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2022.01.25

1本9万4000円! 超高級「黒糖焼酎」を世に問う若き女性社長は元ミュージシャン

鹿児島県の奄美群島のみで造られる黒糖焼酎。その独特な風味とすっきりした甘味は、「日本のラム酒」とも呼ばれ、飲む人を虜にする不思議な魅力に溢れています。知る人ぞ知る酒だった黒糖焼酎を世界に発信しようとする若き女性社長が世に問うのは、なんと1本9万4000円の50年古酒でした。

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文/木村千鶴

鹿児島の南海に浮かぶ8つの美しい島からなる、奄美群島の特産品、黒糖焼酎。経験豊かな読者諸兄であれば一度はお飲みになったことがあるかと思いますが、黒糖を原料とするからこその独特な風味とすっきりした甘味は、「日本のラム酒」とも呼ばれ、飲む人を虜にする不思議な魅力に溢れています。

実はその黒糖焼酎、酒税法の関係で奄美群島でのみ製造が許されており、その特別さ故に市場に出回っている量もそう多くはなく、いわば「知る人ぞ知る」お酒でありました。しかしこれ、逆に言えばなかなかメジャーになり切れないということでもあり。

そこで、せっかくの魅力溢れる個性的な黒糖焼酎を、マイナーな存在で終わらせておくのはもったいない。もっと多くの人に知ってもらって、出来れば世界で認められるお酒にしたい! と壮大な夢を掲げて立ち上がったのが、今回ご紹介する、若き女性杜氏にして、黒糖焼酎を作り続けて94年という老舗・西平酒造の四代目社長の西平せれなさんなのです。

せれなさんは、実の父である三代目社長・西平 功さんのひとり娘。奄美大島に生まれ、高校までは地元で過ごしたのですが、実はその後東京に出て、プロのミュージシャンとして活動。オリジナルのアルバムも出すほどの本格的な活躍をしていました。そんな彼女がなぜ、島に戻って酒蔵を継ぐことになったのでしょう?

パソコンもまともに使えない状態で、営業も事務も一から勉強しました

── まずは西平酒造のある奄美大島とは、どんな所かということから教えてください。

せれな よく沖縄県と勘違いされるんですが(笑)、奄美大島は鹿児島県にあります。奄美群島の中で一番大きな島が奄美大島です。自然が豊かな島で、青い海と緑、山が共存していて、多様な動物が生息しています。今年の7月には世界自然遺産に登録されました。住んでいる人も面白い人が多いんですよ。例えば仕事をしながら音楽をやっている方もたくさんいますし、芸を持っている方が凄く多い。みんな楽しんで暮らしているなと感じます。

── 奄美の島唄は有名ですし、ミュージシャンも多いですよね。せれなさんも音楽をされていましたが、やはり育った環境が大きかったですか。

せれな そうですね、父が若い時に東京でロックミュージシャンをしていましたし、母はピアノの先生なので、小さい時から音楽に親しむ環境がありました。進学した音楽大学ではドラムを勉強していたんですが、そのうちに自分でも作曲して歌を歌い、ライブ活動もするようになったんです。
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── ご家族の影響はあれど、奄美の音楽とはあんまり関係がなさそうな……。

せれな はい(笑)。奄美の島唄という民謡は伝統芸能で、小さい時から習っていないとなかなかできないものなんです。私も奄美の言葉や要素を取り入れた楽曲にはチャレンジしていますが、島唄は本当に一部の人しか歌えないという、特殊なものでして。

── そうなんですね。奄美の人は、みんな島唄が歌えるのかなと思っていました(笑)。今は家業を継いで、西平酒造で杜氏をされていますが、なぜ、蔵を継ぐことになったんですか?

せれな 当時代表だった父が体調を崩したのをきっかけに、家族会議が開かれたんです。その時私は東京で音楽をやっていたんですが、父は自分がミュージシャンだったこともあり、やりたいことをやりなさいと言ってくれるような人なので、「手伝って」とは言い出せないだろうなと。なので覚悟を決めて、「私が手伝うよ」と提案をしました。そこから7年になります。

── ミュージシャンから、いきなりまったく違う職種に就くのは大変だったと思いますが……。

せれな はい。戻ったら凄く歓迎されるかなと思っていたんですが、「なんで帰ってきたの?」という空気だったので、気まずかった記憶があります(笑)。それまでの私は、酒造に関わりがなかったし、就職自体をした経験もなかったんです。パソコンもまともに使えないような状態だったので……。そこからは、社員さんたちに認めてもらえるように必死にもがきながら、営業や事務作業も一から全部勉強しました。なにくそ、絶対認めてもらうぞ、って思いながら(笑)。
── 7年前に下積みから始めたんですね。杜氏は職人仕事で厳しいと聞きますが。

