2026.06.19
“足”から人を整え、AIで働き方を変える。Ayoi久保諭樹さんの新しい「ひとり起業」論
Ayoi株式会社の久保諭樹さん(33歳)はメーカーでありながら、すべてをひとりでこなすソロアントレプレナー。独学で学んだAIを駆使して自らコードを書いたシステムで会計から在庫まですべて一人で管理しています。久保さんが実践する、AI時代の新しい、「ひとり起業」のかたちを伺いました。
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文/安井桃子 写真/岸本咲子 編集/森本 泉(Web LEON)

社員0人。たったひとりで年間およそ1万足を売り上げるインソールメーカーを経営・運営するのが、Ayoi株式会社代表取締役の久保諭樹さん(33歳)です。
長年、骨や関節、筋肉のけがや不調に手技で向き合う柔道整復師として実力を磨いてきた久保さん。1日に35人を施術するほどの人気施術者となりますが、その一方で、「腕一本」に頼る属人性の強い働き方に疑問を感じるようになったといいます。
現在は自身で開発するAIシステムを駆使し、社員をひとりも雇わず、メーカーとしての業務をひとりで運営。さらに整体師・柔道整復師として施術の現場にも立ち続けています。
目の前の人を癒やすという「腕一本」の仕事を、どうテクノロジーで世界中に広げていくか。久保さんが実践する、AI時代の新しい、「ひとり起業」のかたちを伺いました。
ひと言で言えば、「全身を矯正するインソール」
── まず、Ayoiではどのような事業をされているのでしょうか。
久保諭樹さん(以下、久保) 足元から体の構造を整えるインソールを中心に、フットケア製品の開発・販売を行っています。主な販路はオンライン販売と、全国の整骨院や整体院を通じた卸販売です。
── Ayoiのインソールは、どのような特徴があるのでしょうか。
久保 ひと言で言えば、「全身を矯正するインソール」です。足元を整えることで全身にかかる負荷を均等にします。例えば、建物は土台が崩れると全体のバランスが崩れますよね。人間の体も同じで、足元が崩れると、その上にある膝、腰、背中、首にまで影響が出る。だから足元を整えることが重要なんです。

── こちらは通常のインソールとは違い、とても硬いですね。
久保 そうなんです。柔らかいインソールは確かに気持ちがいいのですが、足のクッション機能を使わずに歩けてしまい、使い続ければ足本来の機能がどんどん失われていきます。弊社のインソールは足のこのクッション性を呼び覚ますように、あえて硬く設計してあるんです。さらに、かかと部分は器のような形状にして、かかとを包み込むように支える。そうすることで、体が歪みにくい状態へ導くことを目指しています。
── インソールの表面には凹凸があってちょっと痛そうですが……。
久保 これは足裏の皮膚神経を細かく刺激するためです。慢性的な腰痛や肩こりを抱えている方は、痛い箇所のことばかり考えてしまい、認知が偏ることがあります。本当は痛くないのに、気にしすぎて「痛い」と感じてしまうこともあるんです。足裏に刺激が入ることでこの意識が散り、痛みの感じ方に変化が生まれる。そういう狙いもあります。
父の側弯症が、足を学ぶきっかけに
── 久保さんはもともと整体師だったそうですが、ここまでどんなキャリアを積まれてきたのでしょうか。
久保 父が側弯症という背骨が大きく曲がる病気なんです。小さい頃からそんな父を見ていて「なぜ人と違う背骨の形になるんだろう」と考えていました。そこから人体に興味が出て、整体の学校にも通って、高校在学中から整体師として働いたんです。
その後は骨折や脱臼などを手技で治療する「柔道整復師」の資格を取得し整形外科医院に勤務して、理学療法士の方々と一緒にリハビリテーションにも関わりました。そこでいろいろな先生に「なぜ父は背骨の形が人と違うのか?」と聞いて回っていたところ、あるドクターがおっしゃったんです。「それは足から来ている。海外では背骨の治療にもインソールを使うことがある」と。そこから僕の足への研究が始まったんです。

