2018.03.02

リムジンと女性ショーファー

バブル華やかなりし頃、仕事の依頼でLAに降り立つと、待っていたのは若くて美しいショーファー……。数え切れないほどクルマに乗ってきた筆者にとっても、後にも先にも一度きりの体験だ。

CREDIT :

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

時は1980年代後半。バブル景気の盛りで、日本中が浮かれていた頃の話だ。

僕に依頼がくる仕事も「エエッ!!」と思うような高額報酬を提示されるものが少なくなかった。初めは戸惑ったがすぐに馴れた。

ショートストーリー的な文章を書くのも好きだったし、写真も好きだったので、PR誌系の仕事依頼も多かった。

今回、ご紹介するのも、そんな流れの中のひとつ。大手広告代理店からのエピソードだ。
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仕事内容を簡単に要約すると「調査」ということになるが、それは曖昧かつ抽象的な依頼内容だった。

スポンサーは自動車メーカー。「LAを中心にしたカリフォルニア市場の動向を調査してきてほしい」とのことだった。

「市場動向調査ならいくらでも専門家がいるでしょう」と最初はお断りしたのだが、「どうしても」と再度の依頼があり、メーカー担当者から直接話を聞くことになった。

「調査とはいっても、われわれは、岡崎さん個人の目と心と肌で感じた新しい流れや価値観を知りたいんです」とのことだった。このオファーは嬉しかった。

「レポートも必要ありません。岡崎さんから直接話を聞いて、いろいろ感じ取りたい。レポートはこちらでまとめます」とも。

そんなことで依頼は受けた。そしてLAに飛んだ。代理店の担当者は一足先に飛び、準備を整えて待っているとのことだったが、「準備をお任せした」のは間違いだった。


LA空港で僕を待っていたクルマはなんと、リンカーンタウンカー・ベースのストレッチリムジン。それも最長のモデルだ。ビビッた!

さらにビビッたのはショーファー。制服制帽を着けて待っていたのは背筋をピンと伸ばした金髪の…若く美しい女性だった!

「クルマは自分で運転します。これは勘弁して。恥ずかしくてやってられない」と言ったのだが、「いや、お似合いです。滞在期間中フルアテンドの契約ですから、いつでもどこでもお好きなようにお使い下さい」とケロリ。

「岡崎さんがこういうのお好きでないことはわかっています。でも、たまにはタガを外しましょうよ。そうすれば、もっと広い世界が見えるかもしれませんし、われわれはそんなことも期待しているんです」と追い打ち。

結局押し切られて、リムジンに乗るハメに。

「なんでも言って下さい。楽しいLA滞在になるようお手伝いしますから」と、ショーファー嬢。名前は忘れたが、美しいだけでなく、知的でとても感じのいい女性だった。
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まず、向かったのはビバリーヒルズ・ホテル。
EAGLESのスーパーヒット作、ホテル・カリフォルニアのジャケットに使われているホテルだ。通称、ピンクパレスと呼ばれていた。

ここは僕が指定した。個人的にも好きで、よく使っていたのでリラックスできるからだ。

でも、ホテルのゲートをくぐったとたん、胸がドキドキし始めた。若い女性ショーファーのリムジンから降りる僕の姿は、どう考えても「滑稽」にしか見えないはずだから…。

とはいえ、1964年にロールスロイス本社を訪ね、ファントムVの後席に乗せられた時よりはずっと気は楽だった。こうしたときの振る舞いも、いくらかは身につけていた。

バレーサービスのスタッフの一人が僕を覚えていて、「いらっしゃい! いつもいいクルマに乗ってくるけど、今日はまた飛びきりですね!」とおどけた笑顔で声を掛けてくれたのにも救われた。

取材は上手くいった。彼女は街も道もよく知っていたし、僕の片言の英語にもよく付き合ってくれた。「制帽で運転されると照れるんだけど…」といったら、すぐ「わかりました」と笑顔で応じてくれた。制帽をとってくれただけで、大分気持ちは楽になった。

人気のレストランやショップもよく知っていた。食事にも付き合ってほしいと頼むと、すぐ「いいですよ」と受けてくれた。

初日以外、食事の時は制服の上着を脱ぎ、用意してきた自分のジャケットに着替えて…そんな心遣いまでしてくれた。彼女が一緒だとメニュー選びも楽だった。

リムジンには最後まで馴染めなかったが、彼女のおかげで取材もはかどったし、楽しい食事もできた。いい想い出だ。記念写真を撮らなかったのが残念でならない。
●岡崎宏司/自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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