2026.06.29
ディオールを味わうという贅沢。アンヌ=ソフィー・ピックが大阪で描く、新たな美食の物語
「ハウス オブ ディオール 心斎橋」の最上階にオープンしたレストラン「ムッシュ ディオール 大阪」。女性シェフとして現在世界で最も多くのミシュランの星を獲得しているアンヌ=ソフィー・ピック氏によるメニューはディオールの歴史とコードを再解釈した「食べるオートクチュール」と呼ぶにふさわしい画期的な料理でした。
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文/森本 泉(Web LEON)

ディオールの美学をフランス最高峰の女性シェフが料理で表現
大阪・心斎橋に誕生した「ハウス オブ ディオール 心斎橋」。ブティック、そしてレストランを擁するこの新たなランドマークのなかでも、とりわけ食通たちの注目を集めているのが最上階のレストラン「ムッシュ ディオール 大阪」です。
その理由は明快です。料理を手掛けるのは、女性シェフとして現在世界で最も多くのミシュランの星を獲得しているアンヌ=ソフィー・ピック氏。そして彼女が向き合う相手は、ファッション史にその名を刻むクリスチャン・ディオール。
料理とオートクチュール。一見すると異なる二つのクリエイションが出会った時、何が生まれるのか。その答えを確かめるべく、試食会へ足を運びました。

関西・大阪万博の大屋根リングを手掛けた建築家・藤本壮介氏による流麗なファサードを眺めながらビルの側面に用意された専用エレベーターに乗り込むと、その先に広がるのはムッシュ・ディオールが愛した南仏の別荘「ラコルノワール城」を思わせる優雅な空間です。
花と緑に囲まれたインテリアは、まるで南仏の庭園に招かれたかのよう。ラグジュアリーでありながら肩肘張らない居心地の良さが、このレストランの魅力を象徴していました。

▲ 1400本を超えるワインを揃えたワインセラー。
しばらくすると、この日の主役であるアンヌ=ソフィー・ピック氏が姿を現します。フランス東部の街・ヴァランスの名門「メゾン・ピック」に生まれた彼女は、父と祖父がともに三つ星シェフという料理一家の出身。しかし当初は家業を継ぐつもりはありませんでした。
運命を変えたのは父の急逝です。十分な経験を積む前に厨房に立つことになった彼女は、その後たゆまぬ努力を重ね、2007年にミシュラン三つ星を獲得。以来、その評価を維持し続け、世界を代表するシェフの一人として活躍しています。
そんな彼女の料理人人生に大きな影響を与えたのが日本でした。
「初めて日本を訪れたのは21歳の時でした。当時はまだ学生で、今の主人と一緒に旅をしたんです。その体験は私の人生を変えるほど大きなものでした」
日本茶や出汁の文化との出会い。その記憶は帰国後も消えることなく、彼女の料理哲学の一部になっていきます。
「私はあの日から日本に恋をしました」

▲ シェフのアンヌ=ソフィー・ピックさん。
そう語るアンヌ=ソフィー・ピック氏の笑顔は、まるで長年温めてきた夢をようやく実現できた人のそれでした。そして今回、その夢の舞台となったのがディオールです。
若い頃からファッションを愛し、クリスチャン・ディオールのクリエイションに敬意を抱いてきた彼女は、料理を考案するにあたりパリのディオール・アーカイブを徹底的に研究したといいます。
そこで見たオートクチュールの数々をインスピレーション源に生まれたのが、「ムッシュ ディオール」の料理たちです。ここで提供されるのは単なるフランス料理ではありません。ディオールの美学を、香りや味わい、色彩、テクスチャーによって再解釈した“食べるオートクチュール”。果たして、その世界観はどのように表現されているのでしょうか。
記憶とオートクチュールが交差するひと皿
この日いただいたのは、ディナーで提供される前菜に加え、ランチコースを構成する代表的な料理など4皿。アンヌ=ソフィー・ピック氏の料理は、ひと皿ごとに明確なストーリーを持っています。しかし、その物語は決して雄弁ではありません。むしろ香りや食感、色彩のレイヤーによって静かに語りかけてくるのです。
最初のひと皿は、「L’Étoile de Mer(レトワールドゥメール)」。ヒトデをモチーフにした、ウニと蕎麦茶のババロアです。

▲ 「L’Étoile de Mer(レトワール ドゥ メール)」。ウニと蕎麦茶のババロア、蜜柑とディルのコンディメント、キンレンカのクーリ。©Lara Giliberto
クリスチャン・ディオールが幼少期を過ごしたノルマンディー地方・グランヴィルの海岸風景をイメージした一品だと聞けば、その造形にも納得がいきます。まるで海辺で拾い上げたオブジェのような佇まい。そこに添えられた蜜柑とディルのコンディメントが鮮やかな彩りを添えています。
ひと口運ぶと、まず広がるのはウニの濃密な旨味。しかし主張が強すぎることはなく、後から蕎麦茶の香ばしい香りがゆっくりと追いかけてきます。
「私は料理において香りをとても大切にしています。この蕎麦茶の香りは、私が初めて日本を訪れた時に出会った思い出の香りなんです」そう語るアンヌ=ソフィー・ピック氏。
なるほど、これは単なる前菜ではありません。日本への憧憬と、ディオールの記憶が重なり合う、このレストランのプロローグなのです。
続いて登場したのは、アンヌ=ソフィー・ピック氏の代表作として知られる「ベルランゴ」。ラビオリから着想を得て生み出されたスペシャリテですが、料理を出す店によって素材も見せ方も変わることで知られています。ここ大坂のベラルンゴはディオールのミューズとして知られるミッツァ・ブリカールへのオマージュとして、“レオパード”をテーマに再構築されています。

