2017.10.05

なぜ"ピッティ"はこの10年で変わったのか

男性服飾の国際展示会である通称“ピッティ”がこの10年で大きく様変わりしたと言われます。その原因とは?

CREDIT :

写真/中村達也さん・若林武志(YUKIMI STUDIO)、LEON編集部・亀和田良弘 スナップ/Massi Ninni 文/池田保行(04)

パリやミラノ、NYのファッションウィークは、デザイナーズブランドやラグジュアリーメゾン、オートクチュールが新作を発表する舞台ですが、男性のスーツやジャケット、服飾小物など既製品ブランドの国際展示会はといえばピッティ・イマジネ・ウォモ(以下ピッティ)があります。実はここ10年で、ピッティは大きく変化したと言われています。では背景には何があるのか、ピッティに通って数十年、ビームス クリエイティブディレクター中村達也の証言とともに、本誌LEONで毎年ピッティ取材に赴く編集部の意見も交えひもときます。
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ピッティは、毎年1月と6月にイタリア・フィレンツェで開かれる紳士服の国際見本市ですが、そもそも1986年、クラシコイタリア協会が発足しスタートしたもので、キートンやイザイアが当時のピッティの中心的存在でした。

ピッティに長年通うビームス中村達也曰く、

「自分が通いだした頃のピッティは、それこそ高級なクラシックブランドのスーツとシャツを着ていないと歩けませんでした。デニムやスニーカーなんか身につけていたら、今日は倉庫にでも行くのかい?と鼻であしらわれて仕事になりませんでしたから(笑)。隙きを見せられない気風があったんです。でもここ10年でドレスクロージングのカジュアル化が進み、いまのピッティ会場には短パンやTシャツのひとたちもたくさん見られます。転換期は10年ぐらい前だったのではないでしょうか」。
 
10年以上前のピッティは、クラシコイタリア協会がトップに君臨するお堅いビジネスエキシビジョンでしたので、訪れる人たちもスーツにタイドアップして革靴を履いて訪問するのが定石でした。しかし高級素材、熟練した職人の手仕事など、ディテール重視だったクラシコブランドから、センスで魅せるファッションブランドが台頭してきたのも、ちょうど10年ほど前のことのようです。
 
「それまではスーツはフル毛芯じゃなきゃダメで接着芯なんてもってのほか。カジュアルやモードはあまりフィーチャーされておらず、クラシックは独自のカテゴリーにありました。そこに某ブランドがカシミヤのジャケットをアンコン仕立てにして、洗い加工の製品染めを施してきたんです。これがそれまでのガチガチのルールに縛られたクラシコイタリアに対するアンチテーゼだったように思います」
 
2008年リーマンショックの影響もあり、経済的損失を受けたのはイタリアの服飾業界も同様で、この業界で生き延びていく為に新たなジャケットの提案や新たなマーケットの開拓が必須でした。そんな、彼らの新市場として注目されたのがアジアでした。人口が増加しマーケットの未来があると踏んだのです。なかでもピッティへの参加がじわじわ増えつつある日本のメディアは“日本マーケットの入り口”として魅力的でした。そこからピッティと日本の蜜月が始まったともいえましょう。
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「コーディネートがスーツからジャケパンなどでカジュアルミックスされるようになったことで、ディテールよりコーディネートのセンスが重視されるようになりました。年配層がカジュアルを着るようになる一方で、クラシックに憧れをいだく若い世代がクラシックなクロージングに興味を示し、ピッティ会場でクラシックなスーツをきちんと着こなしているひとが多くなったようにも思います。この頃から、既存のサプライヤーの世代交代が始まりました。伝説のファッショニスタから、若手のディレクターやショールームの経営者などに日本のメディアをはじめ視点を移してきました」

