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2017.10.03

コモ湖畔で繰り広げられる、華やかなる自動車の祭典#1

スイスとの国境にほど近いイタリア北部のコモ湖畔で、今年も初夏のある週末、世界的なヒストリックカーのコンクールが開催された。「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」。世界中から珠玉の自動車51台とモーターサイクル40台が参加した由緒正しきイベントをリポートする。

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晴天に恵まれた「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ 2017」。51台の自動車と40台のモーターサイクルが美を競い合いました
取材・文/山口 幸一

現存する世界最古の自動車コンクール

ミラノから車で北へ向かうこと約50分。スイスとの国境にほど近い、風光明媚な湖畔の高級リゾートは、湖からの爽やかな風と空気に包まれていました。そんな初夏の週末に、コモ湖畔にたたずむ「グランド・ホテル・ヴィラ・デステ」で開催されたのが由緒正しきヒストリックカーのコンクール「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」です。

グランド・ホテル・ヴィラ・デステは今でこそ高級ホテルですが、元来は16世紀にカトリックの枢機卿が邸宅用に建てた歴史的建物。コモ湖に面したその新緑の庭園が、世界中から選りすぐられた美しきヒストリックカーたちのステージとなります。

晴天に恵まれた土曜日の朝、宿泊先のホテルからボートで会場に入ると、すでに51台のヒストリックカーが並べられ、我々を出迎えてくれました。16世紀に建てられた華麗なる御殿に数々の歴史的名車、そして湖と周囲の山が織りなす変らぬ絶景。一瞬、いにしえにタイムスリップしたかのような感覚を覚えます。
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元を正せば16世紀にカトリックの枢機卿により邸宅として建てられた「グランド・ホテル・ヴィラ・デステ」
このコンクールがスタートしたのは1929年のこと。現存するヒストリックカーのコンクールでは最古の歴史を持ちます。当時、車はシャシーとボディを別々にオーダーするのが一般的でした。特にボディは、馬車メーカーの流れを汲むコーチビルダーに、オーナーが好みのデザインをワンオフでつくらせていました。そんな貴族たちは、自らの美意識を具現した1台をコンクールに出展することで、センスを競い合ったのです。ヴィラ・デステは、そのようなコンクールの頂点に位置するもので、いわば当時の自動車文化と、貴族たちのサロン文化の中心だったわけです。
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実は、BMWグループは1999年よりこの歴史あるコンクールのスポンサーを務め、2005年からは主催者としてグランド・ホテル・ヴィラ・デステとともにイベントを運営してきました。量産車として初めてボディの大部分にカーボンファイバーを用いたEV、もしくはPHVをラインナップするiシリーズを展開するなど、BMWといえば、非常に先進的な自動車メーカーというのが一般的なイメージでしょう。ところがその一方で、近年のBMWは古き良き時代の自動車文化を尊び、次世代へと伝えていくことにも積極的な活動を見せています。
その象徴が、BMWグループ・クラシック。それはBMWが所蔵するコレクションを維持管理するセクションであり、ロールス・ロイスやMINIもふくめ、顧客のクラシックモデルに対してレストアやメインテナンスも行う、まさにクルマ文化の継承のための部署なのです。ちなみにヴィラ・デステの運営主体もこの部門です。

「BMWには、たとえば328や507といったすばらしいクラシックモデルがあり、オーナーの方々はいまでも大切に乗っています。私たちには部品供給やレストアを手がけることで、彼らをサポートする必要があります。こうして自動車文化を守ることが、自動車メーカーである私たちの責務なのです」

ヴィラ・デステの会場で、セールス&マーケティング担当上級副社長であるイアン・ロバートソン氏は、BMWグループ・クラシックについて、そう語ってくれました。
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「コンセプトカー & プロトタイプ」部門にエントリーした「Renault Trezor」
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こちらは中国の新興自動車メーカー、TECHRULESが手がけたエレクトリックスーパーカー「REN」
ヴィラ・デステでは、2002年に最先端のコンセプトカーのデザインを審査する「コンセプトカー & プロトタイプ」賞が設けられました。これは、世界中の他のクラシックカーイベントには存在しないカテゴリです。まさに、いにしえからの自動車文化を今に伝えながら、新しい時代を切り開くBMWならではの企業姿勢があらわれたコンクールと言えるでしょう。今回は、ルノーが2016年に発表した「TREZOR」という2シータークーペのEVと、中国の新興自動車メーカー、TECHRULESが手がけたエレクトリックスーパーカー「REN」の2台がエントリーしていました。
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2017年のテーマは「八十日間世界一周。記録の時代への誘い」