▲ 「Les Berlingots Léopards(レ ベルランゴ レオパード)」。コンテチーズフィリング、グリーンピース、ワサビとワイルドセロリソース。©Lara Giliberto
見た目のインパクトに目を奪われますが、本当の驚きは口に入れてからでした。完璧なアルデンテに仕上げられたパスタ生地の中にはコンテチーズがたっぷりと詰められています。グリーンピースやアスパラガス、ソースとともにひと口で頬張ると、それぞれの要素が瞬く間に溶け合い、ひとつの立体的な味わいへと変化していきます。
料理というより、一着のオートクチュールを纏う感覚に近いかもしれません。素材が個々に主張するのではなく、全体として完成された美しさを描いているのです。
フランスと日本を結ぶ、象徴的なメインディッシュ
メインディッシュとして供されたのは「Le Carré(ルカレ)」。炙り焼きしたサバとキャビアを組み合わせた魚料理です。
この皿にはアンヌ=ソフィー氏の料理哲学が凝縮されていました。もともと父の名物料理はスズキとキャビアを合わせたひと皿だったそうですが、今回はあえてサバを選択。より力強い旨味を持つ魚を使うことで、日本らしさと独自性を表現しています。

▲ 「Le Carré (ル カレ)」。炙り焼きサバ、オシェトラキャビア、とろけるポロネギとマスタードシード、抹茶とシェリービネガーのサバイヨン。©Lara Giliberto
皿の中央には、まるで仕立ての良いジャケットの縫い目を思わせる一本のライン。その左右にサバとキャビアが整然と配置される様子は、まさにディオールのアトリエから生まれた作品のようです。そこへ注がれるのが、抹茶バターをベースに出汁とシェリービネガーを合わせたサバイヨンソース。
「フランス料理と日本料理をつなぐ架け橋のような存在になればと思っています」
その言葉どおり、味わいは驚くほど自然でした。燻製香をまとったサバの旨味、キャビアの塩味、とろけるポロネギの甘さ。そして出汁の奥行きをまとった抹茶ソース。
異なる文化が無理に融合するのではなく、ひとつの料理として見事に調和しています。これほどエレガントなサバ料理に出会えるとは……。
ディオールを味わうという体験
締めくくりのデザートは、「Le Millefeuille Blanc(ル ミルフィーユ ブラン)」。ディオールのフレグランス「ミスディオール」に用いられる千鳥格子柄をモチーフにした、美しいミルフィーユです。
「上から一気に崩して召し上がってください」。そう促され、スプーンを入れると軽やかな音を立ててパイが砕け、中からバニラクリームとジャスミンのジュレが現れます。

▲ 「Le Millefeuille Blanc(ル ミルフィーユ ブラン)」。バニラクリームとジャスミン。©Lara Giliberto
視覚的な美しさだけで終わらない。 香り、食感、温度差、余韻までが計算され尽くしています。まるで香水のトップノートからラストノートまでを味覚で表現したかのようなデザートでした。
振り返れば、この日のコースを通じて感じたのは、「料理」と「ファッション」の境界線が曖昧になっていく感覚です。ディオールのアーカイブから着想を得たモチーフ。日本への敬意から生まれた香り。そしてアンヌ=ソフィー・ピックという料理人の人生そのもの。それらがひと皿の中で重なり合い、新たな物語として立ち上がっていました。

もちろん、この店はファインダイニングです。しかし、どこか肩の力が抜けている。アンヌ=ソフィー・ピック氏本人の柔らかな人柄が、そのまま空間や料理にも反映されているように感じられました。
だからこそ、「ムッシュ ディオール」は特別な人だけのための場所ではないのです。 本当に美味しいものを味わいたい人。大切な人と心地よい時間を過ごしたい人。そんなすべての人に開かれたレストランなのです。
接待のために予約するよりも、むしろ人生の節目や、愛する人との記念日に訪れてほしい。そう思わせてくれる一軒でした。大阪にまたひとつ、わざわざ訪れる理由ができました。

ムッシュ ディオール 大阪
住所/⼤阪府⼤阪市中央区⼼斎橋筋1丁⽬9-17ハウス オブ ディオール 心斎橋 4F
席数/59席(店内46席/個室8席/バー5席)
営業時間/ランチ 11:30〜15:00(Last Order 13:30)/ディナー 18:00〜22:30(Last Order 20:00)
定休日/月曜・火曜
TEL/06-7632-1450
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