2017.06.15

岡崎宏司の「クルマ備忘録」

1950年代の白バイの遅さ  

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト)
イラスト/溝呂木 陽

1950年代後半、白バイの中核車種は陸王が占めていた。ハーレーダビッドソンのライセンスの下に国産化したものだが、姿佇まいは威風堂々。白バイに相応しい貫禄があった。

ところが、性能的には見かけ倒しの時代遅れ。排気量さえ大きかったものの「遅くて鈍重」であり、とくに欧州の最新モデルを取り締まるには、まったくの力不足だった。

そんなことで、陸王の白バイは、高性能バイクの乗り手の脅威にはならず、うっかりすると「遊び相手」にされることさえあった。

「遊び相手」に、とはこういうことだ。

陸王の白バイがいると、その横をわざとスピードを上げて追い抜く。すると陸王がサイレンを鳴らして追いかける。それをバックミラーで見ながら、「捕まらない」距離を保って逃げる。逃げ切るのではなく「適当な距離を保ちながら」追いかけさせつつ逃げる。

陸王の性能が低いことはわかっているし、当時の道路は空いていて信号も少なかったので、「追いかけさせつつ逃げる」のは難しくなかった。時々「追いつけそう」と思わせるほどまで距離を縮めさせたりして、心理的揺さぶりも掛けたりすると、ムキになって追いかけてくる。となれば陸王はギリギリの状態で走らされ続ける。その結果、旧い設計のサイドバルブ・エンジンは悲鳴をあげ、追跡を諦める・・・。

悪い遊びだが、「楽しかったか?」と問われれば、むろん「イエス!」と答える。

でも、1度大失敗したことがある。途中まで「ゲーム」は順調だった。のだが、踏切があることを忘れていて「御用!」に。Uターンしてかわそうとしたが、相手が2台だったので阻止された。痛恨のミスだった!

降りてきた白バイ隊員の顔は真っ赤だった。 「バカにしおって!!」とカンカンだった。

僕は「なぜそんなに怒るんですか、ちょっとしたスピード違反でしょう?」ととぼけた。

実際に、うまく距離をとっていたので、記録された速度超過は18k m/h でしかなかった。踏切の直前で否応なくスピードを落としたときにようやくチェックできたのだろう。

で、少し時間が経ち、平静さを取り戻してくると、白バイ隊員二人は「俺たちもキミのようなバイクに乗りたいよ。陸王ってほんとダメなんだよね!」と嘆き節がでた。

ちょっと可愛そうになった。以来、このゲームはやめ、すぐに追いかけるのを諦めるよう、いきなりぶっちぎることにした。

●岡崎宏司/自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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