2019.10.21

なぜ、人は女性のヌードが見たいのか?

スレンダー、ふくよか、巨乳……女性の身体を表現する言葉は多々あれど、知的に表現できていますか? 女性への褒め言葉は案外、名画の中に隠れているのかもしれません。古今の名画に描かれた女性のヌードの意味について美術ジャーナリストの藤原えりみさんに話を伺いました。

CREDIT :

文/井上真規子 協力/藤原えりみ(美術ジャーナリスト)

「曲線美は剣よりも強し」は、その豊満でカーヴィーな身体で一世を風靡した女優、メイ・ウエスト(1893~1980)の言葉。男性なら、女性の身体特有の曲線や柔らかさに美を感じたことのある人は多いのでは? 

事実、アートの歴史を辿ると、女性のヌードは絵画や彫刻などで盛んに表現されてきました。これは、女性の身体に普遍的な美が宿っている証左かと。

しかし、ひと言にヌードと言っても、時代や地域によって女性の美の定義や理想像は大きく変化してきたようです。いったいどのような変遷を辿ってきたのでしょうか?
『グランド・オダリスク』1814年 ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル ルーブル美術館蔵
美術ジャーナリストの藤原えりみ先生に詳しい話を伺いながら、名作と言われる極上の女性ヌード作品を一挙にご紹介します。
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裸体描写が禁じられたキリスト教社会。それでもヌードが見たい!

芸術としてのヌード作品が誕生したのは、紀元前の古代ギリシャ。裸体賛美として、彫刻像『ミロのヴィーナス』(前130年-前100年頃 ルーヴル美術館蔵)など、現在も絶大な人気を誇る名作が数多く生まれました。

しかし、キリスト教が広く社会に浸透すると、裸体と性的欲望は厳しく抑圧され、ヌード芸術も影を潜めます。とはいえ、禁じられると欲するのが人間の性。聖書に記述のある裸体描写は許可され、「アダムとイヴ」や「湯浴みするバテシバ」などの姿を借りてヌードは描かれ続けました。

そんな長い禁欲の時代を経て、15世紀後半にルネサンス期が到来すると、ヌードは1000年ぶりに表舞台に復活します。ヌード芸術が賞賛された古代ギリシャ・ローマの古典文化がふたたび見直され、ボッティチェリを初めとして、以後、数多くの画家たちが神話や聖書の主題に基づいて女性ヌードを描くようになりました。
『ヴィーナスの誕生』1482年頃 サンドロ・ボッティチェリ ウフィッツィ美術館蔵
「ルネサンスでは古代彫刻に学びながら、人間の身体の理想美が追求されました。ボッティチェリが描いた名作『ヴィーナスの誕生』もそのひとつ。リアルさを追求しつつも、左腕の長さや立ち位置などプロポーションに無理が生じていると言われていますが、恥じらいのポーズをとる初々しいヴィーナスの滑らかな肌や肢体は、見るものを魅了します」(藤原先生・以下同)

スレンダーな美少女がブームとなった、北方ルネサンス

『アダムとイヴ』1530年 ルーカス・クラーナハ(父) サンカルロス国立博物館蔵
同じルネサンスでも、16世紀のアルプス以北(=北方ルネサンス)では、少女のようなスレンダーなヌードが描かれるように。ドイツ画家のルーカス・クラーナハ(父)が描くイヴは、当時の北方で理想とされた女性の身体イメージが特徴的に表されています。

「手足は細長く、小胸で柳腰、下腹部はぽっこりと出ています。画家自身の好みもあるでしょうが、顔も含め、全体的に少女趣味ですよね。ハイウエストの衣服を着る当時の習慣が、このような北方の女性の体型を形成したのかもしれません。面白いのは、男性ヌードでは筋骨隆々か否かの違いはあれど、地域や時代に関係なく体型はほぼ同じ。違いが生まれたのは、女性の体型だけなんです」

