2016.12.07
Hipに磨きをかけて…Vol. 01
すれ違った女性の後ろ姿が忘れられない――。それはクルマも同じことかと。
運転席から見る前を行くクルマ、走り去るクルマ……。
私たちが見ているのは実はクルマのリヤ部分が一番多いのかもしれません。
そんなクルマの、後ろ姿へのこだわりとは。
モテるクルマは後ろ姿で黙って語る
そう、人間同様、クルマにとって“顔”が大切であることは否定のしようがないところだ。では、後ろ姿はどうか? 背中には男の人生が表れるという。クルマでいえば、どんなに豪奢なフロントマスクが与えられていようと、リヤデザインが手抜きでは興ざめ。物語や食事で後味が重要な役割を演じるのと同じように、クルマでもリヤデザインがもつ意味は決して少なくないのだ。
クルマのリヤエンドは、単にビジュアル的な効果だけでなく、実は機能面や性能面にも大きな影響を与えている。例えば後席やラゲージルームのスペースはリヤの造形によって変わってくるし、リヤエンドの形状や立ち切り方はエアロダイナミクスを大きく左右する。言い換えれば、リヤエンドは見た目以上にクルマの性格や役割を決定づけるともいえるだろう。
"尻下がりデザイン"が生み出す優雅さ
MERCEDES-Benzメルセデス・ベンツ
これには明確な理由が。リヤデッキを高くすれば、まずその下のラゲージスペースが大きくとれる。また、リヤデッキが高いとルーフの後端を持ち上げてもデザイン的に破綻しにくくなり、そうすることで後席のヘッドルーム拡大を実現できる。
くわえてフロントが低く、リヤが高い、いわゆるウェッジシェイプのプロポーションは、特に後方から眺めた時にクルマが力強く前に走り去っていくような印象を与える。こうしたイメージは、特にヨーロッパで重要視されるそうだ。
さらに、一般的にいってリヤデッキを高くすることはエアロダイナミクスの面でもメリットを生み出すことが多いとされる。
ただし、無闇にリヤデッキを高くすると、テール部分が妙に厚ぼったい印象を与え、軽快感が薄れる。これを防ぐために自動車デザイナーが何をしたかといえば、クルマを後方から眺めた時、下側の1/4ほどを黒く塗りつぶすことでテールエンドが実際よりも薄く見えるように工夫したのだ。
これが、たまたまレーシングカーに採用されているリヤディフューザーという空力デバイスと似ているため、スポーティな印象を強めるという副次的な効果も生み出したのは興味深い。
リヤは尻上がり派か尻下がり派か――
その急先鋒はメルセデス・ベンツ。8年前に同社のチーフデザイナーに就任したゴードン・ワーグナーは、クルマのリヤエンドを徐々に下げていくデザインが“優雅さ”を表現する一助だと考えている。
以前、メルセデスのデザイン戦略に関するプレゼンテーションで彼は、1930年代に設計された540Kという豪華なコンバーチブルモデルの写真を示しながら、「このようにテールエンドがなだらかに下がるデザインは実にエレガント」という主旨のことを述べた。
なるほど、ラグジュアリーブランドであるメルセデスにはエレガントなデザインがよく似合う。そして尻下がりのデザインにはクラシカルな優雅さが漂う。しかし、尻上がりのデザインを見慣れているわれわれに、尻下がりで美しさを表現し、一台のクルマとしてデザインをまとめ上げるのは容易なことではなかったであろう。しかし、ワーグナーはこの難題を見事に克服したのだ。
そんな“尻下がりデザイン”の代表作がCLSとCLAに用意されたシューティングブレークだ。写真はCLAだが、デザイン・コンセプトはCLSもほとんど同じ。
その特徴を手短に述べれば、強く前傾したテールゲートが、前方からなだらかに下降するウインドゥグラフィックスと見事に調和しているだけでなく、ボディサイドのキャラクターラインがこれを受け継ぐ形でテールエンドまで伸び、アーモンド形のリアコンビネーションライトでキリリとまとめ上げる効果を生み出している。
なるほど、尻下がりデザインは優雅でもあるが、CLAシューティングブレークにはスポーティさも感じられるし、しかも個性的で美しい。おそらく時代を越えて名作と語り継がれるデザインになるだろう。
これぞ"尻下がり"デザインの源流です
これぞ"尻下がり"デザインの源流です
チーフデザイナーのゴードン・ワグナーがモチーフにしたという1930年代の名車、メルセデス 540K。現代のシューティングブレークに通ずる、サイドからリヤにかけての流れるようなルーフデザインの源流ともなっている。
シンプルな造形に滲み出る高貴さ
JAGUARジャガー
イギリスのジャガーは、1980年代から90年代を迎えても、歴代のXJサルーンや2ドア・クーペのXJ-Sに尻下がりデザインを採用していた。しかも、キュッと引き締まった小振りのテールエンドを低い位置に設けることで、独特の品の良さや軽快感を表現。
イギリスの貴族社会と通底する上品なスポーティサルーン創りが得意なジャガーのブランド・イメージとマッチするデザインを構築してきた。
さらに最新のXJではコンパクトで縦長な形状のテールライトをトランクルームの両サイドに配することで、かつてのXJを彷彿させる控えめな上品さを見事に再現、派手さはないものの飽きのこない秀逸なデザインにすることに成功したのだ。
昔は"尻下がり派"代表だったジャガー
昔は"尻下がり派"代表だったジャガー
75年から96年まで生産されたXJ-Sは伝統の“尻下がりデザイン”を採用。キュートでスポーティなスタイリングが魅力的だった。
※本特集は2016年12月号で掲載した企画の抜粋です