マーク・トウェインの名を知らぬ者はいないだろうし、「トム・ソーヤーの冒険」を知らぬ者もいないだろう。ただ、「トム・ソーヤーの冒険」がどんなストーリーだったかと尋ねられて、即座に答えられる大人はあまり多くない、と思う。なんせ、世の大人にとって何十年も前に読んだ児童文学である。そんな昔の話を後生大事に覚えているほど、現代のオトナは暇ではない。ただ、忘れ去っているからこそ、今読み返すと新鮮なのだ。 「トム・ソーヤーの冒険」は1876年に出版された本だというのに、この児童文学には“男の子が女の子の気を引くテクニック”だとか、“面倒くさい仕事を知恵でやっつける手練手管”がてんこ盛りなのである。これって、言い方を変えれば「モテるコツ」だとか「ビジネスのキモ」となり、まさにLEONワールド。いたずら好きのわんぱく少年とは、ちょいワルオヤジの子供時代です。男が憧れる負のヒーローという、共通プロットが隠されているではありませんか。1835年生まれ、シガーオヤジの始祖ともいえるマーク・トウェインは、言い切りました。『もし、天国ではシガーが吸えないのだとしたら、ぼくは天国には行きたくない!』 写真:AP/アフロ
●「トムの塀塗り」のお話。土曜日の朝。夏の世界は明るくて、何もかもいきいきしている。だが、トムの気分は沈んでいた。自分の前に立ちはだかる巨大な壁を眺めていると、何もかもがいやになり途方に暮れた。この塀のペンキ塗りの仕事をポリーおばさんにいいつけられているのだ。トムは二、三回塀にペンキを塗ってみたが、すぐに飽きた。そんなところへ友人が通りがかり、冷やかした。「よくもまあ、そんな仕事をやるな。」トムはカチンときたが、名案が閃いた。 トムは芸術家を気取って、塗ったところをいちいち遠目に眺めては、楽しそうに言った。「こんな大きなキャンバスに描けるチャンスなんてそうはない。画家でさえ難しい。一生に一度あるかないかの名誉だ。この塀はみんなが見てるんだ。それを任されるなんて千人に一人の体験なんだぞ」友人は、そう言われてみればそれもそうだと思い、いっぺんやってみたくなった。リンゴをあげるからいっぺんやらせろとせがむ。仕方なしに、トムはペンキ塗りをやらせてあげた。その間、トムは涼しい木陰でリンゴをぱくついた。そこへ次々に友人が通りがかり、みんなやりたがって行列ができた。トムはみんなに塀を塗らせて、大金持ちになった。集まった戦利品は、ビー玉、笛、糸巻き、壊れた鍵、おたまじゃくし、花火、ドアノブ、犬の首輪…数えあげたらキリがない。しかも、ポリーおばさんからは、ご褒美に特別上等なリンゴを一つもらったのだ。 ●「トムの勉強」の話。いつものように遅刻して学校にやってきたトムは教室に入ると、居眠りしていた先生が目を覚ました。先生は遅刻の理由を尋ねる。トムは嘘をついてごまかそうとしたが、新しく越して来た女の子が目に留まった。隣が空いているのを確認すると、すぐに答えた。「ハックルベリー・フィンと話していて遅刻しました」先生は耳を疑った。他の生徒も静まり返った。ハックルベリー・フィンは宿なしの風来坊。そんな人物と一緒に遊んでいるなんて、誰にも理解できなかった。先生はトムをムチで叩き、命令した。「さあ、女の子の席にでも座っていろ。恥ずかしいと思ったら、もう二度とこんな目にあわないように気をつけるんだぞ」生徒たちは笑い出した。トムはきまり悪そうに、女の子の中の空いてる席にこしかけた。 隣の女の子は、ツンとしていた。トムは教科書を読んでいるフリをして、こっそり女の子を見た。女の子はそれに気がつくと横を向いた。だまって桃をおくトム。目の前の桃をおしのける女の子。トムは「受け取って」と書いてみた。女の子は知らん顔。トムは片手で隠すようにして、何か描き始めた。しばらくの間、女の子は知らん顔していたが、何を描いているのか気になって、覗こうとモジモジしだした。ついに女の子は我慢しきれなくなってトムに聞いた。「何を描いているの?」トムは、家の屋根の煙突から煙が輪を描いて立ち昇っている絵を見せた。女の子は、すっかりその絵に見とれてしまっていた。「じょうずね。次は人を描いてよ」とささやいた。トムはさっそく家の前に人間を描いた。家を一跨ぎしそうなノッポの男の絵。