2017.11.14

今どきの「日本美人」ってどんな顔?

「世界で最も美しい顔100人」に石原さとみさんや桐谷美玲さんがランクインするなど、日本の美人は今、世界でも注目を集めています。ここでは、そんな日本の美女たちの歴史を紐解き、現代の「美人」について考察。

文/LEON.jp編集部
毎号『LEON』の誌面に登場する美人モデルたちは皆、外国人ですが、読者にとって、よりリアルに仲良くなりたいのは日本の美人でありましょう。ここでは日本美人にスポットを当て、歴史的な美人の系譜を辿りながら、今どきの日本美人に求められる要素を考察していきます。

「黒髪」「美白」は昔から美人の象徴

かつては小野小町から、現代は石原さとみさんや桐谷美玲さんまで、日本人の「美人」の基準は時代とともに変化してきました。特に小野小町が生まれた平安時代は、美人の条件の一つに「和歌を詠むこと」が必須だったりと、決して容姿だけの問題ではなかったそうです。とはいえ、当時はどんな見た目が「美人」とされていたのかと言うと…… 

●長い黒髪
●美白な肌
●下ぶくれ
●おちょぼ口
●先が尖った小さな鼻

が、その条件だったと言われています。「下ぶくれ」と「おちょぼ口」の好みは分かれるところですが、「黒髪」と「美白」は現代にも通じる「美」の基準の一つでしょう。
小野小町。平安時代、絶世の美女と言われた女流歌人
小野小町。平安時代、絶世の美女と言われた女流歌人。(出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/小野小町) 

貴族文化から大衆文化へ

さらに江戸時代になると、貴族から大衆へと文化の主体が移り、遊女や下町の看板娘など、市井の美人が多く登場しはじめます。その背景には、庶民の間に広まった「浮世絵」の流行があったと言われ、美人画と呼ばれるジャンルもその中で確立されていきました。有名なところでは、喜多川歌麿による「ビードロを吹く娘」などが挙げられるでしょう。こちらは当時評判だった町娘を描いた作品で、「一重まぶたに鼻筋の通った瓜実顔」という、当時の美人顔が描かれています。
喜多川歌麿作「ビードロを吹く娘」。瓜実顔の美人
喜多川歌麿作「ビードロを吹く娘」。瓜実顔の美人。(出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/喜多川歌麿

西洋文化の流入で「くっきり顔」が主流に

明治時代になると、西洋文化が入ってくるとともに「美人」の定義が大きく変化していきます。西洋の服に似合うような目鼻立ちのくっきりした顔が「美人」と考えられるようになりました。また、時を同じくして「浮世絵」から「写真」へと庶民のメディアは変化し、より写真映えする立体的な顔立ちが好まれるようになっていったのです。
伊豆下田の芸者・斎藤きちと称される写真
伊豆下田の芸者・斎藤きちと称される写真。(出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/斎藤きち) 
例えば、伊豆下田の人気芸者だった「齋藤きち」は、米国人総領事・ハリス氏にも付き添ったと言われる国際派の美人です。顔立ちは目鼻立ちが整い、かなりくっきりとしています。他にも、顔が命の芸者の中には、今見ても目を見張るような美人が多くいました。
萬龍(まんりゅう)。明治40年に「文芸倶楽部」が実施した全国百美人の読者投稿で1位を獲得した芸妓
萬龍(まんりゅう)。明治40年に「文芸倶楽部」が実施した全国百美人の読者投稿で1位を獲得した芸妓。(出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/萬龍

銀幕に映えた昭和の「美人」たち

そして時は流れ昭和になると、「写真」から「映画」へと美人を映すメディアは移っていきます。いわゆる「銀幕女優」と呼ばれる美人たちが、戦前・戦後の時代を彩りました。
原節子さん(1920年~2015年)。「永遠の処女」と呼ばれ、日本映画の黄金時代を築いた女優
原節子さん(1920年~2015年)。「永遠の処女」と呼ばれ、日本映画の黄金時代を築いた女優。(出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/原節子
さらに時代は進み、1970年代以降になると、庶民のメディアは「テレビ」へと変わっていきます。映画に出演する女優だけでなく、歌番組やバラエティ番組に出演する「歌手」や「アイドル」が美人の象徴となっていきました。視聴者層も大人から子供までと幅広くなり、老若男女から好かれるような、いわゆる「かわいい」顔が、美人顔と考えられていくようになったのです。
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