── 「背骨の問題ではなく、足」とはどういうことでしょうか?
久保 僕も、最初に聞いた時は驚きました。そもそも日本や東アジアの考え方では、悪い場所に直接手を当てる治療が主流です。腰が痛ければ腰を触るし、首が痛ければ首を触る。でも欧米では、体をもっと全体的に見る。背骨が歪んでいるなら、全身のどこかに歪みがあり、それを補正するために背骨が波打つように歪んでいるのではないか、と考えるんです。そしてその歪みの根幹は、建物でいえば土台となる足にあると。
このドクターの言葉から、僕は足の勉強をするために海外へ行きました。「足病医学」という言葉は日本ではあまり馴染みがありませんが、海外には「ポダイアトリスト」という人がいます。ドクターと横並びに近い位置づけで、足を専門的に見る職業です。この資格をオーストラリアで取りました。
── 帰国されたのちは、東京の整骨院グループで活躍されたそうですね。
久保 足病医学の知識を使いながら、「腰が痛い」「肩が痛い」という患者さんの施術をしてきました。またちょうどその整骨院グループが店舗をどんどん展開していく最中だったので、施術だけではなく、経営のノウハウも学ぶことができたのは、大きな経験になったのです。
店舗を任されるかぎりは、売り上げを上げなくてはいけない。ですから僕は駅前に問診票を持って立ち、腰が痛そうな人、身体がつらそうな人に声をかけるんです。「今から治すから店に来てください」、「今日来てくれたら、とりあえず痛みを半分にはできます。今日無料でいいので、気に入ったら明日も来てください」と。そうやって予約枠を埋めていきました。
── 体に痛みを抱えている人は、見ただけでわかるんですか!?
久保 僕は子供の頃から父を見ていて「今、ここがつらいよね?」というのがわかるようになっていたんです。それに加えてオーストラリアで学んできたことや、たくさんの方を施術させてもらった経験から、その人の歩き方や表情、喋り方や姿勢を見ていると「ああ、きっとここがつらいだろうな」とわかって、自分もその痛みを追体験してしまうようなこともあるんです。施術プランもその人と少し話せばすぐに浮かぶので、駅前で声をかけられた方は大抵「じゃあ行ってみようかな」と言ってくれました。

目の前の人しか治せないことが、自分の中では一番苦しかった
── そうして記録的な売り上げを作っていったんですね。
久保 顧客リストを作り、何%が来店したかをKPI(重要業績評価指標。目標達成に向けた進捗を測るための指標)化して、毎日改善していく。今振り返ると、当時はマーケティングの原型を体感していたんだと思います。
── しかし呼び込まれたお客さんは久保さんに施術してもらいたいですよね。他の施術者では代替が効かないはずで、そうとうお忙しかったのではないでしょうか。
久保 最大で一日35人ぐらいは僕ひとりで触っていました。朝8時から夜12時まで、ほぼノンストップです。終わる頃には手が腫れ上がって真っ赤になって、氷で冷やしていました。夜になると鼻血が出たり、耳鳴りで耳が聞こえなくなったりすることも当たり前でした。
それだけやっても、救えるのは目の前の35人です。その方々が月に何回か来るとしても、救えるのは月に100人ぐらいのものでしょうか。売上としても、どれだけ稼げる整体師でも月100万円台がひとつの天井です。10人スタッフがいる店で月1000万円売上が立てば、事業としてはかなり良い。でもそこが限界なんです。
手で触る治療は、どうしても属人的です。しかも自己犠牲の上に成り立っている面がある。若いうちはできても、60歳まで同じことをやるのは難しい。どこかでやり方を変えなければいけないと思いました。
── そこからものづくりへ向かわれたのですね。
久保 目の前の人を治すことはもちろん大事です。でも、目の前の人しか治せないことが、自分の中では一番苦しかったんです。地球全体を救いに行きたいと思ったら、地球の反対側まで届くものを作らなければならない。そしてそれがインソールでした。