せれな 普通は頑固で昔気質な、“背中を見て勝手に覚えろ”という感じの杜氏の方が多いと聞くんですが、ウチの杜氏さんは定年間近ということもあり、“引退前に全部教えるよ”と、惜しみなく教えてくださった。それは本当にありがたかったです。
── 今は主に杜氏として製造の仕事をされているんですか。

せれな どっちもですね。製造しながら経営の方もして。今はちょうど製造の時期なんですけど、それをやりつつ、経営という形で。

── 酒造りには時期があるんですね。

せれな 大きい会社であれば空調など施設が整っているので、一年中造っている蔵もありますが、うちは小さい会社なので、気候に合わせて造っています。奄美の夏は暑く、お酒は発酵するものなので、温度管理が大変なんです。なので10月から4月ぐらいまでの間が酒造りの期間になります。

── なるほど。そうするとより自然に近い製法になりますよね。

せれな そうですね。昔ながらのやり方で造っています。
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50年の間樫樽で寝ていた奇跡の焼酎「ましゅ」誕生の秘密

── ではどんな原料で何を造っているのか、西平酒造さんの特徴は何でしょう?

せれな 黒糖焼酎を造っています。米麹と黒糖を使って3週間発酵させると、“もろみ”というものが出来上がるんですが、それを蒸留器で煮立たせて、その蒸気をまた冷やして液体にすることで、黒糖焼酎になります。原料や造り方が他の会社と大きく違うことはありませんが、菌を扱っているので、環境とかでかなり味が変わるんです。

── 蔵についている菌がみんな違うと聞いたことがあります。

せれな はい、それもありますし、菌を育てる人によってもまた違うようにも思います。さらにうちの特徴としては、出来上がった後に1年間必ず貯蔵して熟成させるんです。その時、タンクで貯蔵する銘柄と、樫樽(かしだる)で貯蔵する銘柄を分けるのですが、うちは黒糖焼酎の貯蔵に初めて樫樽を導入した蔵でもあります。
── 樫の樽とタンクでは何が変わってくるんですか。

せれな 樫樽の方は、黒糖と樽の風味が凄く合うようで、色も香りもウイスキーやラムに近い風味になります。タンクは黒糖焼酎のそのものの特徴が出ると言った感じです。樫樽貯蔵のものは、今後、第2のジャパニーズウイスキーのようになるんじゃないかと私は思っているので、これからいろんなチャレンジをしていきたいところです。

── では、西平酒造さんで扱っている商品を教えてください。

せれな タンクで寝かせてるものが「珊瑚」という銘柄で、樽で寝かせているのは「加那」、他にも昨年秋に発表した「ましゅ」や「ISLAND」などがあります。

── 新しく発表された「ましゅ」はどんなお酒ですか。

せれな うちの蔵で50年前に蒸留した焼酎です。他にも30年とか10年、8年の古酒があり、それをシリーズにして今後発表していこうと思っています。

── 50年! なぜ蔵に50年も残してあったんですか。

せれな 意図的に残したものではないんです。昔は、その時に出す枠がないものなどを樫樽に入れておくことがあったようで。94年続いたからこそ、それが本当に奇跡的に残っていて、うちとしては、宝のようなものです。今回、50年という年月が経って、タイミングは今だ! となったわけで。非常に希少なものなので金額を決めるのは難しかったのですが、今年(2021年)が創業94周年ですので、9万4000円とさせていただきました。

── それはまた思い切った価格ですが、黒糖焼酎で「ましゅ」のような高額な商品というのは、前例があるんでしょうか?

せれな いや、これがないんです。なのでかなり驚かれました。これまでは、業界全体を見ても値段を安くするための努力をするばかりで、誰も思い切ったことが出来なかった。でも今後はもっと黒糖焼酎の価値をちゃんと上げていきたいというメッセージも込めてこの金額にしています。いい流れになればいいなと思うんですけど。
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▲ 「ましゅ」のボトル。ラベルに描かれている女性がましゅさん。
── 強烈なカウンターパンチでしたね。パッケージデザインもとても美しいですが、どんなコンセプトなのでしょう。

せれな 今後、先ほど話した古酒を「奄美秘伝シリーズ」という形で出すのですが、「ましゅ」はその第一弾です。秘伝は日本語の秘伝と、英語のhidden=隠れたもの(蔵に残っていた貴重なもの)という意味を掛け合わせています。「ましゅ」は人の名前で、幕末から明治時代にかけて実在した女性です。

