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2025.09.28

阿部寛インタビュー。「俳優の仕事には人を幸せにしたり、何かに気づかせる力がある」

最新の映画『俺ではない炎上』(9月26日公開)で、ある日突然SNSで身に覚えのない殺人事件の犯人に仕立て上げられ追い詰められる男を演じた阿部寛さん。自身はSNSをあまりやらないという阿部さんが映画出演で感じたこととは? 60代を迎えて仕事に向き合う思いについても伺いました。

CREDIT :

文/池田鉄平 写真/トヨダリョウ スタイリング/ ヘアメイク/ 編集/森本 泉(Web LEON)

阿部寛 WebLEON   俺ではない炎上 テルマエ・ロマエ
映画『テルマエ・ロマエ』やドラマ「TRICK」、「ドラゴン桜」、「下町ロケット」、直近では「キャスター」など、数々の作品で主演を務め、印象的なキャラクターを演じてきた日本を代表する俳優、阿部寛さん。60代を迎えてもなお挑戦を続ける阿部さんが新作映画『俺ではない炎上』では、SNS社会に翻弄される“追い詰められる男”を演じました。役者として40年積み重ねてきた矜持と、60代からの“カッコよさ”をどう捉えているのか。映画の裏側と人生観、その両方に迫りました。
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敵が見えないままに追われ続けるって今の時代ならでは

── 今回、阿部さんが演じられたのは、ある日突然SNSで身に覚えのない殺人事件の犯人に仕立て上げられた大手ハウスメーカーの営業部長です。脚本を読んで、どこに魅力を感じてオファーを受けられたのでしょうか?

阿部寛さん(以下、阿部) SNSで、顔も知らない全国の人たちから追われていく── 。そんな“見えない敵に追われ続ける”状況はこれまで演じたことがなく、現代だからこそ生まれた恐怖であり、とても刺激的に感じました。

──  主人公・山縣泰介はかなりクセの強い人物ですが、どのように捉えて演じられましたか?

阿部 最初は“少し自信の強いサラリーマン”くらいの感覚で臨んでいたのですが、演じ進めるうちに、どんどん“エリートの色”が濃くなっていったんです。完成映像を観た時には、自分でも「こんなに高圧的だったのか」と驚きました(笑)。思い描いていた人物像と、スクリーンに映る自分との間に、いい意味でギャップが生まれました。
阿部寛 WebLEON   俺ではない炎上 テルマエ・ロマエ
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── 観客からすると酷い目に遭っているのに必ずしも可哀そうとは思えないキャラクターですが(笑)、観る人に“嫌われすぎないバランス”を取ることは意識しましたか?

阿部 本人は正しいことを誠意を持って伝えているつもりなのに、それが周囲には傲慢に見えてしまう。だからこそ、酷い目にあってもどこか滑稽で、嫌われすぎないバランスになったのかもしれません。

── 真冬のランニング姿や海辺での逃走シーンなど、阿部さんが虐められてる姿も印象的でした(笑)。

阿部 衣装には特に注文していないんですが、「このパンツで逃げるのか?」と最初は思いました(笑)。でも、その頼りなさが逆に人間味を生んでくれた。哀れで、どこか滑稽で── それが結果的に泰介という人物のリアルさを際立たせたと思います。真冬の海辺での撮影も、本当に寒くて身体がこわばるほどでしたが、その必死さがスクリーンに刻まれていたらうれしいです。
阿部寛 WebLEON   俺ではない炎上 テルマエ・ロマエ
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あまり時代に取り残されないようにしたいとは思うけれど

── 本作はSNS社会をリアルに描いた作品ですが、演じていて「これはリアルだな」と感じた場面はありましたか?

阿部 一番印象に残っているのは、クルマの中から主婦がスマホを構えて僕のことを撮ってくるシーンです。あれはよくあることなので(笑)。

僕自身はSNSをあまりやらないので、最初はYouTuberに追われるってどういうこと? とピンとこなかったんですが、その後YouTubeを見ていくうちに理解できて。だから今回、廃工場でクルマの間を逃げ回るシーンもありましたが、リアリティを感じながら演じました。

── 演じる中で、ご自身のSNSへの考え方に変化はありましたか?

