フォトグラファー仁木岳彦のイタリア日記

彼の名はウイッキー・プリアン

仁木 岳彦
上智大学新聞学科卒。旅の途中、イタリアにただならぬ縁を感じ、2000年からミラノ在住。撮影対象は興味の赴くまま、テーマはむしろ神々しい光の空気感。

ミラノで行われた友人の送別パーティーで、
そのアルカイック系スマイルの男と出会い、初めて
言葉を交わした時の事を思い出します。なんと、
僕の事を見た事があると言うではありませんか。
ミラノのフュージョン系和食レストランの
カウンターで食べていた姿を覚えているとの事。
たまに行ってただけなんですが、いつも寿司シェフの
真正面のカウンター席を予約して行ってたのは
確かなんすよね。しかし、抜群に記憶力の良い男で
びっくりしました。

この彼、「近々、自分のレストランを開業する
予定だから、よろしくお願いします」とおっしゃる。
しかも、僕らの会話は完全に日本語。
「一体誰なんだ、この流暢な日本語を話す
アルカイック系の男は???」


その男の名は、ウイッキー プリアン。
その後も縁あって、あちらこちらで出会う度に
挨拶を交わすようになり、、、彼が開業した
レストラン「Wicky’s」にも行くようになりました。
しかし、知れば知るほど、ウイッキーは
オモロい奴なんすよ。

スリランカ人なのですが、親戚が外交官だった関係で、
行ったり来たりしつつも、日本に長く住んでいた
経験があるのだとか。それで普通に日本語が話せるんすね。
大学時代の僕の同級生にスリランカ人とのハーフ美人が
いたのを思い出して、話の流れで一か八か彼女の
名前を出してみると、、、これまた日本の
スリランカ人コミュニティーを通して、彼女の
お父さんの事を知っていると言うのです。
ウイッキーによると「彼女のお父さんは、確か日本の
某企業のお偉いさんで、スリランカの地元にも、
ずいぶんと貢献した人なんです」との事。。。
その同級生は、正にその某企業の城下町出身だったので、
情報として間違いないはず。なんとも世界は狭い。


代々八百年もアユルベーダの知識を継承する
家庭に育ったウイッキーでしたが、子供の頃に
習った極真流のKARATEを通して、日本への興味を
募らせたそうです。そして、警察官になる事を
夢みて、大学では犯罪学を勉強。スリランカで学士を
取得した後は、日本の大学の大学院に入学して、
修士を取得。。。インドのチェンナイで7ヶ月、
ホームレスの浮浪者に扮装して生活し、
そこでつかんだ裏世界のマンダラ模様を論文に書き、
大きな反響を得た事もあったそうです。

ところが、博士課程の途中で、某所から彼に
「ある任務」が下ったと言うのです。「しかし、
ある任務ってなんすか?」って思いますよね!!!
握ったばかりの寿司に舌鼓を打ちながら、
控え目に訊ねてみました。

そして、三船敏郎か高倉健さんってな風情で、
苦い表情をたたえながら、彼は言うんです。

「すべては話せない」


平たく言うと007ばりの諜報活動、高等警察の
任務についていたらしいんです。初めて会った時から
肝の据わり方が、どこか武闘派だなと思ってたんですが、
なるほどそういう事でしたか。そして、僕の顔を
覚えていた事にも合点がいきました。そんな任務に
ついていたら、ターゲットの顔を正確に記憶できないと
仕事になりませんからね。

元007系の人と話せるだけでも、心が高揚してきますが。。。
「しかし、なぜ、寿司シェフに???」と、誰もが思うでしょう。


その任務を通して、世のジャーナリズムなども
寄せ付けない裏の世界を見る事になり、
自分もターゲットになり死に目を見そうな事も
あったとか。人の命が、いとも軽く扱われる
裏世界を垣間みて、こんな事をするために自分は
生まれてきたのだろうか?と自問自答していた時に、
天啓が下ったそうです。子供の頃から料理を作る時は、
我を忘れて熱中し、家族が食卓で喜ぶ顔を見るのが
楽しくて仕方なかった事を思い出したのだとか。
あと、論文のために浮浪者のふりをして、
さまよっていた時も、温かい食べ物のありがたさが、
どうしようもなく体に染みたとも言います。
食と言うのは人間の幸せの根源ですからね。


今までの勉強やキャリアをすべて捨てる決心をして、、、
やるからには、頂点を目指したいとウイッキーは
知り合いのつてで、西麻布の「鮨寛」の門を
たたいたのだそう。オヤジさんに「本物の日本食を
体に叩き込みたい、そのためには師匠だけは
一流でなければならないのです」と頼み込んで、
門下生に。オヤジさんは、一見厳しくとも、
ハートは暖かい人だと言います。そんなオヤジさんが、
ひたむきで肝の座った、肌の色が濃いウイッキーの事を、
徐々に受け入れるようになったなんて、なんとも粋な話。
寿司の握り方だけでなく、人を喜ばすためには、
すべてをつくす料理人の心意気と人情を学んだと
述懐していました。師匠を語る時のウイッキーは、
なんとも嬉しそう。今でも年に数回は、日本を訪れて、
一定期間オヤジさんの下で働いているとの事。
正に、海を超えた師弟の絆。


そして、オヤジさんの口利きで、京都料理の
「かねき」で働く機会にも恵まれて、寿司以外の和食の
深みについても学ぶ事が出来たと言います。そこでも
いくつか秘伝のレシピも伝授してもらって、
「自分みたいなガイジンに、なんで大事なレシピを
教えてくれたのか、今でも分からない。
感謝してもしきれない」と語っていました。

子供の頃、カラテを通じて日本への興味を
募らせたとはいえ、世界を様々な角度から見てきた
ウィッキーが、和食をライフワークとして
選んでくれた事に、日本人として感謝したいと思います。
あと、師匠達が彼を可愛がったのも、いつかは
日本から旅立つであろうウィッキーに、本物の和食を
世界に伝えてほしいと言う切実な想いと愛情が
あったのではないでしょうか?


ミラノの運河地区からも遠くない地域に彼の
レストラン「Wicky’s」があります。日本で徹底的に
体に叩き込んだ和食をベースに、彼独自の世界が
開花しようとしています。日々の仕事の途中
「こんな事してたら、オヤジさんに怒られるかな?」なんて、
オヤジさん達の顔がよぎる事があるそうです。
僕たちがウイッキーの店で安心して食べられるのは、
間接的には、そんなオヤジさん達の
おかげかもしれませんね。基本を押さえていない
ヌーベルキュイジーヌ(創作料理)ほど、頂けないモノは
ないですからね。


食材にもこだわっているだけに安かないですが、
たまにはミラノで和食、どうですか?「カルバッチョ」と
イタリア風で呼ばれる「変わり刺身」が、個人的には
オススメです!!!20種類以上のスパイスと
特製のソースが、刺身と絶妙に絡まって、初めてなのに
なぜか懐かしくも感じる不思議な刺激に脳天がやられます。

Related