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湖面は青く輝き、木々は深く色づく。そんな絶景のロケーションで車たちは美を競い合います
ヴィラ・デステでは、毎年テーマが設けられるのも特徴で、2017年のそれは「八十日間世界一周。記録の時代への誘い」。実はヴィラ・デステが、カトリックの枢機卿の邸宅からホテルにコンバートされたのが、ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』が発刊された1873年のこと。それにちなんで付けられたのです。

ジュール・ヴェルヌの作品のなかで主人公の英国人貴族は、列車や蒸気船などさまざまな乗り物を乗り継いで世界一周の旅を試みます。もちろんストーリーはあくまでフィクションですが、世界がますます活発に移動をはじめたのがこの19世紀末でした。その後、自動車が誕生し、モビリティの主役を担うようになると、貴族たちは自らステアリングを握り、グランドツーリングを楽しむようになります。より速く、より遠くへと。文字通り、自動車で世界旅行に挑戦する者もいました。今回のテーマは、そんな時代に思いを馳せたものなのです。
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来場者は、オーナーが語るそれぞれの車のヒストリーに注意深く耳を傾けていました
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ヴィラ・デステでは、いくつかのクラスに分けられて審査が行われます。毎年、クラス毎のネーミングが秀逸で、それぞれに彼の時代へのイマジネーションをかき立てられるタイトルが与えられることで知られています。例えば今年は、以下のクラスが設定されました。

「速度の達人:黄金期における耐久レースのパイオニアたち」
世界初の自動車レースと謳われる伝説の「パリ-ルーアン・レース」やル・マン24時間耐久レースを想起させるカテゴリ。

「スタイリッシュな旅:40年間にわたって世界を巡った車たち」
戦前期のぜいたくな高級車を審査するカテゴリ。

「グッバイ・ジャズ、ハロー・ラジオ:全速力で1930年代へ」
1932年、カーラジオが始まり、スピーカーから鳴り響くリズミカルな音楽は、ドライバーにより速く走るように促しました。そうした時代のニーズに、流線型のボディや過給器付きエンジンなどで応えた各メーカーの名車がエントリーするカテゴリ。

「速く、静かに、なめらかに:ジェット世代のヒーロたち」
パワフルなエンジンを載せ、特注の個性的なボディをまとって、1945年以降に登場した美しいアスリート(スポーツカー)がエントリーするカテゴリ。

「グランド・ツアーは続く:次の40年へ」
1945年以降の優雅でラグジュアリーなグランツーリスモを集めたカテゴリ。
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真夏のように暑い週末となったが、粋なジャケットスタイルの来場者たちの姿が多く見られました
「速く、そして華やかに:プレイボーイのおもちゃ」
上流社会の駿馬と形容される、実用性はないが絶対的な魅力を放つ名馬たちを集めたカテゴリ。ナンバー付きのレーシングマシンやル・マンレーサーもエントリー。

「煌めく宝石:大男たちのの小さなおもちゃ」
排気量やパワー、そしてボディは小さいながら歴史的に希少価値があるスポーツカーがエントリーするカテゴリ。

「スピードが磨きをかける:数十年にわたるレース」
レースに勝つために、空力的な観点からボディ形状を磨き上げられた1950年代から70年代のスポーツカーを審査するカテゴリ。
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「速く、そして華やかに:プレイボーイのおもちゃ」のカテゴリーにエントリーした「ギア L 6.4」
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今年のベスト・オブ・ショーは「アルファ・ロメオ ジュリエッタ SS プロトティーポ」