100以上の試作を経て、今のインソールにたどり着きました
── インソールの開発は、どのように始まったのでしょうか。
久保 もともとものを作るのが好きでした。高校生の頃からサポーターやコルセット、ギプスのようなものを自分で作っていました。3Dプリンターもありましたし、3DCADで設計して、プリンターで出力して装着するようなこともしていました。
最初のインソールも、自分で3DCADを使ってデザインしました。世界中にあるインソールを集めて、良さそうな形を参考にしながら、自分で使い、友人にも使ってもらい、フィードバックをもらって少しずつ修正していきました。最終的には、8割ぐらいの人が満足できる形に落とし込んでいった感じです。
完成までには3年ぐらいかかりました。プロトタイプは100以上作ったと思います。最初は本当に手作りで、樹脂の塊を紙やすりやサンダーで削り出していました。この形がいいなと思ったら3DスキャンしてCADに落とし込み、また調整する。その繰り返しです。
── ちなみに、お父様もそのインソールを使われているのでしょうか?
久保 はい。痛みがだいぶ減ったと言ってくれています。今年70歳になりますが、とても元気ですよ。もう少し父が若い時から使えていたら、身体への負担ももっと軽くできたのではないか、と希望を抱いてしまうくらいに。
── 現在は、このインソールはかなり販路も広がっていますね。
久保 現在は年間で約1万足売れていますが、宣伝はほとんどしていません。口コミだけです。整骨院や整体院の先生方がすすめてくださったり、代理店のような形で広げてくださる方がいたり、プラットフォーマーに卸したりしています。
インソールもかなり頑丈に作っています。中肉中背の女性なら、ほぼ一生ものに近いレベルで使えてしまうかもしれません。もちろんすり減ったら買い替えてほしいですが、基本的には長く使えるものを作りたいですし、本当にいいものを作れば、きっとそれが口コミになって多くの人に届いて、夢であった「地球の裏側にいる人」まで救えるんじゃないかと思っているんです。

▲ 久保さんが経営するプライベートサウナ『ととの居 神楽坂』。
── また久保さんは『ととの居 神楽坂』というプライベートサウナも運営されていますね。ここでの整体や心理カウンセリングも、久保さん自らが行っているとか。御社は社員ゼロでメーカーを運営しているそうですが、どのように実現しているのでしょうか。
久保 AIがあるからできているんです。会計管理や経理系は、今ほぼすべてAIで自動化。会社の口座の入金履歴をAIが確認して、銀行に提出する資料も作れる。そういう仕組みを自分で組んでいます。もちろんシステム上のミスが起こらないか、これもAIに何重にも監視させています。
物流の仕組みは、自分でコードを書いて開発したシステムで行っています。在庫管理と注文情報をAIで集約して、送り状を出して、梱包して納品する流れです。梱包など人の手が必要な作業は、必要な時だけアルバイトの方に来てもらいますが、その方たちも、僕が作ったツールを使えば初めてでも簡単に作業できるようにしてあります。
発注が増えて、施術も入って、忙しくなっているはずなのに、AIシステムが充実してくると時間が余るようになってきているんです。僕はなにもしない時間、というものが苦手なので、次の仕事を始めないとと思ってしまうくらい(笑)。
── AIを使ったひとり起業、いわゆるソロアントレプレナー的な働き方ですね。
久保 そうです。これからソロアントレプレナーは増えると思います。ひとりでどこまでできるのか、というテーマで講演に呼ばれることもあります。僕はものづくりメーカーでありながらひとりでやっているので、かなり珍しいと思います。
今後は、一緒に世界中の人を救うという夢を追ってくれる人とも働いてみたいとは思っています。だけど一方で、果たしてどこまでひとりでいけるんだろうという好奇心もあります。AIはどんどん進化していて、「もうひとりではダメだ」そう思った頃に、またAIが進化してくれるんじゃないかと。

