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2026.06.24

母と娘が二人三脚で目指す、本当に美味しい「からすみ」の秘密とは?

宮崎に住むまったくの素人だった主婦が、あるきっかけから「からすみ」づくりに目覚め、15年の時を経て苦労の末に、高級からすみブランド「天乃頂(あまのいただき)」を立ち上げました。その手助けをしたのは実の娘さん。誕生までの山あり谷ありの物語を伺いました。

BY :

文/木村千鶴
CREDIT :

写真/田中駿伍(maettico) 編集/森本 泉(Web LEON)

からすみ 天乃頂 小濱ゆうき 小濱美礼 LEON

日本三大珍味のひとつとして知られる「からすみ」。ボラの卵巣を塩漬けにし、じっくりと乾燥させて作られる伝統食品で、その濃厚な旨味とねっとりとした食感は、古くから食通や愛酒家のオヤジさんたちを魅了してきました。美しい黄金色から琥珀色に輝く姿もまた魅力のひとつで、キャビアやフォアグラ、トリュフにも引けを取らない高級食材といえるでしょう。


しかし、その価値に反して、近年は若い世代を中心に口にする機会が減り、「名前は知っているけれど食べたことはない」という人も少なくありません。そんなからすみに新たな光を当てようとしているのが、宮崎県で誕生したブランド「天乃頂(あまのいただき)」です。


手がけるのは、自らを「からすみ師」と名乗る小濱ゆうきさん。そして、その挑戦を支えるため24歳で合同会社「天乃結喜商店」を立ち上げた次女の小濱美礼さんです。母は職人として最高のからすみを追求し、娘は経営者としてその価値を世の中へ届ける。二人三脚で歩む母娘の挑戦には、10年以上に及ぶ試行錯誤と、幾多の苦労がありました。

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からすみ 天乃頂 小濱ゆうき 小濱美礼 LEON

医療用の針で血管を一本ずつ抜く、究極の手仕事

「食べた瞬間に『これは絶対にいいものだ』と分かるレベルのものしか出したくないんです 」。そう語るゆうきさんの言葉には迷いがありません。


「私の地元である宮崎県の日向灘沖は、黒潮が流れる豊かな漁場です。そこで10月から12月のわずかな期間に獲れた上質な『寒中鯔(ボラ)』の真子(卵巣)だけを使用しています。ただ、真子はそのままではどうしても血生臭さがあるため、いかにきれいに血抜きができるかが、大切なポイントなんです」


その言葉どおり、ゆうきさんは医療用の針を使い、真子の血管を一本一本手作業で取り除いていきます。気の遠くなるような作業ですが、その工程を省くことはありません。


「不必要なものをきちんと取り除いて、丁寧に塩漬けをする。それが美味しいからすみにつながると信じています 」


さらに、味づくりにも独自の哲学があります。現在のからすみづくりでは、日本酒や焼酎、ワイン、シャンパンなどを使う製法も珍しくありません。しかしゆうきさんが選んだのは、宮崎産の天然塩だけでした。


「私は塩だけで勝負したかったんです。お酒を使うのは臭みを抑える意味もありますが、本当に良い原料と丁寧な仕事があれば必要ないと思っています」

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▲ 母親の小濱ゆうきさん。

余計なものを足さず、素材と技術だけで完成させる。その結果生まれたからすみは、生臭さがなく、和食だけでなくフレンチやイタリアンとも好相性。さらにはアイスクリームや焼き芋などのデザートとも合わせられるほど、懐の深い味わいに仕上がっています。


そこまでストイックにからすみ作りに没頭するゆうきさんですが、驚くことに、もともと職人の道を歩んでいたわけではありませんでした。

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琥珀色の柱が告げた「天命」と、未活用魚ボラとの出会い

「若くして結婚したのでずっと主婦だったのですが、15年前に母から古民家を改装した飲食店を引き継いだんです。柱を柿渋で磨いたら綺麗な琥珀の飴色になり、店名を『あめいろCAFE』にしました。経営するなかで、やっぱり看板メニューが欲しくて。


試行錯誤していた時に、年末になると近所の小料理屋さんで自家製のからすみを作っていたのを思い出し、『からすみパスタ』を着想しました。調べていくうちに“からすみは飴色が良品とされる”という記述に出会い、お店のコンセプトと重なって『ああ、これは天命だ!』と感じてしまったんです」

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カラスミは高級食材。買うと値段は高いけど、自分でも作れるはず。そう思い立ったゆうきさんは、カフェの裏の作業場で、手伝いに来てくれていた和食の職人や実の弟とともに試行錯誤の研究を開始します。同時にからすみの本場である長崎にも足を運び、技術を学びました。


しかし、最初に大きな壁として立ちはだかったのが「仕入れ」でした。実は宮崎の日向灘沖で獲れるボラは、豊かな環境で育つため非常に良質です。しかし当時、宮崎ではボラが県認定の魚ではなかったため漁獲量のデータがなく、どこに行けば手に入るのかすら分からない状態でした。

「最初のうちは市場に足を運んでも、相手にすらされませんでした。私は社会経験があまりなく、それがコンプレックスでもあったのですが、だからこそ怖いもの知らずで飛び込んでいけたのかもしれません。あちこちを回りながらご縁をいただき、ようやく漁業協同組合などから直接仕入れさせてもらえるようになりました」

