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2024.04.25

【特別公開】 樋口毅宏×『LEON』の新小説!

『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 【第1話】

孤高のハードボイルド作家・樋口毅宏によるLEON初の連載小説がスタート! エロス&バイオレンス満載の危険な物語の主人公はクセの強い4人の殺し屋たち。果たして無事に最後までたどり着けるか⁉

CREDIT :

文/樋口毅宏 写真/野口貴司(San・Drago) スタイリング/久 修一郎 編集/森本 泉(Web LEON)

樋口毅宏作、LEON初の連載小説がスタート!

コンプライアンスでがんじがらめの社会にあって、あえて良識や常識にたてつく挑発的な小説を発表し続けてきた作家・樋口毅宏が、まさかの『LEON』で新連載小説をスタート! 

それぞれにクセの強い4人の殺し屋によるエロス&バイオレンス満載の危険な物語は、果たして最後まで無事にたどり着けるか。その第1話を「Web LEON」で特別公開します!
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第1話 「殺しは選ばれし者による究極の仕事」

それはありがたいね! 
天国なんて地獄みたいなところだろうよ。
後悔した罪人ばっかしだろう、
あそこにいるのは。
淫売女とか、淫売宿の亭主とか、
政治家とか、口先だけ永遠だの神様だの言って
そこでひともうけしようって
連中ばっかしだろう。
あたしの帽子はどこ?

── 『蜜の味』より。
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■ 一人目の殺し屋:錐縞(きりしま)ヒロシ(48)

殺しは選ばれし者による究極の仕事。俺は親父にそう教わってきた。シリアルキラーとは違う。趣味や嗜好ではなく、プライドを持って仕事として殺しを請け負っている。

初めての殺しは14歳のときだった。
俺の銃で人が倒れても、心は動かなかった。無表情の俺に親父は言った。
「おまえ、スジがいいな」
褒められても頬を緩めることはなかった。

以来、この仕事を続けて30年になる。ジムに通い、オリンピアンのように体を鍛え、そのときに備える。依頼があれば外交官のように世界を駆け巡り、アーティストのように標的を仕留める。

90年代以降、世界に知られる暗殺はほとんど俺の手によるものだ。

中国財界の黒幕を南仏の孤島にバカンス中、愛人とベッドでお楽しみのところを撃った。ギニアビサウの反政府軍リーダーを、アジトの要塞に潜入してマシンガンで部隊ごと一掃。巨万の富を築いた福音派伝道師を百エーカーある庭から忍び込み、屋敷ごと爆破したこともある。

2013年に世界的国際環境NGOの元メンバーで、反捕鯨団体として有名な「Hd」の設立者、Hisazumi代表を殺害したのも俺だ。俺は鯨を捕ることに賛成も反対もない。仕事だから殺ったまでだ。

オフには戦場を忘れて、大統領のように遊ぶ。複数の女を抱く。
「……らめえ」
可愛い声で泣く女は、疲れた魂を癒やす。男の宝物だ。

殺しというと『ゴルゴ13』のイメージが強いからか、遠くの場所からライフル銃で狙撃するものと思われている。実際の殺し方は様々だが、仕事のときは一流のスーツ、ブリオーニのス・ミズーラ、ジョンロブのCity Ⅱ。それが俺の流儀。

標的に狙いを定めて、引き金を引くとき、俺は世界の中心に立つ。
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【一流の殺し屋は着る服も車も生き方も一流でなければならない】

親父は小粋な男だった。風呂上がりにパンツ一丁でテレビの前を横切ったり、鼻を穿りながら屁をこいたりとか、世間の父親がやりそうなことは一切しなかった。所謂「日常」や「平凡」とやらを憎悪していた。

仕事に取りかかる前、親父はいつも着飾った。身長もあったし顔も小さかったからビシッと決まった。右腕はなかったので、袖をぶらぶらさせていることは、この際仕方ないと思っていた。

香港から海を渡ってきた親父は、片言の日本語で俺に殺しの何たるかを説いた。
親父による「殺しの五箇条」を思い出す。

一、感情に身を委ねてもいいが、振り回されるな。
二、一発で仕留めろ。手負いの鹿を眠らせるように。
三、決して泣くな。
四、「職業に貴賤はない」。あれは本当だ。ただし正しくは、「職業の中に貴賤はない」。料理人でも一流の道を突き詰めようとする者がいる一方で、この程度でいいと手を抜く者もいる。掃除ひとつ取っても同じだ。自分に恥じない仕事をしろ。金はあとで付いてくる。おまえが望む以上に。

