最近ツイッターを始めて、自分をフォローしてくれた23歳の青年と実際に会うことになった。場所は自分の店(=シガーバー)。ツイッター君は、思ったより好青年で、素直な良い人であった。これでまずは一つ目の不安は消えた。聞けばツイッター君は最近葉巻にハマリ、葉巻関係の友人も数人できたという。ところが実際に会ったことはなく、バーチャルな世界の「つぶやき」で会話するだけだという。 私は、次なる不安をたずねてみた。『どこで葉巻を買っているのですか?』。ツイッター君の答えは、『インターネットで海外から個人輸入しています。国内の葉巻の価格とは倍近い開きがあり、国内の定価では自分には箱買いはできません』という、こちらの想定内の回答だった。私は、自分のビジネスのコンペテイターである個人輸入をする者が、思いのほか好青年で、理屈もまっとうなので、イジメる気は失せた。というよりも、彼には何の非もなかった。葉巻を安く買える手段が合法なもので、近くにシガーショップがなければ、誰でもインターネットで買うだろう。(ニセモノを掴まされる問題や保管の問題は置いておこう)
では、私はどうしてネットで葉巻を買わないのか、自問自答してみた。私が本質的に葉巻の価値の一つとして捉えているものが、実は茶色い個体としての葉巻そのものではないからだと気付いた。クルマが好きで出会った人達やワインが好きで出会った人達ならわかると思う。大事な人のためにとっておきのワインを開けたり、贈るのであって、ワインのために大事な人を売るのではない、ということを。 我々のビジネス環境をみてみよう。不景気でクルマが売れず、酒が売れず、葉巻が売れない。新聞や雑誌などの紙媒体が売れない。代わって台頭してきたのがITだけれど、リアルな世界にはあって、バーチャルな世界にはないモノ。“会って話す機会”がツイッターをキッカケに増えれば、それもまたイイことなのかもしれない。私がこのようにLEONの読者諸兄に思ったことをお伝えすることができるのもIT(=ブログ)のおかげ。私が敵だと思っていたモノの正体が、実は自分の息子のような存在であって、“次の世代”だと気付いたのもIT(=ツイッター)のおかげ。新しい時代とは、敵でもなければ闘うものではなく、取り入れていくものだ、というのは皆さまご存知の通り。 いつのまにやら、アナログオヤジは生き残りが大変な時代に突入したナウ!
広見護(ひろみ・まもる)
90年にソムリエ資格を取得後、単身キューバへ。銀座のフレンチレストラン在職中の97年、日本で初めて葉巻の書を著す。その後、外資系商社にてシガービジネスに携わり、06年から独自にシガーの輸入販売を開始。07年にはオリジナルシガーのブランドを立ち上げ、08年直営シガーバーをオープン。葉巻を吸い、書き、つくる、マルチプレーヤー。葉巻歴20年。
HIROMI ENTERPRISE HP
最近ツイッターを始めて、自分をフォローしてくれた23歳の青年と実際に会うことになった。場所は自分の店(=シガーバー)。ツイッター君は、思ったより好青年で、素直な良い人であった。これでまずは一つ目の不安は消えた。聞けばツイッター君は最近葉巻にハマリ、葉巻関係の友人も数人できたという。ところが実際に会ったことはなく、バーチャルな世界の「つぶやき」で会話するだけだという。
私は、次なる不安をたずねてみた。『どこで葉巻を買っているのですか?』。ツイッター君の答えは、『インターネットで海外から個人輸入しています。国内の葉巻の価格とは倍近い開きがあり、国内の定価では自分には箱買いはできません』という、こちらの想定内の回答だった。私は、自分のビジネスのコンペテイターである個人輸入をする者が、思いのほか好青年で、理屈もまっとうなので、イジメる気は失せた。というよりも、彼には何の非もなかった。葉巻を安く買える手段が合法なもので、近くにシガーショップがなければ、誰でもインターネットで買うだろう。(ニセモノを掴まされる問題や保管の問題は置いておこう)
イギリス人のオタク的な嗜好の極致が熟成した
ヴィンテージシガーとヴィンテージポート。甘みを含んだモノどうし、
淫美に枯れて熟成したものどうしのグラデーションを掛けたマリアージュは、
どこか退廃的な貴族趣味が漂う気配。「ホアンロペス・セレクションNo.2」は、
ハバナシガーの名品として知られるロブストサイズの葉巻。
世界3大フォーティファイド・ワインのひとつ。
ポルトガル北部のアルト・ドウロ地区でつくられたワインは、
ドウロ川河口のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイヤの町に運ばれ熟成、
瓶詰めされた後、対岸のポルト市から出荷される。
葡萄の産地ではなく、出荷港の地名がポートワインの名称となる。
ワイン醸造の発酵途中でアルコール度数77%のブランデーを加え、
発酵を止める。それから樽に入れて貯蔵。糖度10~15%前後、
アルコール度数20%前後、甘みが強く保存性の高いワインとなる。
では、私はどうしてネットで葉巻を買わないのか、自問自答してみた。私が本質的に葉巻の価値の一つとして捉えているものが、実は茶色い個体としての葉巻そのものではないからだと気付いた。クルマが好きで出会った人達やワインが好きで出会った人達ならわかると思う。大事な人のためにとっておきのワインを開けたり、贈るのであって、ワインのために大事な人を売るのではない、ということを。
我々のビジネス環境をみてみよう。不景気でクルマが売れず、酒が売れず、葉巻が売れない。新聞や雑誌などの紙媒体が売れない。代わって台頭してきたのがITだけれど、リアルな世界にはあって、バーチャルな世界にはないモノ。“会って話す機会”がツイッターをキッカケに増えれば、それもまたイイことなのかもしれない。私がこのようにLEONの読者諸兄に思ったことをお伝えすることができるのもIT(=ブログ)のおかげ。私が敵だと思っていたモノの正体が、実は自分の息子のような存在であって、“次の世代”だと気付いたのもIT(=ツイッター)のおかげ。新しい時代とは、敵でもなければ闘うものではなく、取り入れていくものだ、というのは皆さまご存知の通り。
いつのまにやら、アナログオヤジは生き残りが大変な時代に突入したナウ!