宮崎では長い間、ボラはフカやニベと並び「三大未活用魚」と言われていました。漁獲されても身は東南アジアに輸出され、真子は他県に流出。地元での活用が進んでいないという地域課題があったのです。さらに「ボラは泥臭い魚」というかつての風評被害も残っていました。しかし、外洋の綺麗な海で育った寒ボラは、実は極上の白身魚です。

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▲ 次女の小濱美礼さん。

「試しにカフェで白身魚のフライとして提供したところ、お客様から『この美味しい魚は何ですか?』と何度も驚かれました。それで調子に乗っちゃいまして(笑)。身も卵も余すことなく活用して物販ができればいいなと思い、工場を建てる決心をしました」


当時、宮崎県内で女性のものづくりを応援する時流があったことも追い風となり、支援を受けてからすみ専用工場を設立。設備を徹底的にカスタムしたため経済的な負荷は小さくありませんでしたが、今では全国トップクラスの生産キャパシティを誇る施設となりました。

「売れない」10年の苦悩と、未来へつなぐバトン

ようやく最高の環境が整ったものの、そこからさらに10年、ゆうきさんは深い苦悩の時期を過ごすことになります。一番の課題は「からすみを知っている人が、全国的にあまりにも少ない」という現実でした。


「そもそもからすみを食べたことがない人が多く、販売を請け負う会社の方でさえ味の判断がつかない。営業に行っても価格の話ばかりで、食べてもらっても『美味しいかどうかわからない』と言われる日々でした。心が折れまくりました。年齢的なことを考えても、やめるなら今、という限界のタイミングでした」

仕入れルートも目利きも世界トップクラス。医療用の針を駆使して深夜まで黙々と血管を抜く圧倒的な技術がありながら、世間に届かない。そんな地団駄を踏むような母の悔しさを間近で見つめ、誰よりも危機感を募らせていた存在がいました。それこそがこの再生物語のもうひとりの主役次女の美礼(みらい)さんです。

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「母の情念を晴らしたい」24歳の娘が下した決断

美礼さんは小学生の頃から、姉や弟と共に母のカフェの手伝いをしていました。単なる作業の手伝いだけではなく、時には母の経営の相談相手にもなっていたと言います。


「小学生の頃の私は、今と違ってとても引っ込み思案な子供でした。社会経験のない母が、模索しながら必死に戦っている姿を特等席で見て育ちました。切ない思いもたくさんしましたが、ノウハウがまったくない状況でも、人は進めば物事を成すことができるのだという姿勢を学びました。それは私の人生観の根底にあります」

そう語る美礼さんは、24歳という若さを感じさせない、非常に達観したロジックを持っています。幼い頃から大人扱いで母の相談に乗ってきたからこそ、自然とビジネスの解像度が上がっていったのです。


「中学生の頃にはすでに将来のキャリアプランを考えていました。母からの相談に『こうすればいいんじゃない?』と答えても、当時は根拠がなかった。どうすれば根拠を元に話せるだろうかと、ずっと考えるような子供でした。よく『トライアンドエラーで良くしていけばいい』と言いますが、私たちのような小さな事業にとって、エラーのコストは致命傷になります。リソースに限りがあるからこそ、最短で最善の策を出す性格になりました」

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経営の苦しさに地団駄を踏む母の姿を見てきた美礼さん。彼女が下した決断は、母を「経営」というストレスから解放し、ものづくりに100%集中させる環境を作ることでした。


「母には作ることに集中してほしい、母の情念を晴らしたい。若さや女性という武器を持って、母とふたりで対等に戦えるのは今しかないと思い、一念発起して起業しました。私が経営をやるから、お母さんは最高に良いものを作って、と。今は強力な陣営ができたところで、母にはコストも度外視して、自分が本当に作りたかった理想のからすみを追求してもらっています」


現在、合同会社「天乃結喜商店」の代表は美礼さんが務め、ゆうきさんは職人として製造に専念するという、最強のタッグが誕生したのです。

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世界三大珍味を超えて、お正月の主役へ

世界規模で魚卵の消費量が増え続ける今、ウニやイクラが世界中でラグジュアリーフードとしてバズっているように、からすみにもその未来が開かれているとふたりは信じています。

からすみ 天乃頂 小濱ゆうき 小濱美礼 LEON

美礼さんとゆうきさんの直近の目標は、伝統的な「おせち」の文化を取り戻すことです。


「今の一番の目標は、お正月を世界三大珍味に取られずに、おせちの主役としてからすみが定着することです。お正月にはからすみを食べよう、という日本の良き食文化を取り戻し、日常の贅沢に落とし込んでいきたい。世代や国に関わらず、それを伝えていくのが私の役目だと思っています」


新商品のブランド名「天乃頂」には、宮崎が天孫降臨の地であること(日本書紀にボラが登場する縁もあります)に加え、「頂点を取るぞ」という強い願い、そして命を「いただきます」という感謝の念が込められています。

ゆうきさんが自らを「からすみ師」と名乗るのも、ただ作るだけでなく、その文化を伝える伝道師でありたいという決意からです。


「私はこれからの10年、からすみを作ることと伝えることを生業にしたいんです 」

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一方、美礼さんにも確信があります。


「私自身、子供の頃から母のからすみを食べて育ち、これが世界一美味しいと確信しています。だからこそ、私たちの若い世代にも絶対にウケるという自信があるんです」


二人が目指しているのは、単なるブランドの成功ではありません。忘れられつつある日本の食文化を未来へつなぐ文化の担い手でありたいということ。今年5月にデビューしたばかりの「天乃頂」。その名に込められた“頂点を目指す”という願いは、いままさに新たな一歩を踏み出したところです。

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