次が肝心だ。
五、『涅槃経』の十九巻にこうある。“八大地獄の最たるを「無間地獄」という”。絶え間なく責め苦にあうゆえにそう呼ばれる。釈迦曰く、“無間地獄に死はない。長寿は無間地獄。最大の苦しみなり”。
わかるか。“命を奪う”のではなく、この苦しみの世界から救済する。殺すことで今生の悲しみから救ってやる。

物心ついたときには、俺は親父の子どもだった。俺の実の親を殺したのは親父だ。
「俺を睨み付ける目に感じるものがあった」
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俺に毛が生え始めた頃のことだったと記憶している。親父は俺に背中を向けていた。テーブルにベレッタM92があった。
「撃ってみろ」

親父が言い終わる前にぶっ放していた。銃弾は親父の横を逸れて壁に当たった。何が驚いたって銃声の大きさではなく、親父と俺の間は四メートルほどの距離しかなかったのに外れたことだった。

「次は頭でなく、的が大きい体のほうを狙え」
瞬時に奪った銃口を俺の眉間に突き立てながら親父は言った。
「わかったな?」
俺はコクリと頷くよりなかった。

親父は俺に殺しのエリート教育を叩き込んだ。
「一流の殺し屋は着る服も車も生き方も一流でなければならない」
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【俺も訊いていいか。俺を誰だと思ってる?】

殺し屋と言ってもピンからキリまでいる。俺のランクはSSR(スーパースペシャルレア)。仕事に私情を挟んだことはない。

しかし俺はきょう初めて、自分のために人を殺そうとしていた。奴のような無慈悲な凶悪犯罪者を、生かしておくわけにはいかない。
六本木ヒルズレジデンスの最上階が東京の俺の住処だ。
休日ともなるとヒルズはたくさんの人でごった返す。恋人たち、家族連れ、みんな俺より幸せそうだ。ベンチでひとり眺めることに飽きると、フレンチレストランに足を運んだ。一流の殺し屋は一流の食を選ぶ。きょうは信州SPF豚のヘルシーなローストポーク。

昼間からシャンパングラスを傾け、舌鼓を打つ。心地よかった。
なのに俺はメシを残した。復讐のことを考えていたら、途轍もない怒りと悲しみに襲われたのだ。
しかし、俺の溜め息は怒声で掻き消された。

「この店はミシュランで三つ星なんだろ。だったら客のリクエストに応えるのは当然じゃねえか。おまえんとこのクリームソースが不味いから、おたふくのお好みソースを持ってこいって言ってんだよ」

この店にそぐわない、薄汚い格好の男が自撮り棒を片手に大声で喚いていた。
「俺のチャンネル登録者数を教えてやろうか? この店の評判ガタ落ちになるぞ?」

いま流行りの炎上系YouTuberという奴か。外国人マネージャーが平謝りで退店を促すが聞き入れようとしない。

「汚え手で触んなよ!おまえ何人だ? ここは日本だ。俺が日本の流儀を教えてやる。その前にお茶漬けを持ってこい。嫌なら日本から出て行け」
他の客は皿に視線を落として、見て見ぬふりを決め込んでいた。

── 感情に身を委ねてもいいが、振り回されるな。
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手で掴めるほどの怒りに囚われていた俺に、クールダウンを図るにはちょうどよかった。サングラスをかけて男のもとに寄った。蝶ネクタイは他のホールスタッフから拝借した。

「お客様、申し訳ありません」
YouTuberが俺を見上げる。ほつれた長い髪が揺れる。無精ヒゲがみっともない。ことごとく俺の美学に反した。

「お詫びします。この店を出ましょう」
「は? 何だおまえ」
俺に向ける前に、スマホを手で塞いだ。
「いいから出ましょう」
奴の口を塞ぎながら店の外に連れ出し、人気の無い駐車場まで引き摺り込んだ。