阿部 やっぱり今って情報の流れがとにかく早い時代ですよね。AIやSNSが急速に進化していて、ある程度は向き合っていかなきゃいけないと感じました。若い世代は膨大な情報を自然に取り込み、そのぶん価値観もはっきりしている。まさにSNSが育んだ感覚なんだなと実感しました。

今回の作品を通して、そうした時代背景に触れられたのは大きな学びでした。これからもこういうテーマの作品は増えると思いますし、自分自身も勉強を続けないといけないと思っています。

── ご自身がSNSを始める可能性は?

阿部 う~ん、どうでしょう(笑)。あまり時代に取り残されないようにしたいなとは思っています。もしかしたら、何かのきっかけで始めることもあるかもしれませんけどね。
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芦田愛菜さんとの共演は大きな刺激になりました

── 山田篤宏監督からは演技面で何か特別なリクエストはありましたか?

阿部 監督に提案するとそれを一度受け止めて、じっくり考えたうえで「いいですね」と面白がってくれる。撮影していても監督とのコミュニケーションがとても楽しかったし、監督は最初から作品の全体像が明確に出来上がっている印象で、それが大きな安心感となりました。

── 謎の大学生・サクラ役を演じた芦田愛菜さんとは初共演でしたね。

阿部 子役時代から“天才”のイメージが強い女優さんですが、実際に一緒に芝居をしてみて感じたのは“努力の人”だということ。演技方法について監督と何度も相談したり、常に新しいアプローチを探る姿勢がとても印象的でした。すでに実力を持ちながらも、さらに高めようとする柔軟さと探求心がある。本当に尊敬します。子役時代から第一線で活躍しながら、今は女優としてしっかり地に足をつけている。今回の共演は大きな刺激になりましたし、また機会があればぜひご一緒したいですね。
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── 今作では、SNSで誤解が広がり「真実を伝えられない」主人公の苦悩が描かれています。阿部さんご自身も、そうした“伝わらないもどかしさ”を感じたことはありますか?

阿部 いつもですよ。いや、でも俳優という仕事は、作品を通して想いやメッセージを役に託せる。直接的な言葉ではなくても、演じる中で自然とにじみ出て、それが観る人に届くと信じてるのかもしれません。

だから「伝えられない苦しさ」を感じることは少ない。ただ、40年近く演じてきた中で、自分なりの“自制心”や“距離の取り方”は自然と身についたと思います。

ある時ふと、「この仕事には人を幸せにしたり、何かに気づかせる力がある」と実感しました。SNSのように直接発信するのもひとつですが、僕にとっては作品というフィルターを通して伝える方が合っている。直接的表現よりも心に残る力があるのだと思います。

── 具体的に印象に残っている瞬間は?

阿部 「ドラゴン桜」や「結婚できない男」は多くの人にいい影響を与えられました。ある作品で役のうえで亡くなる展開では、自分以上にキャラクターを愛してくれた人の反応に少し怖くなるほどでした。しかしながら、それだけ強い影響を与えられることに、やりがいを感じました。

最初からそう思っていたわけではありません。若い頃はただ夢中で演じていただけ。でも20年ほど前からネットを通じて声が届くようになり、俳優という仕事の意味を改めて実感しました。それが今のスタンスにつながっています。
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無理に笑わせない、泣かせない。自然に湧く感情こそ真実

── 阿部さんは作品選びの際、どんな基準を大切にされていますか?

阿部 まず、共感できない作品には出演しません。もちろん、自分に似た役である必要はない。でも、その役を演じる中で“何かを発見できそうだ”と思えることが大事なんです。新しい気づきが得られる作品に惹かれますね。

逆に、あざとく笑わせようとか、泣かせようと狙いすぎた脚本には興味が湧かない。感情って、自然に溢れるからこそ観る人の心を打つ。だからこそ“無理やり”な演出には慎重になります。

作品の規模や予算は関係ありません。監督自身が脚本を書いて、自ら演出するようなパーソナルな作品なら、ギャラなんてどうでもいい。そういう現場にこそ魂を燃やせます。

── 作品が決まった後の、監督や制作陣とのコミュニケーションも重視されているのでしょうか?

阿部 できる限り、事前に意見交換をして方向性を共有したい。もちろんスケジュールの都合で難しい時もありますけどね。でも、僕ももう年齢を重ねていますし(笑)、“うるさい”と思われても嫌ですからね。それでも作品のクオリティを高めたいという気持ちは変わらない。役者として、最後まで作品に向き合う姿勢だけはブレずに持ち続けています。
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── 60代を迎え、体力や気力の変化を感じることもあるかと思いますが、どのように向き合っていらっしゃいますか?

