2021.11.14
思い出に残る、世界の空
多くの土地を旅してきた筆者の脳裏にいまも過ぎる光景。それは空。ハワイ、パリ、LA、そしてアリゾナや中東の砂漠など、思い出の空についてたっぷりと語ります。
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文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽
岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第172回
朝焼け、夕焼け、星空、、が好き!
同じ景色の前にいても、空の表情が変われば景色の表情も変わっていく。時には劇的に。
僕は旅が好きだが、旅先でも「空を見る」のが楽しみのひとつになっている。
歳を重ねた最近の旅は怠惰そのもの。なので、美しい空を見るために移動することはなくなった。だが、若い時は、それが当たり前のようになっていた。
空の表情を意識して見るようになったのはいつ頃からか。ハッキリは思い出せないが、たぶん、1964年、初めてカリフォルニアとネバダの砂漠を走ったときだろう。
LAからラスベガスに行った時のこと。LAを出るのが遅くなり、夜の砂漠を延々と走ることになったのだが、それが幸いして「見事な星空」に出会うことができた。
単調なドライブが続いていたので、道路端にクルマを停め、一息入れようと車外にでた。
そのとき見上げた星空の美しさ、きらびやかさに驚き、衝撃を受けたのだ。
この時以後、LAに行く度、砂漠エリアにまで足を運ぶようになった。前にも書いたが、トラックをレンタル。荷台で星空を見上げながら、スリーピングバッグで眠ったりもした。
このときは朝焼けも見ようと思っていた。陽が昇る前に目覚し時計をセットして眠った。でも、鳴る前に目覚めた。僕の神経回路はそうとうテンションが上がっていたのだろう。でも、グッスリ眠れたのだから不思議だ。
砂漠の夜明けも最高だった。トラックの荷台で、自然の演じる荘厳なドラマに独り包まれ圧倒された。まさに至福の時を過ごした。
トラックの荷台で、、という贅沢な体験はこれ一度しかないが、砂漠に行き、砂漠の朝を夜を星空を体験する機会には多く恵まれた。
ネバダやアリゾナの砂漠には何度も行った。バハ・カリフォルニア、オーストラリアの砂漠にも数度行った。他にも、エジプト、アルジェリア、モロッコ、ドバイ、トルコ、イラン、アフガニスタン、、、多くの砂漠に出会った。
茶色い砂に覆われ、生命感を感じとれない砂漠のただ中にいると、時として「死生観」的なものが頭を過ることもある。
それに対して、草やサボテン、あるいは毒々しい花が命を宿す砂漠(土漠と呼ぶ人もいる)には「強い生命感」を感じさせられる。
アフリカや中東の砂漠の多くが前者に属し、アメリカ、メキシコ、オーストラリアの砂漠の多くが後者に属する。どちらも好きだし、どちらの朝焼け、夕焼け、星空も好きだ。
そんな中で、とくに強く記憶に残っているものをピックアップしてみよう。
バハ・カリフォルニアでは「1000マイル・レース」に出場したこともあるが、マシントラブルで途中リタイヤ。砂漠から脱出するのに3日以上かかったように記憶している。
その間毎日、朝焼け、夕焼け、星空を眺めていたのだが、おかげで気持ちを落ち着かせることができた。いや、楽しんでいたといった方が合っているかもしれない。
ピラミッドとスフィンクスを観た日の夜、ナイル河に浮かぶボートホテルから見上げた星空も忘れ難い。古代エジプトの王たちも、こんな星空を見上げながら祈りを捧げていたんだろうな、、などと、想いは際限なく拡がっていった。
「ロンドンーーシドニー 3万キロラリー」の際に通ったアフガニスタンとパキスタンを結ぶカイバル峠で見た星空も忘れられない。
闇の中を複雑にうねるカイバル峠。この要衝には1km置きくらいだっただろうか、軽機関銃を手にした兵士が立っていた。
ラリー車が通過するのは予め通知されていたはずなので、われわれは難なく通り抜けられた。でも、一般車両だったら、停められ調べられるのだろう。
険しく真っ暗な峠道で、ヘッドライトの灯りに銃を持った兵士が突然浮かび上がる、、という状況はほんとうに怖かった。
でも、、ときどき山間が開けて、闇の中に星空が広がったときの美しさには心を奪われた。キラキラ光る星は薄汚れたフロントウィンドゥ越しでもハッキリ見えた。張り詰めた緊張感をほんのひとときだが和らげてもくれた。
その時、ふと脳裏に浮かんだことがある。子どもたちを連れて三宅島に遊びに行ったときのことだ。
夕食を終えた子どもたちは、走り回ったりテレビを見たりしていたが、庭に出たひとりが突然、「お星さまがきれいだよ~!!」と大声をあげた。その声につられて、子どもたち、そして僕も家内も庭に出て空を見上げた。「三宅島って、どうしてこんなにお星さまがいっぱいなの!?」と誰かが訊いた。
東京とはまったく違う星空、、文字通り「満天の星空!」だった。そして、子どもたちは星空を眺め続けた。テレビの前に戻る子供はいなかった。三宅島には1泊しかしなかったが、その夜のほとんどを庭で過ごした。
最近は怠惰な旅ばかりだが、そんな中でのお気に入りはハワイとウィーン。ウィーンで美しい空が見られるポイントはみつけられていないが、ウィーンの前のお気に入りだったパリでは見つけた。
記憶は少し怪しくなっているが、オルセー美術館に近い橋の上から東の方向を見る。日の出の少し前、朝焼けの前、、空がなんとなく明るくなってくる頃がいちばんいい。
セーヌ河と美しい橋を中心に、まだ静寂に包まれたパリが広角に捉えられ、少し靄に包まれたような優しく優美な表情を見せるのだ。
ここには4回行ったが、3回めと4回めはひとりで行った。日の出の1時間半ほど前に目覚しをかけて、、、。その価値は十分あった。
最近もっとも多い旅の目的地はハワイ。ホテルは海に面した角部屋をとり、テラスのデッキチェアで多くの時間を過ごす。僕も家内も寝坊なので、朝焼けは見ないが、夕焼けと星空はタップリ楽しむ。
インターナショナルマーケットの跡地に建てられたビル、その屋上のレストランもいい。ワイキキの直近にありながら、きらびやかな灯りも喧騒も届かない。星空を見上げながら静かなディナーが楽しめる。
ハワイ島で見た星空にも我を忘れたが、マウイ島東端のハナ村にある「ホテル・ハナマウイ」、、その海に面したコテージから眺めたドラマも忘れられない。
自然が演じるドラマはなににもまして心に響く。中でも、朝焼け、夕焼け、そして星空が演じるドラマはもっとも壮大だ。
砂漠の一人旅はもう無理。でも、旅はまだまだ続けたいし、ドラマチックな空ももっともっと見たい。来年初夏頃には海外に出られるだろうと予想(期待)しているが、ぜひそうなってほしいものだ。
● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。