「やめろ、おい、やめろって言ってんだろ!」
放してやった途端、懐から拳銃を抜いてきやがった。これには少し面喰らった。銃の不法所持が禁じられたこの国で、素人に銃を向けられるとは。

「言っただろう。俺を誰だと思ってるんだ」
強気のYouTuberだが、一転して声も出なくなった。気が付いたら後ろに回られて、銃を持つ腕を押さえられたためだ。反政府軍に囲まれたときも同じことをやった。

「俺も訊いていいか。俺を誰だと思ってる?」
「いててて。やめろ。折れる。やめろ!」
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【お宅様ですよ、俺の怨みを買ったのは】

本当はここで終わりにしてやるはずだったが名案が閃いた。
俺は奴の後頭部をグリップで叩き、気を失わせると、停めていたマセラティに積んだ。
腹ごしらえの後、ブルームオーラ・ザ ジャーニーの180分シックスハンドで寛ぐつもりだったが、予定変更だ。

閑静な住宅街に着く。ここら一帯は所謂、上流階級に属する者たちが住んでいる。俺は荷物を担いで、その中の一軒を訪れた。

呼び鈴を鳴らすと、傘寿を過ぎた老人が顔を出した。
こいつだ。いかにも温厚そうな年寄りがあんなおぞましい凶行に走ったのだ。

「はい、どなたでしょう」
「お届けものです」

青と白のストライプが流れる宅配業者のユニフォームに着替えた俺を、老人は疑わなかった。
面割れした殺し屋はいない。変装が上手いものほど殺しの腕がいい。この世界の常識だ。

「重たいから中に運びましょうか」
「いいえ、買った覚えはないです」
「お宅様ですよ、俺の怨みを買ったのは」
中に入ろうとして俺は躊躇した。床が見えないほどゴミが敷き詰められていた。靴を脱いだら見当たらなくなると思い、断りなく土足で上がることにした。

みかんの皮、食べ残しのあんパン、空き缶と牛乳パックなど、居間もゴミだらけで足の踏み場もない。異臭が酷い。長居すべきではない。段ボール箱を放り投げる。頭を叩かれた犬みたいな声がすると、中からYouTuberが這い出てきた。ようやく目を覚ましたようだ。

「……どこ、ここ」
「何ですか、ここは!」
YouTuberと老人は顔を見合わせる。互いに目を丸くしている。
俺は奴の顔を蹴って、段ボールの中に戻した。矢庭に暴力沙汰が起こって、老人は驚きを隠せない。

「いったい何が起きているのか、わからないよな」
俺はキャップを脱いで、老人の顔を凝視した。老人は慌てふためいていた。
「あんたは俺の顔を知らない。たぶん自分が何をしたかも知らない。俺がこうして目の前に現れなければ、あんたは死ぬまで自分の罪も知らずに墓の下で眠っていただろう」

俺は拳銃を突きつけた。
YouTuberは箱の中で飛び上がりそうだった。無理もない。知らない奴が自分の拳銃を握っているのだから。
「爺さん、今から一週間前の五月二十五日、あんたは何をした?」
「ひ、人違いだ。身に覚えがない」
老人の開けっぱなしの口から入れ歯が飛び出そうだった。奥の銀歯が鈍い光を放っていた。

「昨日食べたものさえ覚えてなさそうなあんただ。俺が代わりに教えてやる。あんたは年甲斐もなく車を猛スピードで走らせていた。雨の日だった。おまえは、ヒデを轢き殺した」
俺はスマホを取り出して、待ち受けの画面を見せた。
年寄りとYouTuberが、息を止めて俺のスマホに見入った。
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【この世に溢れる幸せは、俺には贅沢すぎる】 

「これは……?」
画面には純白のミニブタが映っていた。歳はまだ二歳に満たず、体も大きくなかった。
「ウチで飼っていたヒデだ。元の飼い主に棄てられて殺処分されるところを、俺の妻が救った。妻が死んだ後も、俺は可愛がってきた。このところ食欲がなかったので、医者に診せようと車に乗せた。ところがカゴが開いて、ヒデは道路に飛び出た。そこを猛スピードの車が撥ねた。何事もなかったようにあんたは去って行った」