阿部 確かに年齢とともに変化はありますが、“抗わないけれど、諦める必要もない”。それが僕のスタンスです。

父は98歳まで生き、晩年も運動を欠かさず、寡黙な職人気質だった父が70代からどんどん性格も明るくなっていきました。母を亡くした後も仲間を作って自分らしく生きる姿を見て、年齢を重ねることをネガティブにとらえる必要はないと学びました。

僕自身も俳優として、自分の年齢に合った役を自然に演じていきたい。無理に若作りするのではなく、年齢なりの魅力を大事にしたいとは思っています(笑)。

── そんな阿部さんにとって“カッコいい大人”とは?

阿部 “そのままで絵になる人”ですね。シワもたたずまいも、何気ない表情までもが味になるような存在。そんな大人になれたら理想です。

最近観た古い西部劇で、俳優の顔を大胆に映し出すドアップの映像に衝撃を受けました。映るのは目やしわくちゃの表情だけなのに、そこから“人間そのもの”の存在感がにじみ出ていて、50~60年前の作品とは思えないほど斬新でした。

その作品で、昔カメラマンに言われた「役者は、どれだけ目を開け続けられるかが大事」という言葉を思い出しました。映画には、目の奥に人の内面を映し出す力がある。改めてそう実感しました。
阿部寛 WebLEON   俺ではない炎上 テルマエ・ロマエ
▲ 『俺ではない炎上』
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── そうした気づきも俳優としての喜びにつながりますね。

阿部 そう思います。これまで7〜8年に一度、自分の心が奮われる作品との出会いがあった。その都度刺激を受け、自分の心を奮い立たせてきた。今後もそんな作品とどれだけ出会えるかがカギだと思っています。年齢を自然に受け入れ存在感を表現できる作品に出会えることを楽しみにしています。
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● 阿部 寛(あべ・ひろし)

1964年6月22日生まれ。神奈川県出身。モデルとして活躍後、87年に映画デビュー。その後、『歩いても歩いても』(08)、『青い鳥』(08)で毎日映画コンクール男優主演賞を受賞。『テルマエ・ロマエ』(12)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、ブルーリボン賞主演男優賞、『ふしぎな岬の物語』(14)で日本アカデミー賞優秀主演男優賞、『柘榴坂の仇討』(14)で同優秀助演男優賞受賞など、数多くの賞を受賞。他に映画では『海よりもまだ深く』(16)、日中合作『空海‐KU-KAI‐美しき王妃の謎』(18)、『HOKUSAI』(21)、『護られなかった者たちへ』(21)、『とんび』(22)など。ドラマでは「TRICK」(00)、「ドラゴン桜」(05)、「結婚できない男」(06)、「白い春」(09)、「新参者」(10)、「下町ロケット」(15)、「VIVANT」(23)、「キャスター」(25)ほか出演多数。日本を代表する俳優。

公式HP/阿部寛のホームページ

阿部寛 WebLEON   俺ではない炎上 テルマエ・ロマエ

『俺ではない炎上』

SNSの根拠の乏しい情報が瞬く間に<真実>となり、大きな事件へと発展する──。誰もが簡単に世界と繋がり、瞬時に情報が拡散される現代に潜むSNS冤罪の恐怖を鮮烈に描いた、浅倉秋成による同名小説『俺ではない炎上』(双葉文庫)を映画化。大手ハウスメーカーに務める山縣泰介(阿部寛)は、ある日突然、彼のもと思われるSNSアカウントから女子大生の遺体画像が拡散され、殺人犯に仕立て上げられる。家族も仕事も大切にしてきた彼にとって身に覚えのない事態に無実を訴えるも、瞬く間にネットは燃え上がり、“炎上”状態に。匿名の群衆がこぞって個人情報を特定し日本中から追いかけ回されることになる。そこに彼を追う謎の大学生・サクラ(芦田愛菜)、大学生インフルエンサー・初羽馬(藤原大祐)、泰介の取引先企業の若手社員・青江(長尾謙杜)、泰介の妻・芙由子(夏川結衣)といった様々な人物が絡み合い、事態は予測不能な展開に。無実を証明するため、そして真犯人を見つけるため、泰介の決死の逃亡が始まる──。

配給/松竹  監督/山田篤宏  脚本/林民夫  
2025年9月26日全国公開
公式HP/https://movies.shochiku.co.jp/oredehanai-enjo
Ⓒ2025「俺ではない炎上」製作委員会 Ⓒ浅倉秋成/双葉社

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