第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの主席報道官を務めたピエール・サリンジャー(1925〜2004)が語るこの逸話は、ケネディの葉巻好きを物語る最も有名なエピソードだ。1992年、マービン・シャンケン氏がアメリカで刊行したシガーの専門誌「シガー・アフィショナード」の創刊号に「Kennedy, Cuba and Cigars」のタイトルでピエール・サリンジャーのコラムが寄稿され、世に知られることになる。ホワイトハウスにシガーの香りが立ち込めていた時代。ケネディもピエール・サリンジャーも葉巻が大好きでした。大人の男ならみな葉巻を吸っていた時代です。
ある夕方、ケネディ大統領は私をオフィスに呼び入れて言った。

「ピエール、ちょっとしてもらいたいことがあるのだが」
「喜んで。できることなら何でもいたしますよ。大統領」と私は答えた。
「僕は葉巻を山のように欲しいんだ」
「どのくらいですか?大統領」
「ペティ・アップマンを約1000本だな」
私は少しブルッとした。もちろん、それを自分自身のなかに抑え込んだけれども。「さて、いつそれがご入り用なのですか?大統領」
「明日の朝だ」
ホワイトハウスを後にしながら、果たして上手くいくかどうか考えていた。夜遅くまでその仕事に取り組み、そして翌朝の8時。
「どうだった?ピエール」と大統領は尋ねた。
「上出来です」と私は答えた。1200本のペティ・アップマンを手に入れたのだ。大統領はニッコリして机を開けた。彼は大きな紙を取り出すと、すぐさまサインをした。それは、あらゆるキューバ製品をアメリカ合衆国から締め出すという政令だったのだ。
第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの主席報道官を務めたピエール・サリンジャー(1925〜2004)が語るこの逸話は、ケネディの葉巻好きを物語る最も有名なエピソードだ。1992年、マービン・シャンケン氏がアメリカで刊行したシガーの専門誌「シガー・アフィショナード」の創刊号に「Kennedy, Cuba and Cigars」のタイトルでピエール・サリンジャーのコラムが寄稿され、世に知られることになる。ホワイトハウスにシガーの香りが立ち込めていた時代。ケネディもピエール・サリンジャーも葉巻が大好きでした。大人の男ならみな葉巻を吸っていた時代です。
写真:AP/アフロ
任期途中の63年に遊説先のテキサス州ダラスをオープンカーで
パレード中に暗殺される。マリリン・モンローらと浮名を流した
政界きってのモテオヤジ。1962年5月19日、ニューヨーク市の
マディソン・スクエア・ガーデンで行われたJFKの45歳の
誕生パーティーには15000人以上の人々が参加した。
体の線も露わなドレス姿でマリリン・モンローがステージに表れ
「ハッピーバースデー・ミスタープレジデント」を熱唱した。
ケネディはスピーチで礼を述べた。『もうこれでいつ引退しても悔いはない』
アメリカは、自国の操り人形として都合のよかったキューバのバティスタ政権を倒したフィデル・カストロが目障りだった。そこで、なんとかマイアミにいる反カストロ勢力を使って、カストロ政権を失脚させようと企む。しかし、ことごとくこれらの作戦は失敗してしまう。一方のカストロは、アメリカの攻撃から身を守るためソ連に援助を求める。ソ連はこれを渡りに舟と了承した。というのは、アメリカの核ミサイルがトルコにあり、それがソ連を向いているのだ。目障りで仕方なかった。そこへちょうどいい具合にカストロの方から武器供与の申し出が来た。だったら武器なんかではなく、核ミサイル基地をキューバに作れば、アメリカとおあいこになる。キューバのカストロとソ連のフルシチョフは利害が一致し、握手した。
ところが、1962年10月15日。キューバ上空を飛んでいたアメリカのU2偵察機に核ミサイル基地を発見され、それを大げさに騒ぎ立てられてしまう。13日間に渡って世界が震撼した「キューバ危機」である。この大事件には3人のオヤジが登場するが、個性派揃い。アメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディ(45歳)、ソ連の最高指導者ニキータ・フルシチョフ(68歳)、キューバの若き革命家フィデル・カストロ(36歳)。打つ手を一手間違えれば第三次世界大戦に突入という3人のオヤジの高度な心理戦は、結局、老練な政治家フルシチョフの譲歩により、ケネディとフルシチョフが最終的に握手を交わして事態の解決を図る。キューバとトルコにある互いの核ミサイルを撤去するということで手打ちをしたのだ。ひとり蚊帳の外に置かれたカストロが大激怒したことはいうまでもない。
1963年11月22日、金曜日。ケネディは、遊説先のテキサス州ダラスをオープンカーでパレード中に暗殺される。いったい誰が、何のために殺したのか?ケネディは誰かにとって、目障りな存在だったのか?証拠はアメリカ公文書図書館の中。なぜか2039年まで公開禁止だという。
では、また来週お会いしましょう。