老人はようやく思い出したような顔をした。
「あのときは急いでいたんだ。孫にせがまれて、花やしきに連れていくと── 」

釈明は遮られた。俺がサイレンサーで肩を撃ったからだ。
「取って付けたような嘘を吐くな。あんたは派遣会社の重役だった。世話になった土建屋の会長から女子高生の愛人を世話したいと呼び出された。違うか?」

居もしない孫を持ち出しやがって。こんな家に住む老人と遊ぶ孫がいるものか。
「雨が強かったため車のナンバーは見えなかった。しかし俺は大金をはたき、調査会社を雇い、あの日あの時間、あの通りを走った車を調べ上げさせた。車種と色から条件が合った車の持ち主を隈なく回った。いくら拷問をしても誰も吐かなかった。みんな自分じゃないと言い放った。そして、あんたが最後に残った」

冥土の土産にと、俺が懇切丁寧に説明しているのに年寄りはそれどころではなかったようで、激痛にのたうち回っていた。
「よりによって、生産性のない、死ぬのを待つだけの爺さんが、ヒデの未来を奪った」

YouTuberが口を挟む。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。あんたが豚を入れたカゴを開いちゃったんだよな。てことは、あんたにも責任あるんじゃ」

俺は的の大きな体を目がけて発砲した。腹に当たり、奴は段ボール箱から飛び出た。
「痛え……! 痛えよ……!」

「思い出したぞ。おまえ、店から訴えられてネットで裁判費用を求めて一億集めた奴だよな。バカにはバカが寄ってくる」
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もう一発撃ち込んでやった。
「バカにはネットは禁止だ」

居間には撃たれた男がふたり、のたうち回っていた。心は少しも動かない。これまで飽きるほど見てきた光景だ。

── 一発で仕留めろ。手負いの鹿を眠らせるように。
すでに親父の教えを破っている。しかしそれは仕事の話。俺がいまやっていることは私刑だ。そろそろ終わりにしよう。

老人の耳元に囁く。
「爺さん、あんたが昨日食べたものは何だ」
老人は悶絶しながら、声をひり出す。
「チャーシュー麺」
頭部を撃ち抜いた。ヒデの仇だった。

── 長寿は無間地獄。最大の苦しみなり。今生の悲しみから救ってやれ。
弾倉に銃弾を一発だけ残す。

炎上系YouTuberが血を吐きながら訊ねる。
「おまえ、クソ変態すぎるわ。何者なんだ」
それが奴の最期の言葉になった。
「殺し屋だ」
眉間に穴が空いて、永遠の眠りについた。部屋には二体の骸が残った。生きているのは俺だけだった。ヒデの仇を取れたはずが、こみ上げてくるものはなかった。

── 決して泣くな。
復讐の時間は終わった。何気に辺りを見回す。大きな仏壇に目を凝らすと、「おじいちゃん」とクレヨンで描かれた似顔絵が飾られていた。

俺は銃を年寄りと炎上系YouTuberに交互に握らせた。銃は捨てていく。これでふたりの指紋が付き、警察はふたりが銃を取り合って、互いに殺し合ったと判断する。残されたスマホもある。動機は勝手に考えればいい。バカなYouTuberがまた突拍子もないことをやったと世間は呆れて、そのうちまた別のYouTuberが騒ぎを起こす。俺は粗大ゴミがふたつ増えた家を後にした。すっかり日が暮れていた。

仕事を終えて六本木には帰らず、別荘に向かった。久し振りに海が見たい気分だった。
波が荒れているほど心が落ち着くのはなぜなのか。きょうも海鳴りが喧しいほどだった。

ここでの妻との暮らしを思い出す。束の間の幸せだった。ヒデを失った今、ひとりぼっちになった。
しかし、心のどこかで安堵していなかったか。
ひとりのほうがお似合い。この世に溢れる幸せは、俺には贅沢すぎる。
ロッキングチェアにもたれて目を閉じる。孤独なミニブタの夢を見る。

一人目の殺し屋、錐縞ヒロシ。コードネーム:キラーエリート

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● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司ヶ谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ヶ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補。12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補。13年『タモリ論』がベストセラー。他の著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『無法の世界』、エッセー『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。

樋口毅宏さんの今作品解説&インタビュー記事はこちら
連載対談「樋口毅宏の手玉にとられたい!」はこちら

●小説の続き、第2話はLEON6月号(4月25日発売)に掲載中です!

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