女の子は、お化けみたいな人間に満足して、またささやいた。「よく描けてるわ。じゃ、今度はあたしも描いて」トムはまん丸な顔をして、麦わらみたいな手足の女の子を描き足した。「とっても上手なのね。あたしも絵が描けるといいわ」「やさしいよ。教えてあげようか?」「ほんと?いつ教えてくれる?」 このようにしてトムは女の子の名前を聞き出し、お昼休みにベッキーに絵を教える約束を取り付けた。トムは、また何か描き始めた。今度は素直に「見せて」とせがむベッキー。「きみの見たがるようなものじゃないよ」と言って隠すトム。 「見たいわよ。ねえ、見せてちょうだい」 「誰かにいいつけるだろう?」 「いいつけないわよ。絶対にいいつけないから見せて」 「ほんとだね。ほんとに、誰にもいいつけないね」 ベッキーは、とうとう我慢しきれなくなって、強引にトムの手を払いのけた。そこには、こんな文句が書いてあった。「I LOVE YOU」 「まあ、いやだ!」ベッキーはピシャリとトムの手を叩いて顔を赤くした。その途端、トムは先生に片方の耳をつままれて、体ごと持ち上げられ、自分の席に戻された。トムは耳がピリピリしたけれど、心の中は嬉しさでいっぱいだった。 こりゃ、説明を入れたら野暮ですね。では、また来週! ■一部引用した本は、『トム=ソーヤーの冒険』(講談社 青い鳥文庫)。小学生向けですから、字が大きくて、老眼オヤジにもオススメです。
広見護(ひろみ・まもる)
90年にソムリエ資格を取得後、単身キューバへ。銀座のフレンチレストラン在職中の97年、日本で初めて葉巻の書を著す。その後、外資系商社にてシガービジネスに携わり、06年から独自にシガーの輸入販売を開始。07年にはオリジナルシガーのブランドを立ち上げ、08年直営シガーバーをオープン。葉巻を吸い、書き、つくる、マルチプレーヤー。葉巻歴20年。
HIROMI ENTERPRISE HP
マーク・トウェインの名を知らぬ者はいないだろうし、「トム・ソーヤーの冒険」を知らぬ者もいないだろう。ただ、「トム・ソーヤーの冒険」がどんなストーリーだったかと尋ねられて、即座に答えられる大人はあまり多くない、と思う。なんせ、世の大人にとって何十年も前に読んだ児童文学である。そんな昔の話を後生大事に覚えているほど、現代のオトナは暇ではない。ただ、忘れ去っているからこそ、今読み返すと新鮮なのだ。

「トム・ソーヤーの冒険」は1876年に出版された本だというのに、この児童文学には“男の子が女の子の気を引くテクニック”だとか、“面倒くさい仕事を知恵でやっつける手練手管”がてんこ盛りなのである。これって、言い方を変えれば「モテるコツ」だとか「ビジネスのキモ」となり、まさにLEONワールド。いたずら好きのわんぱく少年とは、ちょいワルオヤジの子供時代です。男が憧れる負のヒーローという、共通プロットが隠されているではありませんか。1835年生まれ、シガーオヤジの始祖ともいえるマーク・トウェインは、言い切りました。『もし、天国ではシガーが吸えないのだとしたら、ぼくは天国には行きたくない!』
写真:AP/アフロ
本名サミュエル・ラングホーン・クレメンズ。アメリカの作家。
12歳の時に父が大きな負債を残して他界し、印刷所の見習いとなる。
水先人をしたあと、新聞記者に。ペンネームは、蒸気船が川を航行する時に
測深手から水先人への合図のかけ言葉”by the mark, twain”に由来。
舟が座礁せずに航行できる限界の浅さ、水深二尋(3.6m)のこと。
『トム・ソーヤーの冒険』(1876)、『王子と乞食』(1881)、
『ハックルベリー・フィンの冒険』(1885)などで
アメリカ文学を代表する作家となる。ミシシッピ川のほとりに生まれ、
蒸気船に乗って働くのが夢だった少年は、13歳で印刷所の見習いから
文章を覚え、アメリカ文学の頂点に立った。
1835年11月、ハレー彗星と共にこの世に現れ、
1910年4月、ハレー彗星と共にあの世へ帰っていった。