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優れた審美眼で出展車を吟味する審査員たち
審査にあたるのは、ほとんどが世界的カーデザイナーやジャーナリストといった自動車のスペシャリストたち。今年も、かつてピニンファリーナに在籍し、フェラーリ550マラネロをはじめ数々の名車をデザインしたロレンツォ・ラマチョッティ氏や、ポルシェのチーフデザイナーとして歴代911や初代ボクスターを手がけたオランダ人デザイナー、ハーム・ラガーイ氏、そして長年にわたりルノーのデザイントップとして個性的なデザインのモデルを生み出してきたパトリック・ルケマン氏といった自動車デザイン界のスターが名を連ねていました。

彼らの審美眼にかなったヒストリックカーたちは、いずれも極めて希少なモデルであるばかりか、数十年に及ぶ歴史を刻んできた名車揃い。1台1台がそれぞれのストーリーを持つ唯一無二の存在です。
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「スピードが磨きをかける:数十年にわたるレース」部門で優勝した「マセラティ 300 S」(1958年)
例えば、「スピードが磨きをかける」部門の「マセラティ 300 S」(1958年)。オーストリアの著名なコレクターによってエントリーされた同車は、1950年代の伝説的なレーシングドライバーであり、2シーターF1マシン「マセラティ 250 F」で幾度もの勝利を収めたスターリング・モスが、ステアリングを握った実車です。当時、彼は「すべてのマセラティのなかで、300 Sは最も素晴らしいモデルの1台だ」と絶賛したといいます。

そして、「プレイボーイのおもちゃ」部門にエントリーした「ランボルギーニ・ミウラ P 400」(1968年)。スーパーカー世代にはお馴染みのマシンですが、今回エントリーした車にはまたまた興味深いヒストリーが。
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「速く、そして華やかに:プレイボーイのおもちゃ」部門で優勝した「ランボルギーニ・ミウラ P 400」(1968年)
推理小説の大ベストセラー「シャーロック・ホームズ」シリーズを手がけた英国人作家、アーサー・コナン・ドイルの子息、エイドリアン・ドイル。プレイボーイであり、父親の財産で放蕩の限りを尽くしたと言われる彼は、スポーツカーに対しても散財を厭いませんでした。このミウラも自らランボルギーニに赴きオーダーしたもので、フロントからリアへグリーンのストライプが2本ひかれたレッドのエクステリアも、ブラックのレザーシート(本来はビニールシート)も彼自身が特注したものだそうなのです。

同車は、1968年5月にスイスにあるエイドリアンの宮殿に納車されたのですが、不幸にも2年後の夏、彼は59歳で急逝。今回、現オーナーがレストアを終えたばかりのタイミングでコンクールに持ち込んだわけですが、「プレイボーイのおもちゃ」というカテゴリーは、このミウラには、まさにおあつらえ向きともいえるでしょう。

なかには、美しさやストーリー、希少性といった文脈とはちょっと異なる点で目をひく車もありました。「グランド・ツアーは続く」にエントリーした「マセラティ A6G/2000 グランスポーツ」(1956年)などはその好例でしょう。ブラックとグリーンのツートーンボディはペイントが所々はげており、内装もレザーにひびが入るなど散々な状態。
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違った意味で目をひいたのは、ボディのいたるところでペイントがはげた「マセラティ A6G/2000 グランスポーツ」(1956年)
これは一昨年、パリ某所で発見された著名なコレクターが収集し、数十年にわたり保管されていた59台のうちの一台なのですが、どの車両も保存状態が悪く、雨風にさらされていたせいでかなりのダメージを受けていたそう。

元を正せば、マセラティ A6G/2000 グランスポーツはピエトロ・フルアが絶頂期に手がけた、当時もっとも美しいスポーツカーの1台と讃えられたモデルで、この世に4台しか存在しない希少車。ヴィラ・デステに持ち込んだ現在のアメリカ人オーナーは機関部分のみレストアし、内外装には手をつけなかったそうです。あまりの傷み具合に、なぜ美を競う祭典にこの車がエントリーしているのか目を疑いましたが、同車がたどった数奇な運命により刻まれた内外装の傷みもこの車の価値なのだと、現オーナーが考えたのかもしれません。
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1台1台に宿る唯一無二のストーリー