── AIのシステムもご自身で作られているということ、そもそもプログラミングや経営などはどうやって学んでいたのでしょうか。
久保 僕の最終学歴は高校卒業で、大学には行っていません。10代の頃から整体の学校に通いながら、出張整体やトレーナー活動をしていました。実業団や大学の強いチームにも整体師として通っていて、それなりの収入もあったし、その仕事で忙しくて大学に行く時間がなかったんです。
だからそのぶん、全部自分でやってきました。英語も海外に行くために自分で勉強しましたし、コーディングも経営も必要だから独学で覚えた。ですからAIが現れた時に、「ひとりでやれる時代が来た」と思いました。ここから何でもできるぞ、と。
AIは自分を拡張するものです。脳みそが大きくなる感覚に近い。本来、自分の脳でやらなければならなかった作業をAIに委託できるので、脳をもっと人間らしい活動に使えるようになる。コンピューターでできることに脳を使っていた時代が、ついに終わったのだと思います。
体を見る力は、会社や社会を見る力にもつながります
── 久保さんはAI導入やマーケティングのコンサルティングもされているそうですね。
久保 結果的に増えています。最初はインソールのSNSを自分で伸ばしていたら、「どうやっているんですか?」と問い合わせが来るようになりました。そこからマーケティングや動画制作の仕事が増えました。その流れで、AI導入のコンサルなども少しするようになった程度です。
── 体に触れる柔道整復師や整体師としての仕事から、AIを使ったビジネス拡張まで、振れ幅がすごいですね。
久保 でも僕がやっているのはたったひとつ「診断する」ということだけなんです。人間の体を見る時に大事なのは、根本にある問題を見つけることです。腰が痛いから腰を揉むのではなく、なぜ腰が痛くなるのか、その原因が足にあるのではないかと考える。これは会社や組織にも応用できます。
会社の売上が伸びない、社員が辞める、組織がうまく回らない。そうした問題も、表に見えている現象は結果でしかありません。根本に何があるのかを細分化し、階層ごとに見ていく。どの階層にどんな問題があるのかを見つける力が必要です。
今は、そうした自分の知識や考え方をAIに飲み込ませています。例えば、歩いている人の写真や動画を見たら、どこが悪いのか判別するAIソフトウェアも制作中です。会社の問題についても、構造を読み解いたうえでソリューションを提案し、それを円滑に進めるツールを短時間で作る。体を見る考え方は、実は何にでも応用できるんです。

▲ こちらは『ととの居 神楽坂』のマッサージ室。
── AIを使いこなすには、何が必要だと思いますか。
久保 読解力と分解思考力だと思います。AIを使うというと、プロンプトを打つ技術のように思われがちですが、実際には「何が問題なのか」を見つける力が問われます。
僕は音声認識を使ってAIに話しかけます。こういう現場があり、そこでこういう問題が起きている。では、この階層の問題に対するソリューションになるツールを作れるか。そう伝える。AIと話し合うような感覚でしょうか。だから大切なのは、AIに命令することではなく、考え方を共有することです。何が問題だと思っているのか伝え、話し合う。それができなければ、AIを使っても本質的な解決にはつながりません。
目指すのは、「足専門ブランド」
── 今後の展望を教えてください。
久保 足の周りにあるものをすべて網羅するつもりです。インソールから、靴下、サンダル、靴まで全部作りたい。ファッションだけではなく、体の根幹を整える今はまだ世の中にない「足専門ブランド」を作っていきたいんです。
AIが進化すれば、プロダクト自体は真似されるかもしれません。特許をとったところで、少しだけ変えれば同じようなものはいくらでも作れてしまう。
でもこれからの世の中は、「誰から買うか」が重要になってくると思うのです。AIが進化して世の中にはありとあらゆるヒット商品を模写した、しかも品質もそこまで変わらないようなものがたくさん出てくるでしょう。ここからは「誰の理念に賛同したか」「誰から買いたいか」が、購買の大きな動機になるのではないでしょうか。
── 医療従事者であり、足病医学の専門家であり、そしてご自身のルーツにお父様のご病気がある。間違いなく誰も真似できない背景ですよね。
久保 僕がなぜこれを作っているのか。どういう経験からここにたどり着いたのか。大袈裟ですが、その想いも世界と共有していきたいんです。そして、その想いすらもAIにアーカイブとして残しておいて、いつか誰かが、何かを作ろうとした時の役に立ちたい。引用元になりたい。
僕は単にものをたくさん売りたいわけではありません。足を通じて、人の体と生活を支える存在になりたい。医療従事者が始めた「足専門ブランド」として、学びや気づきを世の中に与えることができたら。それが今の目標です。

● 久保諭樹(くぼ・さとき)
Ayoi株式会社代表取締役。1993年福岡県生まれ。高校在学中から整体を学び、柔道整復師、理学療法士、認定心理士の資格を取得。オーストラリアなどでで足病医学を学んだのち、2021年にAyoi株式会社を設立。足元から全身のバランスを整えるインソールを開発。
HP/オーダーメイドインソール・フットケア製品制作・販売 | Ayoi株式会社