●「トムの塀塗り」のお話。土曜日の朝。夏の世界は明るくて、何もかもいきいきしている。だが、トムの気分は沈んでいた。自分の前に立ちはだかる巨大な壁を眺めていると、何もかもがいやになり途方に暮れた。この塀のペンキ塗りの仕事をポリーおばさんにいいつけられているのだ。トムは二、三回塀にペンキを塗ってみたが、すぐに飽きた。そんなところへ友人が通りがかり、冷やかした。「よくもまあ、そんな仕事をやるな。」トムはカチンときたが、名案が閃いた。
トムは芸術家を気取って、塗ったところをいちいち遠目に眺めては、楽しそうに言った。「こんな大きなキャンバスに描けるチャンスなんてそうはない。画家でさえ難しい。一生に一度あるかないかの名誉だ。この塀はみんなが見てるんだ。それを任されるなんて千人に一人の体験なんだぞ」友人は、そう言われてみればそれもそうだと思い、いっぺんやってみたくなった。リンゴをあげるからいっぺんやらせろとせがむ。仕方なしに、トムはペンキ塗りをやらせてあげた。その間、トムは涼しい木陰でリンゴをぱくついた。そこへ次々に友人が通りがかり、みんなやりたがって行列ができた。トムはみんなに塀を塗らせて、大金持ちになった。集まった戦利品は、ビー玉、笛、糸巻き、壊れた鍵、おたまじゃくし、花火、ドアノブ、犬の首輪…数えあげたらキリがない。しかも、ポリーおばさんからは、ご褒美に特別上等なリンゴを一つもらったのだ。
●「トムの勉強」の話。いつものように遅刻して学校にやってきたトムは教室に入ると、居眠りしていた先生が目を覚ました。先生は遅刻の理由を尋ねる。トムは嘘をついてごまかそうとしたが、新しく越して来た女の子が目に留まった。隣が空いているのを確認すると、すぐに答えた。「ハックルベリー・フィンと話していて遅刻しました」先生は耳を疑った。他の生徒も静まり返った。ハックルベリー・フィンは宿なしの風来坊。そんな人物と一緒に遊んでいるなんて、誰にも理解できなかった。先生はトムをムチで叩き、命令した。「さあ、女の子の席にでも座っていろ。恥ずかしいと思ったら、もう二度とこんな目にあわないように気をつけるんだぞ」生徒たちは笑い出した。トムはきまり悪そうに、女の子の中の空いてる席にこしかけた。
隣の女の子は、ツンとしていた。トムは教科書を読んでいるフリをして、こっそり女の子を見た。女の子はそれに気がつくと横を向いた。だまって桃をおくトム。目の前の桃をおしのける女の子。トムは「受け取って」と書いてみた。女の子は知らん顔。トムは片手で隠すようにして、何か描き始めた。しばらくの間、女の子は知らん顔していたが、何を描いているのか気になって、覗こうとモジモジしだした。ついに女の子は我慢しきれなくなってトムに聞いた。「何を描いているの?」トムは、家の屋根の煙突から煙が輪を描いて立ち昇っている絵を見せた。女の子は、すっかりその絵に見とれてしまっていた。「じょうずね。次は人を描いてよ」とささやいた。トムはさっそく家の前に人間を描いた。家を一跨ぎしそうなノッポの男の絵。女の子は、お化けみたいな人間に満足して、またささやいた。「よく描けてるわ。じゃ、今度はあたしも描いて」トムはまん丸な顔をして、麦わらみたいな手足の女の子を描き足した。「とっても上手なのね。あたしも絵が描けるといいわ」「やさしいよ。教えてあげようか?」「ほんと?いつ教えてくれる?」
このようにしてトムは女の子の名前を聞き出し、お昼休みにベッキーに絵を教える約束を取り付けた。トムは、また何か描き始めた。今度は素直に「見せて」とせがむベッキー。「きみの見たがるようなものじゃないよ」と言って隠すトム。
「見たいわよ。ねえ、見せてちょうだい」
「誰かにいいつけるだろう?」
「いいつけないわよ。絶対にいいつけないから見せて」
「ほんとだね。ほんとに、誰にもいいつけないね」
ベッキーは、とうとう我慢しきれなくなって、強引にトムの手を払いのけた。そこには、こんな文句が書いてあった。「I LOVE YOU」
「まあ、いやだ!」ベッキーはピシャリとトムの手を叩いて顔を赤くした。その途端、トムは先生に片方の耳をつままれて、体ごと持ち上げられ、自分の席に戻された。トムは耳がピリピリしたけれど、心の中は嬉しさでいっぱいだった。
こりゃ、説明を入れたら野暮ですね。では、また来週!
■一部引用した本は、『トム=ソーヤーの冒険』(講談社 青い鳥文庫)。小学生向けですから、字が大きくて、老眼オヤジにもオススメです。