トレンドのアイテムはピッティで生まれた

「ピッティの変化はファッションスナップの影響も大きいです。トレンドの生まれる場所が、サプライヤーの提案からスナップへと移りました。イタリア国内だけでなく、海外から注目も人も集まるようになったことで、ブリティッシュやアメリカンも含めたクラシックという枠の解釈が広がりました。先の製品染めジャケット以降、スーパースリムやミリタリーパンツ、ショーツやスニーカー、Tシャツを合わせる着こなしや、プンターレ付きのベルトやウォレットチェーン、九分丈パンツやプリーツパンツなどなど、様々なトレンドアイテムがピッティから生まれるようになりました。こういった傾向に、古いクラシコ原理主義の人たちは眉をひそめているようですが、僕たちは率直にバリエーションが増えたことでメンズファッションが面白くなったと感じています」。

世界に開かれるピッティに

そしてここ数年はクラシコ協会の体制も柔軟になり、従来の“クラシコ”だけに縛られない、新規ブランドが続々参入し、より自由度の高い状況を呈しています。現在では、各シーズン4日間の会期中、来場者数は3万人を超えるほどに。フィレンツェの人口は40万人弱なので、1割も人口が増えるわけですから、街も湧きかえるというもの。
 
会期終了後はメディアが取材記事を掲載してメンズファッションをバックアップするので、その経済効果は計り知れません。なかでもファッション誌のスナップ撮影やSNSによる”写真映え”するモデルによるプロモーションなどがここ10年のピッティの状況に少なからぬ影響を与えているようです。
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“イタオヤスナップ”がピッティを変えた

「Vol.1が出たのが2009年のことなので、まだ10年たたないですが、LEONとしてピッティに深く関わってきたのは、やはりこの10年ほどではないかと思います」。
 
LEON副編集長・堀川正毅は振り返ります。
 
「以前から会場スナップはやってきましたが、定点観測の資料という位置づけでした。現地カメラマンやコーディネーターがセッティングしてくれた有名セレクトショップなどイタリアの名物オヤジを撮影することがメインでしたし、会場内でお声がけした方に撮影を断られることも多々ありました。その後、徐々にLEONという日本の雑誌が、会場でスナップした写真を紙面に掲載しているという噂が広まって、目立ちたがりの彼らは自ら撮ってくれと言うようにになったんです」。
 
年2回『Snap LEON』を刊行し、毎月のようにイタリアの大人たち(イタリアオヤジ、イタオヤ)のスナップ写真が掲載され、ことあるごとに現地取材を敢行してきたLEONが、率先してピッティを日本に紹介し広めてきたという事実は、手前味噌ではありますが、影響はあったかと。事実、数年前ピッティのアニバーサリーイヤーにはピッティ協会から依頼があり、これまで撮りためてきたスナップ写真をパネルにして、メイン会場に展示したこともありました。

スナップが高い価値を持つ時代

「彼らはスナップに撮られるようになったことで、半歩先、さらに一歩先のファッションを提案するようになってきたように思います。これまでとは違う着こなし方、他人とは違うスタイルを提案してくるんです。主張する場所を与えたことで、彼らのなかでも意識が変わっていったのではないでしょうか。これぞクラシコという人は減りましたが、そのぶん大人の男性を素敵に見せてくれる提案をさまざまに展開してくれるのがピッティです。そこには大人の男性の本質があるように思います。これがLEONが毎シーズン、ピッティに足を運ぶ、最大の理由です(堀川)」
 
スナップが多くの人の目に触れることで、次のシーズンのマーケティングが行われ、ファッショントレンドへフィードバックされるという図式。サプライヤーが来シーズンのスタイル提案にスナップを参照し、メディアも企画制作にスナップを活かすなど、スナップの価値はますます拡大しています。LEONのスナップへの掲載の有無は、ピッティ来場者にとっての重要な指標です。
 
スナップの意味が変わったことで、スナップ写真そのものがより高い価値をもつようにもなりました。ストリートスナップ全盛期の若者向けファッション誌を読んでいた世代にとっては懐かしくも気恥ずかしい企画だったスナップ写真が、マーケットで価値を持つようになると、WEBマガジンやSNSでグローバルに発信するIT技術の進化も後押しして、WEBメディアとスナップフォトグラファーの地位も向上しています。会場内には、それまでピッティのビジネスとは距離を置いていた、東欧やオーストラリア、アジア諸国からもジャーナリストやブロガーなど、インフルエンサーが訪れて写真撮影の争奪戦が繰り広げています。
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2009年にVol.1が発刊された『Snap LEON』の最新号、Vol.18は、10月16日発売予定。1000円(税込)