時代や地域によって女性の体型は異なっていたのでしょうが、それ以上に女性の裸は人目に触れず神秘的な存在であったため、人々の想像をかきたて、想い想いの理想が投影されて、違いが生まれたのかもしれませんね。
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セルライトもOK? 成熟した豊満体型が好まれたバロック時代

『毛皮をまとったエレーヌ・フールマン(毛皮ちゃん)』1636-8年頃 ピーテル・パウル・ルーベンス 美術史美術館(ウィーン)蔵
17世紀になると、スレンダー体型から一変して、成熟した豊満な女性の体が好まれるようになります。特に、フランドル(現在のベルギーを中心とする地域)で活躍した画家、ルーベンスが妻を描いた、通称『毛皮ちゃん』は顕著。

「彼女は、今でいうメタボ体型。膝にはぼこぼことしたセルライトまで詳細に描かれています。当時は、太っていることが豊かさの象徴でした。豊満な体は、健康体で元気な子供をたくさん産むことができる。そういう意味で、社会的に好まれたのだと思います」

官能ボディから8頭身プロポーションまで、ヌードは社会の合わせ鏡

『トルコ風呂』1862年 ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル ルーブル美術館蔵
さらに、18世紀後半から19世紀にかけて、女性ヌードは官能さを増していきます。この傾向は、恋愛遊戯が盛んであった18世紀の宮廷文化や、かつての貴族のような生活に憧れるフランス革命後のブルジョワジー(裕福な市民)の好みを反映しているのでしょう。ハレムの女性を題材にしたアングルの『トルコ風呂』では、一糸纏わぬ女性が所狭しと描かれています。

「この時代の特徴は、豊満な体型にツルツル・ヌメヌメとした肌。『トルコ風呂』の注文主の妻は作品を見て驚き、アングルに返却したという逸話もあるほどです。ただし、アングルにとってはリアルな身体表現より、女性の曲線美をいかに操るかが最大の関心事だったようですが」
『プシュケとアモール』1798年 フランソワ・ジェラール ルーブル美術館蔵
「18世紀末からは、道徳的にユルかった貴族文化への反動から、高い精神性が求められるように。精神の気高さに美が宿るとされ、身体表現においては古代ギリシャ・ローマ彫刻が手本となりました。

それによって豊満で肉感的なボディではなく、清楚で若々しいプロポーションが理想とされるようになります。ジェラールの『プシュケとアモール』では、8頭身の若い肉体の男女が描かれていますが、陶器のような肌は生気を感じさせず、エロティシズムは影を潜めていますね」
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禁断のアンダーヘア解禁! 女体のリアルを追求する近代へ

そうした様々な変遷を経て、現実に生きている人間の身体を描くべきだ、という考えが叫ばれるようになり、19世紀中頃にはヌード芸術もレアリスム(現実の絵画化)の時代に突入します。18世紀末に描かれたゴヤの『裸のマハ』は、西洋史上初のヘアヌードを描いた記念碑的かつ先駆的な一枚。

「不思議なことに、男性器は大昔から彫刻でもしっかりと彫られてきたのに、女性器や体毛が表現されることは一切ありませんでした。ちなみに、古代において体毛は男女ともに嫌われており、剃毛してオイルを塗ってツルツルにするのがよしとされていました」

レアリスムを追求したフランスの写実画家、ギュスターヴ・クールベの『波の中の女』では腋毛が描き込まれ、肌の質感や温かみまで感じられるようなリアルさがあります。こうして、ヌード芸術は近代化の一途をたどっていきます。

女神ではなく、娼婦のヌードを描く時代に。多様化するヌード

レアリスムの流れは、マネやゴーギャンらに引き継がれ、女性ヌードは多様化していきます。タヒチの女性の野生的な美を描いたゴーギャンの一連の作品はあまりにも有名。

「それまでも黒人女性の裸体が描かれたことはありますが、ここまで完全な非白人のヌードを、堂々と尊厳を備えた存在として描いたのはゴーギャンが初めてでした。また、身体表現も理想化されたものではなく、リアルな女性の体を存在感たっぷりに描いています」