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パレードランのメインステージで来場者の喝采を受ける「BALLOT 3/8 LC」(手前)。「速度の達人:黄金期における耐久レースのパイオニアたち」部門で優勝しました
翌日曜日は、ヴィラ・デステからほど近い貴族の元邸宅、「ヴィラ・エルバ」に会場を移し、コンクールにエントリーした珠玉の名車たちが一般公開されました。コモ湖に面した広大な庭園で、数千人におよぶ来場者が絶景のなかに並べられた名車を眺めたり、オーナーとのコミュニケーションを楽しみます。小さな子どもを連れたファミリーも多く、昨日のエクスクルーシブでスノッブな雰囲気とは異なる、カジュアルで自由な空気に満ちています。
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日曜日はヴィラ・デステからほど近い貴族の元邸宅、「ヴィラ・エルバ」に会場が移され、名車たちが一般公開されました
あちらで「フェラーリ365 GT/4 ベルリネッタボクサー」のエンジンルームが開けられればすぐさま人が集まり、こちらで「ランボルギーニ ミウラ P 400」のエンジンに火が入れられればまた人垣ができる…そんな具合です。

この日のメインイベントは出展車のパレードラン。右側に審査員席、左側に来場者たちで埋め尽くされたグランドスタンドが設置されたレッドカーペットに、エントリーカーが1台1台自走で現れては、その美しさをアピール。オーディエンスは彼らに盛大な拍手を送ります。希少なヒストリックカーたちが、初夏の陽光のなか、エンジン音を轟かせて自走するシーンには、ミュージアムに展示された車にはない生命の息吹のようなものが感じられます。

どの車もエントラントとなる現オーナーがステアリングを握っているのですが、なかには子ども、孫と三世代で車内におさまり、拍手に満面の笑みで応える出場者や、エンジンストールし、スタッフに押されながら苦笑いでステージを後にする者もいて、観客たちの表情も思わず和らぎます。
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「コッパ・ドーロ・ヴィラ・デステ」を受賞した「ラルーニ・ニッビオ」(1935年)。トロフィーを持つのは同車をつくったジョバンニ・ルラーニ・チェルヌッチ伯爵の孫
招待者投票で選ばれる「コッパ・ドーロ・ヴィラ・デステ」を受賞した「ラルーニ・ニッビオ」(1935年)もそんな1台。レーシングドライバーであり、エンジニアでもあり、自動車デザイナーでもあったジョバンニ・ルラーニ・チェルヌッチ伯爵が作り上げたこの250cc 1気筒エンジンのシングルシーターレーサーは、家族に大切に受け継がれ、今回ジョバンニ氏の孫によって出展されました。その孫の運転により登場した同車は、途中エンジンがストール。スタッフが辛うじて押しがけしたのですが、そのとき運転席におさまる彼の、気恥ずかしい気持ちと祖父の作品を誇らしく思う気持ちとが入り交じったような複雑な表情が印象的でした。
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審査員によるベスト・オブ・ショーに選出された「アルファ・ロメオ ジュリエッタ SS プロトティープ」(1967年)
今年、審査員によるベスト・オブ・ショーに選出されたのは、「大男たちの小さなおもちゃ」にエントリーした「アルファ・ロメオ ジュリエッタ SS プロトティープ」(1967年)です。当時、ベルトーネのチーフデザイナーであったフランコ・スカリオーネが手がけたモデルで、後にデビューする名車「スプリント・スペチアーレ」に通じる、宇宙船のような流線型のボディが秀逸です。今年60歳になるこの車のエントラントは、フランコの娘であるジョバンナ・スカリオーネ氏です。このエピソードも、古き良き文化的な遺産を尊び未来に伝えんとするこのイベントならではといえるでしょう。
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フランコ・スカリオーネの子女、ジョバンナ・スカリオーネ氏がステアリングを握りました
コモ湖を望む絶景の庭園を舞台とする、歴史ある自動車コンクールは、今年もこうして幕を下ろしました。2日間を会場で過ごして印象的だったのは、当時の気高く華麗な雰囲気を大切にしつつも、自動車と自動車文化を愛するというひとつの共通点のもと、老若男女がこの瞬間を、等しく享受し、心から楽しんでいる姿でした。きっと100年後も、この奇跡的な2日間が繰り返されているのだろう。会場を後にした僕は、湖上のボートにゆられながら、ふとそんなことを考えていました。

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