その昔、薩摩藩の依頼で奄美で仕事をしていたアイルランド人の土木技師に、トーマス・ウォーターズさんという人がいたんですが、そのトーマスさんの恋人が、ましゅさん。この2人のエピソードは、奄美の島唄に残されているのですが、地元の人にもあまり知られていない話なんです。この黒糖焼酎を通して、ましゅさんの存在を広めると共に、彼女のように、海外との架け橋になれたら、という思いも込めてこのボトルデザインになりました。

── なるほど。そのお話も、中身についても興味深いです。香りや味はどうですか。

せれな バニラのような甘い香りがします。いちごミルクみたいと表現する人もいます。若い焼酎には刺激的なパンチがありますけど、「ましゅ」にはそれはなくて、ずっとまろやかです。さらに何かこう落ち着いた、歳をとって丸くなったおばあさん(笑)って感じの貫禄や、自信に満ち溢れたような味わいがあります。飲んでいるうちにその焼酎のことを理解し、好きになっていくような、凄く不思議な感覚をおぼえます。
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私のミッションは、「黒糖焼酎を通して、世界と奄美を繋げる」こと

── 「ましゅ」を世界に向けて発信していこうというのはどういうところから?

せれな 実は今回のプロジェクトはニュージランド出身で奄美在住のジョン・マノリト・カントゥさんという方に手伝っていただいています。彼は黒糖焼酎が好きすぎて、奄美に家族で移住してきた人なんです。ジョンさんが黒糖焼酎の本を書くにあたって奄美の全蔵を周り、その一環でうちにも取材に来てくれた時に意気投合して。これがしたい、あれがしたいとお互いのアイデアを出し合っているうちにプロジェクトがスタートしました。

── 視野がぐんと広がった感じですね。

せれな ジョンさんは本気で「黒糖焼酎は絶対に世界で通用する」と言ってくれました。自分達ではわからなかった、黒糖焼酎の良さや蔵の良さを、熱い思いで教えてくださって、それで私も自信が持てるようになりました。今の日本の市場で戦うより、まだ知られていない海外に目を向けた方が夢があるし、逆にそっちの方が現実的かなと考えるようになったんです。

── もう発信は始まっていますか。手応えはどうでしょう?

せれな 11月に大阪で行われた、輸出EXPOに出店したんですが、海外のバイヤーさんからもかなりの手応えがありました。焼酎のイメージを変えたかったので、「ISLAND」は、ボトルのデザインを若者や海をイメージした雰囲気に変更したんです。すると、「これはなんですか」と、立ち止まって聞いてくれる人が凄く多くて。でもこれ、一升瓶だったら、立ち止まってくれなかったと思うんです。そのおかげでお客さんと話すきっかけが格段に増えたし、“今ある黒糖焼酎のイメージを変えたい”というメッセージに共感してくださる方も凄く多かったです。
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── 今後、酒造をしていくなかで、今までのミュージシャンとしての活動を生かすような機会はあるでしょうか。

せれな 今やりたいなと思っているのは、音楽と黒糖焼酎を持って旅をする楽団?(笑)でしょうか。今いるうちのスタッフは、みんなミュージシャンなんです。だからみんなでバントができるし、音楽を聴きながら黒糖焼酎を飲んでいただくイベントをしながら、転々と旅したいというのが夢です。

──  西平酒造の蔵の中にもホールがありますよね? それはどのように使用されているんですか。

せれな 今はコロナでストップしているんですけど、ミュージシャンやエンタテインメントの方を呼んで、うちのお酒を飲みながら鑑賞するというイベントを定期的にやっています。

── 以前から会社自体、音楽とは密接に繋がっているんですね。では今後どのような展開をしていきたいですか。

せれな 2021年の10月から代表に就任したんですが、それにあたり掲げたミッションは、「黒糖焼酎を通して、世界と奄美を繋げる」というものなんです。黒糖焼酎自体が、奄美の歴史と文化の象徴みたいなものなので、黒糖焼酎を広めていくことで奄美をもっと知ってもらえると思っています。そして黒糖焼酎自体の価値をちゃんと理解してもらい、安売り合戦ではなく、奄美のものを使って、適正な価格で販売することで、島をもっと潤していきたいという気持ちがあります。今は価格を下げるために黒糖の原料となるサトウキビもすべて奄美産というわけにはいかないのです。

── 奄美にある他の蔵の人たちも、おそらく同じ気持ちを持っているのではないかと思いますが。

せれな まさに今それを考えているところです。奄美には26の蔵があって、酒造組合もあるんですが、なかなか昔のしきたりから抜け出せないのが現状です。例えば、私がいろんな蔵を回って一緒に発信していく、というようなことを、真剣に考えなければいけないなと思ってます。

── 伝統的な産業だけに、難しいことも多いですよね。ただ、若い力だからこそできることもあると思います。期待しています。

せれな はい。頑張りたいです。ありがとうございました。

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