また、娼婦を描いたという非難に曝されたマネの『オランピア』も、それまでのヌード芸術の常識を打ち砕いた問題作だったのだそう。

「『オランピア』は、イタリアのヴェネツィア派の画家ティツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』(1538年頃 ウフィツィ美術館蔵)に再解釈を施して描かれた作品ですが、オランピアという名前が当時の娼婦の源氏名としてよく使われていたこと、メイドが花束を持っていることなどから"娼婦"と解釈されました。マネの意図は定かではありませんが、ヴィーナスや擬人像としてヌード像を描くというそれまでの常識を覆す作品となりました」

その後はマティスやピカソらの登場によって、ヌード絵画は抽象化の一途を辿り、一方でリアルなヌードは写真へ引き継がれていくことになるのです。
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日本のヌードの目覚めは、明治時代

一方、<美術>という概念自体がなかった日本。江戸時代には春画などの表現はあったものの、裸体そのものが大画面に描かれる西洋的な意味でのヌード芸術は存在しませんでした。

「日本では、庶民の生活において裸は珍しい存在ではありませんでした。銭湯でも混浴が当たり前の時代だったんです。だから春画などでも、完全なるヌードではなく、いかに肌を見せずにエロティシズムを喚起させるか、ということの方が重視されていました」

明治になるとヨーロッパで西洋美術を学んで帰国した黒田清輝などが、芸術としての女性ヌード像を日本に持ち込みました。
『智・感・情』1899年 黒田清輝 東京国立博物館黒田記念館蔵
「黒田の『智・感・情』は、日本人女性の顔と、西洋人女性の八頭身をミックスして描いた作品。現代の女性はこの体型に近いですが、明治の女性はもっと身体が小さく、ヌード画では格好がつかなかったからでしょう。

小さな手足や黒々とした髪など、伝統的な日本の女性美の要素を取り入れながら、西洋のヌード表現に挑戦した、まさに日本が西洋的ヌードに目覚めた時代なのです」

モデル体型の呪いから解放されつつある?現代の女性

時代は降り、スリムな身体がよしとされる現在の美的判断基準は、20世紀に欧米のファッション業界から生まれました。ポール・ポワレやココ・シャネルらがコルセットから女性の身体を解放しましたが、20世紀後半の女性の身体は再びスリムであることが美しい、という型にはめられることになったのです。

「ランウェイを歩く脚長のスリムなファッションモデルたちの姿は、女性の理想体型に大きく影響を及ぼしました。そうしたヨーロッパの近代的な社会の仕組みと価値観は、植民地化とともに全世界を覆い尽くし、いまだに日本でも根強く受け継がれていますね。

ただ、その一方で現在、世界では、女性のふくよかさも一つの美しさであると訴える流れが出はじめています。アメリカのセレブリティとして知られるビヨンセやリアーナらは、豊満な身体を惜しげもなく披露し、型にはまった女性の価値観を変えつつあります。また日本人でも、生まれもった体型を肯定する渡辺直美のような強者の表現者も現れていますね」

以上のように、社会の変化に合わせて変容してきた、女性の身体美の観念。そもそも、"スレンダー"や"ふくよか"といった女性の身体表現の多様性は、女性美を評価する過去や価値観があってこそです。多様な女性美が認められる現代では、柔軟に新しい女性美を受け入れられることが、モテる男の条件になるのかもしれませんね。

● 藤原えりみ(ふじはら・えりみ)

美術ジャーナリスト。東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了(専攻/美学)。女子美術大学・國學院大學・東京藝術大学非常勤講師。単著『西洋絵画のひみつ』、共著『週刊日本の美をめぐる』(小学館)、『現代アート事典』『ヌードの美術史』(美術出版社)、訳書にH・リード『近代彫刻史』(言叢社)、C・グルー『都市空間の芸術』(鹿島出版会)、M・ケンプ『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(大月書店)、C・フリーランド『でも、これがアートなの?』(ブリュッケ)など。

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