文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト)
イラスト/溝呂木 陽
初代シルビアは美しいクルマだった。デザイン面では、間違いなく日本の名車に挙げられる1台だ。
 
BMW507のデザイナーとしても知られる、ドイツ人、アルブレヒト・フォン・ゲルツのサポートを受けて日産デザイン部が描きあげたその姿は、当時の日本車ではありえないほどの「エレガンス」を纏っていた。
 
フェアレディ1600のエンジン/シャシーを流用していたので、乗り心地的にはエレガントとは言えなかったが、「走り」はよかった。
 
シルビアの発売は1965年。僕が「ドライバー誌」の編集者になって2年目のことで、すでに多くの新型車のテストをこなしていた。
ところが、日産だけは僕の試乗を拒否した。理由は「敵の回し者だから」・・・。
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僕は学生時代に身近なクルマ仲間とともに「チーム8」というクラブを作った。チーム8
とは、結成メンバーが8人だったからだ。
8人の内、2人はトヨタの契約ドライバーで、僕にも2社から契約の話しがきていた。
 
チーム8は中身の濃いクラブだったが、小世帯だったし、組織力も資金力もなかったので、イベント開催などはTMSCと組んだ。TMSCとはトヨタ・モーター・スポーツ・クラブ。文句なしの相手である。
 
日産が僕を「敵の回し者」とした理由はここにある。つまり、TMSC(トヨタ)と太いつながりを持つクラブの代表だったから「敵」と見なした。今となれば笑ってしまう話しだが、当時はこうしたことがマジに通ってしまうような世相だったのだ。
 
困った編集長はついに日産と強硬な直談判。「1度だけでいいから、日産車のテストをさせてやってほしい。その結果で、敵の回し者かどうかを判断してほしい」と。
 
で、とうとう日産も折れた。「実験部立ち会いの下で」という条件付で、シルビアのテストが許可された。場所は谷田部高速試験場。
 
当時のスポーツ車のパフォーマンス判断材料として、もっとも重視されていたのは、いわゆる「ゼロヨン」。0〜400m加速タイムだ。
 
実験部はストップウォッチではなく、光電管を用意していた。課長をはじめ数人のスタッフも来ていた。真剣な証拠だ。
 
僕も気合いが入った。2度ほど軽いウォーミングアップを行ってから本番に。ちなみに、シルビアのカタログに謳われていたゼロヨンのタイムは17.4秒。
 
660kg(シルビアは980kg )と圧倒的に軽いロータス・エラン(1.6ℓ)の16.4秒は抜きんでていたが、スポーツ・サルーンのBMW2002 (1.6 ℓ)が18.8秒、アルファロメオのエース、ジュリア・スプリントGTA(1.6ℓ)が17.0秒、MGB(1.8ℓ)が18.7秒、トライアンフTR4A(2.1ℓ)が17.7秒 (いずれもSS1/4マイル計測データ)・・・といった辺りと較べてみると、世界的にも高いパフォーマンスの持ち主だったことがわかる。
 
本番は1回目で「決まった!」と思った。「ミスした感触」はまったくなかった。
スタート地点に戻った僕のところに、興奮したようにスタッフがタイムを告げにきた。
「16.7秒です!!」
2回目も決まった。16.7秒と同タイムだった。
3回目は何秒だったか・・・タイムを落としたことは覚えているが、集中力を切らしてしまったのだろう。
 
日産実験部の方々の弾けたような笑顔が、50年後の今も忘れられない。その日の夕方、日産社内の掲示板には「シルビア、16.7秒達成!」の号外!?が張られたと聞いた。
 
その日から、僕は「日産の敵」ではなくなった。もちろん「トヨタの回し者」でもなくなった。
シルビアの記事内容は覚えていないが、きっと「褒めちぎり」調だったはずだ。
編集長の強行直談判は成功裏に終わった。ドライバー誌にとっても、僕にとっても、日産にとっても、最高にハッピーな結末だった。
 
●岡崎宏司/自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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