが中国から麺を持ち帰り、それがパスタへと進化したという伝説がある(歴史的真偽はさておき、イタリア人はこの物語を愛している)。今、日本で独自の進化を遂げた「ラーメン」がイタリアを熱狂させている現実は、いわば数世紀の時を経て「麺の円環」が閉じようとしているかのようだ。イタリア人がラーメンに熱狂するのは、それが彼らの愛するパスタの親戚でありながら、自分たちの文化にはない「濃厚な混沌」と「職人的な緻密さ」を併せ持っているからだ。


洗練された大人の男にとって、一杯のラーメンを啜る時間は、食事以上の意味を持つ。それは、数千キロ離れた異国の伝統に敬意を払い、職人の情熱を胃袋で受け止め、そして何より、自分自身を解放するひとときだ。パスタの国が認めた、東洋の魔力。それはもはやブームではなく、イタリア食文化の一部として溶け込み、新たな歴史を刻み始めている。今夜、夜風に吹かれながら、読者もその一杯を求めて暖簾をくぐってみてはいかがだろうか。そこには、伝統に縛られない、自由で豊かな「食の未来」が広がっているはずだ。

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● マッシ  

本名はスガイ マッシミリアーノ。1983年、イタリア・ピエモンテ州生まれ。トリノ大学院文学部日本語学科を卒業し2007年から日本在住。日伊通訳者の経験を経てからフードとライフスタイルライターとして活動。書籍『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(KADOKAWA)の他 、ヤマザキマリ著『貧乏ピッツァ』の書評など、雑誌の執筆・連載も多数。 日伊文化の違いの面白さ、日本食の魅力、食の美味しいアレンジなどをイタリア人の目線で執筆中。ロングセラー「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)は145万PV達成。
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