LEONのスナップ、次なる一手

「スナップの価値は広がりましたが、一方でLEONはいちはやく会場スナップだけでなく、会場の外へカメラを向けています。会場内で見つけたお洒落なイタリアオヤジに、貴方の友人のお洒落なオヤジを紹介してほしいと頼み込んで、彼らの地元まで足を運び、取材したり食事をしたりすることでネットワークを広げてきたんです。まだ日本に知られていないブランドを紹介できたり、日本展開のきっかけを作り出すなど、スナップを入り口にさらなる機会をえることができているのもスナップがあったからだと思います」
 
そう話すのは『Snap LEON』編集担当、渡辺 豪。
 
「しかし同時にスナップの自由化が進んだことで、SNSのスナップはカッコいいスタイルとそうでないものが渾然としているようにも思います。リアルライフに不要なクラシコも増えてきていますし。世界中がSNSに“いいね!”をもらうためだけに動いていては、次へ行けません。LEONはスナップのその先へ行きたいと常に思い続けています」

ピッティの未来は

こうして見てくると、ピッティが変わってきた背景には、いくつもの理由があります。ドレスクローズのカジュアル化、世代交代、スナップ然り。出展者の国と地域も多様化しています。クラシック偏向だったコレクションはモードやカジュアルを取り入れ、高級メゾンがカジュアルなスニーカーやデニムをラインナップしたり、ファクトリーブランドの知名度が高まったことは、ファッションの今を象徴しているでしょう。
 
以前は糸や素材を売っていた見本市だったものが、既製に服を売ることに変わり、ショー会場としての意味合いが強くなり、商談も会期後にミラノのショールームで行われようとも、ピッティ会場が重要なビジネスの場であることは今も変わりありません。オーダーシート上でバジェット(購入予算)を加減したり、数ミリの型紙変更や別注仕様書に丁々発止することも。日本未上陸のブランド、新進気鋭のブランドにコンタクトをしたり、年2回この場所で会うことを楽しみにしている友人もいることでしょう。
ピッティの役割と価値は変わったのではなく、進化、多様化、拡大しているのです。
 
ファッションはグローバル化し、ナポリ仕立てもサヴィルロウも変わりつつありますが、男が装うことに掛ける情熱はいまも昔も変わらないはず。それは10年前のスナップに遺る男たちの肖像が、服装はたしかにひと昔前でも、決して色褪せていないことが証明しています。これまでの10年とこの先の10年は、進化・変化の加速度は変わるでしょうし、クラシック回帰とカジュアル化の波も交互に表れてくるはずです。ファッションを創造するメーカーもメディアも、ピッティ会場に集まる人々とスナップ写真を、心待ちにしています。(文中敬称略)
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中村達也さん/取締役・ビームス クリエイティブ ディレクター

1963年新潟県生まれ。ビームスFのバイヤーを経て、2017年より現職。毎シーズンのトレンド分析は「中村ノート」として、年に2回のビームスの内覧会で発表される。そこで展開される鋭い視点は、社内での勉強会や店舗トークショー、国内展示会での基調講演など様々に展開。各メンズファッション誌のご意見番的存在。

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● 堀川正毅 / LEON編集部 副編集長

1977年生まれ。IT系専門誌の編集を経て、2006年にLEON参画。現在は副編集長として編集長とともにLEONワールドを監修する。ピッティが開催されているイタリア・フィレンツェには頻繁に足を運び、取材を通じてイタリアファッション&ライフスタイルを紹介している。ファッションのほかは、カラダメンテ企画と飲食企画がフェイバリットフィールド。

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● 渡辺 豪 / LEON編集部

1982年生まれ。LEON歴10年、ピッティ歴は8年。ピッティ、ミラノ取材を経て、Snap LEONもvol.2から担当。グラマラスなイタリアクラシコが大好物。

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